4 ブツが完成してしまった
トリカブトを採って一週間。
あれからまた一度森にいって、植物図鑑をもとに何種類かの毒草を探して追加もした。
全てをバルコニーで乾燥させ、すりこぎで汗水垂らしてすりつぶす。
「完成よ」
ついに毒薬が、できあがってしまった。
怪しまれないよう、綺麗なガラス瓶にいれてある。
「これをのませば、たぶん……やれる」
いよいよだと思うと、ごくりと無意識に喉がなった。
採取したものの毒性がどれくらいかなんてしらない。
薬学なんてさすがに学んでいないし、植物図鑑には『命に関わる場合があるので絶対にたべないようにしましょう』くらいしか書いていなかった。
もっと詳しく調べればいいのだろうけれど、毒薬の作り方の本を家に来る行商人から買ったりすると親にばれてさすがに怪しまれそうだし、こっそり町に買いに行くよりも早く実行に移したかったから。
どれくらい効果がキツいものかは分からないけれど、でもそれなりの量を服用させる事が出来れば、アリシア様を亡き者にできるはず!
――そうすれば、アレッサンドロ殿下を完全に私のものにできる。
「………」
私はぼんやりと、毒の入った瓶を目の高さに翳してみた。
手に持ったそれを揺らすと、カサカサと音がなる。
――――最初に、私の中にあったのはどす黒い嫉妬心だ。
でも森に入って汗をかきながらトリカブトを摘んだり。
広げて乾燥し、縮んでいくこれを眺めてにやにやしたり。
筋肉痛になりながらも一枚一枚手作業で挽いて粉にしていく過程で、なんだか激しい怒りは薄らいでいた。
今はひたすらにむなしいというか、哀しいというか、寂しいというか。変な感じ。
「……あ」
しばらく瓶を眺めるだけだった私の前にすっと白い手が伸びてきた。
その手は、私の持っていた瓶を持ち去っていく。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
私の手から抜いた瓶を手にしたオティーリエが、にっこりと優しく笑う。
「ばれない方法でやってやります」
低い声で呟いたオリーブが、腰の剣に手を添え真剣な視線を返してくる。
「っ!」
自分たちがアリシア様をやってくる、という意味だと理解した。
その瞬間、私は後悔した。
思わず椅子から立ち上がって、叫んでしまう。
「だ、だめよ……!!」
大きく被りを振って、嫌だと拒絶する。
「やめて! 二人を巻き込む気なんてないわ! それに本気で使うつもりなんてなかったの!」
ほんとうにアリシア様を殺せるなんて思って無い。
私に人殺しなんてたいそうなことが出来るはずが無い。
ただ復讐する過程を想像しつつ時間をかけて毒をつくりあげて、これを使ったらどうなるだろうかと想像して、自分の中の怒りを消化していただけなのだ。
想像の中の復讐だけでよかった。
人殺しなんてしない
双子を巻き込む復讐なんてもっとしない。
「絶対だめ! つかわないで! 捨てて!」
必死でそう縋ると、いつもぶっきら棒な顔のオリーブの口元がふっとゆるんだ。
「分かりました。残念ですけど」
「っ……」
その笑顔を見て、あぁ彼は私が本気で人殺しをする気が無いなんて最初からわかってたのだと悟った。
オティーリエもにこにこしながら頷いている。
オリーブはオティーリエから毒薬の入った瓶をうけとった。
「何にしても危険なので、これは俺が処分しておきます」
「……お願いするわ」
私の鬱憤を少しでも解消するためにオティーリエは毒薬づくりを一緒にしてくれた。
オリーブは呆れながらも最後まで止めずに見守っておいてくれた。
二人がこれを処分してくると、部屋を出たあと。
私はほっと息をついて、机に突っ伏してしまう。
「疲れた……」
恋に振り回される自分の感情に、心底疲れてしまった。
「それにしてもあの子達、どこに処分しに行ったのかしら。森に撒きにとか?」
まさか、捨てに行くと言いながらとっておいて、本当にアリシア様に危害を加えにいったりしていないだろうか。
十年前に拾った恩を感じているのか、あの双子は忠義に厚い。
私を道具としての王妃に仕立て上げようとするアレッサンドロ殿下にかなり怒っている。
「でも……ないない。いくらかなり怒ってたからって、まさか知らないところで殺人なんかするなんてないない」
苛立ちまぎれに作ってしまった毒薬の行方にほんの少しだけ不安を覚えつつ、私は突っ伏した机のひんやりとした心地よさに、ついうたた寝を始めたのだった。