三人娘と契約魔術
静寂で満たされた、俺の執務室。
俺とトマスは、「拡大解釈こども園」を開設するための契約書を覗き込んでいる三人娘を、静かに見守る。
フィオナが、困惑した表情で顔をあげた。
「あ、あの」
「ん? 何か、不明瞭な箇所があったかい?」
「いえ。ただ、本当に、この内容で良いのでしょうか...」
「何処か、気になる点があったかい?」
「この内容で、アッシュ様にメリットはあるのでしょうか?」
真剣な表情で、俺を見るフィオナ。
うん。良い子だな。
俺は、笑いながら、彼女の疑問に答える。
「冒険者は、ある程度の成功を収めると、金銭的には余裕ができる。それは、知っているよね?」
「はい」
「冒険者は、自身の装備やクエストの準備には経費を掛けるが、それ以外に貯めた資産を使う事が余りない。この事実も、知っているよね?」
「はい」
「だから。遊休資産を使った投資、だよ」
「...」
「君たちは、優秀な人材で、将来有望な投資先、という訳だ」
「ありがとうございます。ただ...」
「求めるのは、長期的なスパンでのハイ・リターン、だ。つまり、リスクは高くても問題なし」
「...」
「冒険者は、大きな利益を得るために、多少の危険は気にしない。思い切って、チャレンジしてくれることを期待しているよ」
「分かりました」
「まずは、十年後に期待、かな。こども園の構想が膨らんで学校法人にまで成長していると、嬉しいかな」
「はい。精いっぱい、頑張ります」
「ああ。期待しているよ。ただし、長期戦略だから、目先の損得に惑わされての無茶は厳禁、だよ」
「...」
「将来有望な君たちに投資する訳だから、十年後の君たちも優良物件のまま、でないと困る」
「そうですね。ご期待に沿えるよう、頑張ります」
「ああ。期待しているよ。よろしくね」
俺は、トマスに目配せをする。
トマスが、頷き、ペンをフィオナに渡した。
「その契約書の、此処に、三人の署名を、それぞれこのペンで記入して」
「はい。署名の順番に、指定はありませんよね?」
「ああ。特に指定は無いよ」
「では、私から。次はレベッカで、最後にセリシア。それで、良いよね?」
「うん」
「わかった」
三人娘が、順番に、ゆっくりと署名する。
三人娘が署名を済ませた羊皮紙の契約書とペンを、トマスが受け取り、俺の前に置いた。
俺は、ペンを取り、契約書に署名する。
と、契約書は、ふわりと宙に浮き、金色の光を発した。
ボッ。
契約書から炎がでて、一瞬で燃え尽きて、消える。
「「「ええっ!」」」
三人娘が、揃って、驚愕の表情で驚きの声をあげる。
俺とトマスは、してやったりの表情で、頷き合う。
「これで、契約は完了。正式な契約だから、間違っても違反することが無いよう、気を付けてね」
「は、は、はい!」
「...」
「あ、あの...」
「大丈夫。余程のことが無い限り、君たちにペナルティが発生することはない、筈だよ」
「「「...」」」
「俺の方は、気を付けないと駄目、なんだよなぁ。契約魔術は、誤魔化しが効かないから」
「大丈夫です、旦那さま。もしもの時は、私が後を引き継ぎます」
「おいおい、何だその締まりのない顔は。俺が退場した後はウハウハ、とか考えて浮かれているんじゃない」
「いえいえ、滅相もない」
「ふん。信用ならん奴だな」
「ご安心ください」
「まあ、トマスには後でしっかり釘を刺す、として。この事は、他言無用、でね。他人に漏れるとどんな横やりが入るか分からないから、君たちと俺との間の秘密、という事で」
「「「はい」」」
「うん、良い子だ。じゃあ、お堅い話はここまでで、各自、自分達の部屋の片づけを続けて。その後は、食堂など他の生活で使用する部屋や設備について、メイド長のマリアンヌさんから案内と説明を受けてね」
「「「はい」」」
「では、解散」
セリシアとレベッカが、元気よく、椅子から立ち上がって駆け出す。
フィオナは、そんな二人に苦笑いして、俺とトマスにお辞儀をしてから、立ち上がり、移動しようとしたのだが...。
「えっ...」
立ち上がって歩きかけた姿勢のまま、フィオナが戸惑った表情で、こちらを振り返った。
「どうしたの? フィオナ」
「あ、足が...」
「ん?」
「私の足が、普通に動くんです」
緊張した表情で、ゆっくりと歩いて行く、フィオナ。
恐る恐る、その場で軽く飛び上がってみる、フィオナ。
そんなフィオナを、よく見てみると。
AR表示されているフィオナの公開ステータスから、契約違反ペナルティーありの印が消えていた。
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今回で「1.三人娘」は完結で、次回からは、閑話を一つ挟んで、「2.三姉妹」の開始となります。




