その世界観は呪われています
第七回書き出し祭り投稿作品。
最初に書いたものから結構削った結果、書ききれなかった物語もあります。
ですが、それで面白みを伝えきれなかったとなれば、それは作者の力量不足ですね。
「こんな生活やってられっかよ!
予定ばかり積み上げられて、才能と経験の貯金を削り取られるだけの毎日。
インプット無しに新しい成果なんて出せるかっての。
みんな、俺を魔法使いだと思ってないか?」
ストレスの限界でブチ切れ、6年務めた職場を喧嘩別れ同然に退職したのは半月前の事。
だが、手に入れた生活は、思ったよりも味気なかった。
何となく眺めていたノートPCの画面を閉じ、中古で買ったアーロンチェアの背にもたれ掛かる。
仕事を辞めた事は後悔していない。
ただ、やり直せるのなら、もう少し上手く出来るんじゃないかと思うところはある。
「畜生。俺もチートもらって異世界に転生してえ」
最近は、懐に優しいウェブ小説がストレス解消のお供だ。
『チートがあれば、幸せになれるのですか?』
突然、耳に響いた声に、慌てて周囲を見回す。
コンコン。
部屋のドアを叩く音が聞こえた。
順番が逆だろ。
「はい……」
返事をしかけて、口を閉ざす。
誰だ?
今日はみんな出掛けて、家には誰もいないはず。
そもそも、ここ2階だぞ?
『ちょっと、返事しかけたなら最後まで言いなさい。入りますよ』
断る間もなく扉をあけたのは、少し年上っぽいお姉さん。
プラチナブロンドに蒼の瞳、くちなし色のワンピースと、淡い緑のケープ。
そのくせ顔立ちも肌の色も日本人そのもの。
春の女神のコスプレか?
『突然ですが、鈴代雄一さん。あなたは死にます』
「殺人予告かよ!!」
いったいなんだってんだ。
『それで、あなたはどんな世界を望むのですか?』
ダメだ、会話が成立していない。
「はあ? まさか異世界に転生とか言い出すんですか」
物語ならともかく現実じゃありえないだろ。
妄想に身を委ねるのは、いい年して魔法少女に憧れてる、コスプレ趣味の妹だけで十分だ。
『困りましたね。っと、時間切れです。続きは向こうで』
「向こう――うぐっ……?!」
胸を締め付ける痛みに、雄一は椅子から転げ落ちた。
心筋梗塞って奴か、これ。
薄れる意識の中、スカートの下から見えた足は透けていた。
ああ、自分はこれから死ぬんだ。
妙なところで現実を感じながら、視界が暗転した。
目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。
「お約束過ぎんだろ……」
手足を確認してみると、服装含めて死んだときのままだ。
ジャージ上下じゃなかっただけマシか。
『あなた方のイメージに合わせたのですが、気に入りませんでしたか?』
「……もう、いい」
突っ込むだけ無駄な気がする。
『それで、あなたはどんな世界を望むのですか?』
さっきと同じセリフだが――能力じゃなくて世界?
「こういう時って、チート能力を選ぶだけで、行先は決まっているんじゃねえの?」
『そんな事はありませんよ。この世界の理の書には、あらゆる情報が記録されています。
あなたの望む能力にあった世界を用意しましょう』
いつの間に取り出したんだ、そのタブレットぽいもの。
てか、スワイプもフリック入力も様になってるし、ずいぶん使い慣れてないか?
「じゃあ、武器も魔法も万能な勇者として活躍できるファンタジーで頼む。もちろん記憶は残したままで」
ありふれた俺TUEEEE だって、自分が体験するなら話は別。
ストレスフリーが一番だ。
『承知しました。なるべくあなた方の希望に沿った世界を選択しますね』
「待ってくれ。
この手の展開だと、意図に沿わない理不尽でご都合主義な世界に飛ばされるよな。
クーリングオフの権利を要求する」
あっさり承認するのはアヤシイ。念のため保険をかけとこう。
『世界選択やり直しの権利ですか。では、トリガーはあなたが心から絶望した時としましょう』
「死亡じゃないのか」
『死亡の定義が難しいんですよね。
蘇生の魔法なんて珍しくないですし、転生先がアンデッドのケースもあります。
死に戻りの能力なんて終わりが無いです。
魂だけで憑依転生を繰り返すケースもありますね。
かと言って、魂まで消滅したら私の手の及ぶ範囲ではありませんし』
さらっと怖い事言いはじめたよ、この女神。
『それでは、良い旅を』
世界が眩しく光り、雄一の新しい人生が始まった。
▽ World view Start ▽
確かに人類の中では最強だったさ。
だからって何故、魔王と少数で戦わされなきゃならん。
死闘の連続で、苦楽を共にした仲間が倒れ、悲しみがいくつも連なる旅。
皆の思いを背負った、魔王との戦い。
ほとんど自棄になって突撃したはずが、俺は勝ってしまった。
死に際に魔王が遺した感謝の言葉は、さらに理解不能だった。
ただ一人、国へと戻る俺。
魔王城で倒れた第一王女に代わり、二の姫が伴侶として与えられた。
民衆や王様は大いに喜んでくれたし、物語のように俺の力を恐れて虐げられることもなかった。
でも、それだけだ。
喜びを本気で分かち合える相手もいやしない。
平和になって初めて魔王の言葉の意味が分かる。
最強だ、選ばれし者だって特別扱い。それは、ただの孤独だった。
やってられるか、こんな世界!
