看板娘の三姉妹
俺は、二日連続で、堅実な少し高級めな宿屋であり尚且つ人気の食事処でもある「繁盛亭」を訪れていた。
まあ、昨日は夜の居酒屋タイムで、今日はランチの営業が終わった午後の時間帯、といった相違点はあるが、俺としては稀な事だ。
女将に三人娘による子守り引き受け的な事業の構想についての協力要請というか相談をしたら、この時間にお店でに打ち合せをと提案された、という特殊事情によるものなのだが...。
客も疎らになってきた店内を眺めながら、俺は、カウンター席の隅っこで、ワインをちびちびと飲む。
少し前まで店内をキビキビとほんわか笑顔をふりまきながら動き回っていた女将は、店の奥に引っ込んだままで、まだ戻って来ない。
さて。女将からはどのような条件が出されるのやら、と俺は、戦々恐々している。
「おや、まあ。なんて顔、されてるんですか」
「ん? いや、まあ」
「お待たせ致しました」
「いやいや、こちらこそ、忙しいのに...」
「嫌ですわ。わたくしが人の弱みに付け込むような人間だ、とでも?」
「いやいや、そういう意味では...」
「あら、まあ、困ったわ。冗談ですのに」
「...」
「まあ、つかみは、こんな感じで良かったかしら?」
「...女将さん」
「あら、やだ。わたくしの事は、ラナとお呼び下さいな」
「...では、ラナさん」
「はい。何でしょうか、アッシュさん」
「...」
「これから、新しい事業を共同で始めよう、というのですから、もう少し打ち解けて頂かないと、困りますわね」
「はあ」
「もう、困った方だこと...」
「...」
「では、まず。アッシュさんのお考えを、お聞かせ下さいな」
見た目と言動のギャップが激しいラナさんに、ブンブンと振り回される俺。
前途多難、だ。
ラナさんに促された俺は、強張った表情のまま、執事のトマスと何度も議論を重ねた「拡大解釈こども園」構想の原案の説明を、始めたのだった。
* * * * *
ほんわか笑顔でキビキビ働くラナさんは、しっかり者のお母さん、でもあった。
何やかんやとダメ出しはされたものの、最終的には、ある条件を呑むことで、ラナさんは「拡大解釈こども園」構想の支援を約束してくれた。
対外的には、繁盛亭の新規事業、とすることにも同意してくれた。
強力なスポンサーが得られたのは、本当に心強いの限りなのだが...不安も増した。
唯一の条件が、繁盛亭のマスコット的存在でもある三姉妹を実務の責任者として働かせる、というものだったのだ。
しかも。その理由を尋ねても、乙女の秘密、という意味不明な説明で誤魔化されてしまうのだ。
まあ、繁盛亭の三姉妹と言えば、少し騒がしいがそれなりに働き者で可愛いお子様たち、として知られているので、好都合な気がしない訳でもないことも無いのだが...。
気が付くと、いつの間にか、ラナさんが俺の傍に三姉妹を連れて来ていた。
「は~い、みんな。ご挨拶してね。私が、ラナ、で」
「長女のリナです」
「次女のルナでぇ~す」
「レナ」
「そして、主人がロバート、なの。うふふふふふ」
何が面白いのか、ラナさんは、笑いが止まらないようだ。
長女と次女は、堂々としているが、三女はラナさんの後ろに隠れている。
俺は、そんな彼女たちの顔を、一人ずつ見て、頷く。
「よろしく。アッシュ、だ」
「「よろしくお願いします」」
「...」
「この店には何度も来ているし、以前にここの宿にも泊っていた事があるので、何度か顔は合わせている、筈。なんだが、覚えていてくれてたかな?」
「「はい!」」
「...」
「そうか。えっと、ラナさんから、話は聞いたかな?」
「はい。こども園? というののお手伝い、ですよね」
「子守りするのと、お子様たちのお勉強をみるのと、炊事洗濯のお手伝い!」
「お友達と一緒に遊ぶ...」
「うん。まあ、そんな感じ、かな。たぶん」
と、つかみは、こんな感じで...。
と、兎に角。
繁盛亭の女将が後援している新しい施設、という外聞は手に入れられたので、良しとしよう。うん。
構想には、細かな修正が入ったものの大筋に変更はなく、三人娘と五人のお子様たちの自立支援、という主目的からも外れてはいない。
ので。一歩前進、と言えるだろう。たぶん。そう、だと思いたい。というか、そうであって欲しいと切実に願う、俺だった。




