閑話 冒険者との主従関係
清閑な住宅街の一角、広大な敷地に建つ邸宅や豪華な屋敷が並ぶ地区の隣。
超高級住宅地に隣接した、少し小ぶりだが立派な屋敷が立ち並ぶ街並み。その中にある、一軒の立派なお屋敷。
普段はひっそりとしているその屋敷で、わあっと大きな歓声が上がった。
「おめでとう! フィオナ」
「よかった。よかったね、フィオナ」
「みんなぁ~、フィオナお姉ちゃんの足が、治ったよぉ~」
「おおお。ほ、ほんとに?」
「わぁ~、おめでとうございます!」
「フィオナお姉ちゃんの、足が治ったんだって!」
「すごい、すごい。どうやって直したの?」
「ピカッと光って、ボッと燃えたら、治ったんだよ」
「ぴか?」
「ぼ?」
「うん、そうなの!」
「魔法?」
「契約魔術」
「けいやく?」
「まあ、まあ。細かいことは、良いじゃない」
「そうだね」
「そうよね」
「そう、そう」
「お祝いしよう!」
「そうしよう!」
「フィオナちゃん、おめでとう!」
豪奢な造りの屋敷の中、実用本位の調度品で揃えられた、書斎と思わしき部屋。
その部屋に相応しい雰囲気を纏う大人二人と、場違いな感のある幼い子を含む女の子たち八人。
大人たちに見守られ、子供たちが大歓声をあげて、一人の女の子を囲んでいる。
お嬢さまっぽい大人しそうな女の子が、泣き笑いの表情を浮かべて、仲間たちに囲まれ揉みくちゃにされていた。
一通り大騒ぎして喜んだ後に、今度は、大泣きし始める年長の娘三人。
そんな三人娘を宥めながら誘導する大人二人に連れられて、一行は、屋敷内にある広々とした食堂へと移動する。
大人二人に世話をされ、三人娘と五人の幼い女の子たちは、順番に一人ずつ、長いテーブルに設えられた椅子へと着席していく。
この屋敷の主と思しき男が、自身も自分の席に着いてから、その従者らしきもう一人の男に、一言二言耳打ちをする。
と、生真面目な表情で頷いた従者らしき男が、流れるような所作ですっと部屋を出て行った。
子供たちは、高価な調度品で揃えられている食堂の立派なテーブル席に着席させられた事で、少し緊張感もでたのか落ち着いてきたものの、興奮冷めやらぬ状態は維持したままで、少し控えめにワイワイと騒ぎ続けている。
そこに、メイドの格好をしたキリっとした感じの中年女性が、オードブルやデザートの乗った皿を満載したワゴンを押しながら、静々と入って来た。かと思うと、素早く配膳を済ませて、速やかに退室していった。
続いて、先程いったん退室していった従者の男が、沢山のグラスと何種類かの飲み物が入った容器を乗せたワゴンを押して戻って来ると、手際良く、この屋敷の主と子供たちに飲み物を用意していった。
すると。この屋敷の主である男が、グラスを持って立ち上がった。
「さあ。みんな」
男のそれ程は大きくない声が、広い部屋に響く。
子供たちが、ピタリ、と静かになった。
お嬢さまっぽい大人しそうな女の子が、グラスを持って、スッ、と立ち上がる。
他の子供たちも、静かに、グラスを持って立ち上がる。
一人遅れて、猫耳の少女が、慌ててグラスを持つと立ち上がった。
「当家は、君たちを歓迎するよ」
「...」
「暫くの間、自分の家だと思って、安心して過ごして欲しい」
「...」
「それと。フィオナ。右足の怪我の完全回復、おめでとう」
「ありがとうございます」
「ああ。本当に、良かった」
「...はい」
「と、いう事で。皆の歓迎会とフィオナの全快祝い、を始めよう。カンパーイ!」
「かんぱぁ~い!」
* * * * *
清閑な高級住宅街の一角にある、広い敷地の中のこじんまりとした邸宅。
少し前まで賑やかだったその屋敷の中も、今は、すっかり寝静まっていた。
賑やかに騒いでいた子供たちも、一日の疲れが出たのか、次々と撃沈。
最後は、子供らしく幸せそうに微笑んで寝落ちした本日の主役である少女が、彼女のために用意された部屋のベットまで運ばれて、お開きとなったのだ。
楽しかった時間の余韻に浸るような表情で、宴の後片付けを終えた、この屋敷の主とその従者。
二人の男が、実用本位の調度品で揃えられた、書斎と思しき部屋へと、戻る。
静寂で満たされたその部屋は、この屋敷の主のための執務室だろう。
主が執務机の立派な椅子に座ると、従者の男が、机の上に残っていた一通の書類を手渡す。
「はぁあ?」
「ど、どうかされましたか、旦那さま?」
「どうかされた、じゃない。これは、何だ?」
「え?」
「この契約書は、何だ?」
「えっと、キャロラインとの雇用契約、ですが...」
「アホか、お前は」
「え、ええぇ~」
「こんな契約、結べる訳が無いだろうが。色ボケしてるんじゃない!」
「うっ」
「ここと此処の文言は、カット。それと、この箇所は書き直し。それから...」
呆れ顔の主と、仕事の出来る執事の仮面が剥がれ落ちたその従者。
寝静まった屋敷の中。主従の間でのやり取りが、事務的とは言い難い言葉の応酬を交えながらも、粛々と進められていくのだった。
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