表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

3 ライバルをやってしまおうか


 私は真っ白になりそうな頭をなんとか動かし、たっぷりの間を開けてからどうにか訊ねた。声はかすれていた。


「つまり、その……今日私を呼び出したのは、アリシア様を側室とすることを認めろというお話しですか?」

「いや君が認めるも認めないも関係ない。最初から決めていたことだ」

「最初から……」

「あぁ。一応、結婚前に報告しておこうとこの場を作ったまでだ」


 ……どうやら王太子様には、最初から本命がいたらしい。

 でも彼女は正妃にはなれない家柄だった。

 正妃としてふさわしい家柄の娘の中から特に学園時代に成績優秀だった私をとりあえず娶ることにしたということ。

 苦渋の決断として、真に愛しているアリシア様は側室として迎え入れる、と。

 

 子どもも諦めろというこは、本当に私に何一つの愛情をくださるつもりはないみたい。

 私に与えられる役割は、王妃として立って働くことのみ。

 そして側室のアリシア様は寵愛を受け、ただアレッサンドロ殿下といちゃいちゃ過ごすだけでいいようだ。

 

「エマは王妃という地位が手に入るのだ。何も悪い条件はではないだろう」

「そ、そうですわ、エマ様。王妃なんてすごいです。本当は私が努めたかったのですが、どうにもできず……役に立てて羨ましいです……」

「何をいう。アリシアは仕事なんてせず、私の隣で笑っていてくれればそれでいいのだ」

「まぁ殿下……。お優しいのですね」

「アリシア……」


 目の前でお互いにうっとりしている彼ら的には、この国の女性で一番の地位につけるのだから嬉しいだろう? という感じらしい。

 何一つ悪いことをしているという感情は感じなかった。


 私はきゅっと、膝の上に置いていた手を握り締めた。

 三ヶ月前、素敵な王太子様に告白された。

 知らない間に彼に好かれていたと浮かれていた自分が恥ずかしい。

 そういえば「好き」だとかいう言葉は聞かなかった。

 彼はただ、都合のいい女を探していただけなのか。 


「王族が側室をつくるのはおかしいことではないからな。みんな私とアリシアの仲を祝ってくれるだろう」


 そう、側室をつくることは悪い事ではないのだ。

 尊い王族の血を残すため、子孫繁栄のために子を産む女はむしろ多い方がいいという考え方もある。

 だから愛しているのは側室予定であるアリシア様だとこうして宣言されても、私がそれを理由にもう締結された婚約を破棄することは出来ない。


 こちらから破棄できない段階になってからアリシア様の存在を私に教えてきたのは、わざとだろう。


 私には国民へ向けたお飾りの妻として、一生愛されずに生きていく道しか残されてない。 



 ――――あ。


「っ……オティーリエ、オリーブ、下がりなさい」


 ふっと、背後に控えていた双子が動く気配がして、私はすぐに彼らを制した。

 ちらりと視線だけ振り返れば、二人とも悔しそうに歯を食いしばっている。

 これは……ものすごく怒ってる。

 さっき静止していなかったら、王太子相手でも確実に手を出してただろう。



 二人が怒ってくれたおかげで少しだけ、自分が冷静になれる。



「……殿下。突然のお話で少々動揺しております。この件についてはまた改めてお話しさせていただいても宜しいでしょうか」

「お前が嫌がろうとアリシアを第二妃にすることは変わらないが、まぁ仕方ない。今日は帰るがいい」

「えぇ、失礼しますわ」



 それから立ち上がって部屋を退室する時。



「あの……エマ様」

 

 可憐な鈴の鳴るような声を掛けられた。

 振り返ると、アリシア様がこちらをみている。

 

 小柄なようで、こうして立ち並ぶと私より5cmは低い。

 ぷるぷる震えていて丸っこい瞳と合わさって小動物のような印象を受ける。

 彼女はぎゅっとアレッサンドロ殿下の手を握りながら……怖いけれど頑張って話しかけましたというけなげな感じで言う。


「私たち、婚姻後は同じ夫を共有するのですもの。どうか……どうか、仲良くしてくださいね」


 まるでアレッサンドロ殿下に愛されている自身を見せつけるような。

 王妃としてただ仕事と責任を任せられるだけの私を馬鹿にするような。


 最後に一歩前へでてアレッサンドロ殿下から顔が見えないようしてから、それはそれは清々しい笑顔をアリシア様はくれたのだった。




* * * *



 