俺が、心の底から絶望した瞬間、世界が目の前から消滅した。
▲ World view End ▲
見覚えのある白い世界。
病んでいた心が嘘のように晴れている。
記憶は残っているが、擦り減った精神はリセットされるようだ。
「何なんですか、あれは」
『おかしいですね、あなた方の望んだ世界観なのですが』
女神が不思議そうに首をかしげている。
こいつバカなのか。誰が不幸を望むんだよ。
「ファンタジー世界はやめです。そこそこ美人で愛嬌のある幼馴染と過ごす東京の大学生生活がいい。
あ、ちょっとだけチートもありで」
『分かりました。それでは、良い旅を』
世界が眩しく光り(略
▽ World view Start ▽
それは東京での、初週末の事。
「6両目の1番後ろのドアに乗るでしょ。
日本橋に着いたら、目の前の階段を登り右に曲がる。
曲がった先に下りの階段が2つ並んでるので、短い方を降りる。
降りたところで後ろを振り返れば、目的地行きの列車に乗れるよ」
「……」
「分かんなかった?」
「分かるかい! まともに教える気ないだろ、お前」
「んー、嘘言って無いんだけど。
仕方ない、最初はついてってあげるよ」
「……オネガイシマス」
信じられない事だが、彼女は正しかった。
最短で分かりやすい経路に間違いはなかった。
だけど、コレが分かりやすいって。
「え? ここなんて普通だよ。
渋谷とか地下鉄の駅が三階にあるし、東京駅なんて端から端まで 800mくらいあって、隣の駅に歩けるし」
「端までつっても、誰も使わないような所なんだろ」
「ディズニーランド行く時に使うから、めっちゃ有名だよ」
「東京の駅はダンジョンかよ!」
――この街で生きていく自信なくしそうだ。
それがフラグになるなんて思いもしなかった。
数か月後、世界中で、多くの巨大駅に異空間が出現する。
人々の生活を一気に変えてしまったそれは、中から魔物が這い出てきたことから、ダンジョンと呼ばれた。
魔物と戦う力を持ったのは、その数か月の間に駅を利用していた人々。
俺は否応もなく、また戦いの日々に身を投じる事になる。
行方知れずになった幼馴染の姿をダンジョンの中で見たという情報に希望を託して。
そして――。
▲ World view End ▲
「あんたの用意する世界って、みんな呪われてるんじゃないか??」
『おかしいですね。お望みの能力にあった世界を選んでいるのですが』
「なんで、いつもいつも戦わないといけないんだ。俺は普通の生活がしたいんだよ。能力は普通で十分!」
『平均レベルをご希望ですか……』
女神はタブレットをスワイプしながら検索しているようだ。
一体、何が映ってるんだ、あれ。
のぞき込もうとしたら、一瞬で後退られた。
『だめですよ。これは神だけの秘密です』
いや、まて。ちらっと見えたあの画面、見覚えがあるんだが。
『ちょうど良い世界が見つかりましたよ。気分を変えて、今度は女性として生きてみてください』
「ちょ……」
異論を唱える間もなく(略
▽ World view Start ▽
中世風の文化圏に、剣と魔法が溢れるファンタジー世界。
子爵家の長女として、私は生を受けた。
前世の記憶を思い出して、最初に試したのは自分の筋力や魔力の量。
結論から言う。
とてつもなく嫌な予感がしたのは間違いじゃなかった。
有名小説のごとく、一般人の数千倍の能力を与えられた私の物語。平穏からは遠そうです。
これのどこが普通なのよ。
あの女神。絶対わかっててやったでしょ!
■ World view Interrupt ■
次はどんな世界を希望されるのでしょうか。
女神はネットの小説投稿サイトを開いた。
人間の想像力は素晴らしい。
全てを知るが故に、新しい発想に至らぬ神には無い力だ。
この想像力と、神の創造力を組み合わせれば、あらゆる世界の構築が可能となる。
あの様子だと、人間なんてもう嫌と言いだしそうですね。
人気第1位の人外転生作品を読み直しておきましょう。
その努力は不幸(?)にも徒労に終わる。
戻ってきた雄一が望んだのは、女神が想像だにしなかった世界観だった。
それは――
読んでいただきありがとうございました。