 翌朝、私は侍女のオティーリエと二人、日も昇り切らない早朝から外出していた。 

 双子の兄のオリーブの方は朝に弱いので、何か有事が起こらない限りは決まっている始業時間まで起きてこない。


「エマお嬢さまぁ、これ、もしかしなくてもトリカブトってやつですよねぇ」


 スコップで根元を掘り起こし、引っこ抜いてもらったばかりの一メートルほどの植物を示しつつ、オティーリエが眉をさげる。


「そうよ。うちの裏が森でよかったわ。たくさん生えてるもの」


 そう返しながら、私は自分の手に持ったスコップで土を掘る。

 少し掘ったら幹を握ってひっぱってみて。

 いけそうな感覚だったので、さらに思いっきり力を込めた。

 そうして根ごと抜けたトリカブトを背中に背負ったカゴに放り込む。

 続けて、ザクザクザクザク。

 群生しているトリカブトを掘り起こしていく。


「ふう、腰をかがめて取るのって、結構いい運動になるわね」


 額に滲んだ汗をぬぐう。

 早朝の森の中の空気はとても気持ちがいい。


 そうしてしばらくしてオティーリエと一緒に採取したトリカブトが籠一杯になるころには、もう日は完全に昇っていた。

 そろそろ使用人たちが自室からでてきて仕事を始めだすころだ。

 

「あまり長いこと森にこもっていると不審がられるわ。そろそろ帰りましょうか」

「はい。でもこれ、何につかうんですか」


 心配そうなオティーリエに、私は満面の笑みを向けた。


「ちょっと毒薬を作ってみようかとおもって」

「うっわぁー」


 おっとりしているオティーリエは、驚きかたもおっとりだ。

 これがオリーブなら冷たい視線と共に「バカですか?」と冷たい台詞がでてくるのだろう。

 でも奴はまだベッドですやすや眠っているはず。

 

「これ、王太子殿下のことがあったからですよね。つまり……やっちゃうんですか」

「えぇ、やってやるわ」


 私はぐっとこぶしを握り、朝日に向かって突き出した。

 やる気がメラメラ燃えている。


「アリシア様を亡き者にして! アレッサンドロ殿下を私だけのものにするの!」

「お嬢様、そこまで王太子殿下のことを独り占めしたいのですか。情熱的ですねぇ」

「ふふふふ。恋って人を悪魔にも変えるのね。初めて知ったわ」


 アリシア様を紹介されてから一晩、私は徹夜で悩み考え抜いた。

 都合のいい道具だけの王妃なんてやってられない。

 私はアレッサンドロ殿下の一番でありたいのだ。


 そんなわけで集めたのはトリカブト。

 これは毒性があって、決して食べてはいけない植物として有名なものだ。

 これで毒薬をつくってアリシア様を亡き者にしてしまおう。


 私はオティーリエと並んで屋敷への道を歩きつつ、採取したトリカブトをどうしようかと企てる。


「確か熱を通すと効能が薄まっちゃうのよね」

「変なことをよくしってますね」

「ミステリー小説で読んだのよ。物語の中の話しだから本当かどうかしらないけど、とりあえず効能は薄めたくないから、煮るのはやめて乾燥させて粉末にしましょう」


 そう決めて、私は屋敷につくとさっそく自室のバルコニーに布を敷いた。

 その上にオティーリエと手分けして葉っぱを引っこ抜いたり、幹や根っこを、園芸ばさみで切ったりして小さくしたトリカブトを重ならないように広げていく。


 天日干しというやつだ。

 

「早く乾けー。ほら、オティーリエも」

「はーい。早くかわけー!」

「乾けぇー!」

「乾けえぇぇー!」


 二人で広げたトリカブトを前にしゃがみ込み、両手をかざして念をおくる。


「乾けぇぇー!」

「かーわーけー! ……ん?」

 

 ふっと頭上に陰が出来たので上を見ると、オリーブが立っていた。

 

「あら、やっと起きたの。遅刻ではなくって?」

「始業時間ちょうどですよ。それにしてもこれは……」

 

 まだ眠そうな顔であくびをかみ殺したオリーブは、細めた薄紫の目でバルコニーに広がる景色を長め、ぼそりと言い捨てた。

 

「バカですか」

「言うと思ったわ!」


 馬鹿にされたって諦めない。

 これで毒薬をつくって、アリシア様を亡き者に!

 そしてアレッサンドロ殿下を私だけのものにしてみせる!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