契約違反のペナルティ
賑やかで上機嫌なセリシアを含む三人娘が、大量の荷物を抱えながらも締まらない表情となったままのトマスを従えて、彼女たちの家に帰って行くのを見送る。
トマスがどの程度の信頼を得てどこまで荷物を運ぶことになるかは不明だが、帰って来たら要確認、だな。
間違ってもトマスの方が俺よりも三人娘に信頼されているとは思いたくないが、同じこの世界の住人であり、万が一の際の抑止力としての俺という存在もあり、俺よりも気安い感じになるのかも知れないが...。
まあ、それは兎も角。
彼女たち、三人娘と五人のお子様たちを、如何にして自立させるか。
フィオナの契約違反ペナルティーを、どうやって解消させるか。
当面の課題は、この二点、になる。
三人娘と五人のお子様たちの自立については、セリシアの資産である家屋と土地に俺が追加投資すれば、何らかの商売が成り立たないか。といった方向での検討、になるかな。
場所と周辺の環境にもよるのだろうが、幼い子供たちだけで出来る商売、というのは難しい。
幼児でも出来るというか任せてもらえるのは、子守りくらい、だろうか...。
それと。世間様向けの後ろ盾として誰を据えるか、についても要検討、だよなぁ。
トマスが戻ってきたら、追加情報の有無も確認した上で、再検討することにしよう。
フィオナの契約違反ペナルティーの解除方法については、要調査、だ。
違反状態を解消すれば解除できる、と思っていたのだが...。
彼女に聞いた話からは、残念ながら、契約違反と判定された行動や状態は、容易に特定できそうになかった。
ので、別方向からのアプローチが、必要となりそうな状況なのだ。
契約違反のペナルティに関しても、少し調べただけでは分からない事も多々あったので、もう少し調べてみる、とフィオナには約束した。
約束はしたのだが、さて、どうやって調べたものか...。
と、まあ。
正解が見当たらない課題を二つも抱えてしまった訳なのだが、少し、疲れた。
トマスが戻って来るまで、まだ、少し時間がかかりそうなので、一旦、ログアウト、だな。
現実世界の肉体への栄養補給、即ち、夕食を取る。その序でに、その他諸々の雑用も済ませた上で、スマホかパソコンを使って調べ物でもするとしますか...。
* * * * *
俺は今、この世界での活動拠点としている「はじまりの街」に構えている屋敷の、寝室も兼ねた自室から出て、絨毯が敷き詰めらえた廊下を歩き、来客との会食や飲酒などにも使用する食堂へと向かっている。
この屋敷は、それなりの実績がある中堅どころの冒険者プレイヤーの住居としては、一般的な規模なのだが、一人で生活するには広大だ。
そして、現実世界では単なる一般人である俺の住まいとしては、分不相応に、豪華で贅沢な造りとなっているので、慣れ親しんだ今でも少し落ち着かなくなることがある。
などと、あまり成果を得られなかった調査結果から意識を逸らしながら、辿り着いた重厚な木製の扉を自分で開けて、食堂の中へと入っていく。
テーブルに、軽食の為の食器やグラスを用意していたトマスが、椅子を引いてくれたので、席に着く。
「ああ。ありがとう」
「お飲み物は、ワインで宜しいですよね」
「ああ。頼む」
トマスが一旦、調理場の方に引っ込んでから、ワインのボトルと軽食が載った皿を持って戻って来た。
「まあ、トマスも座ってくれ」
「いえ」
「良いから、付き合え」
「...」
「ほら、そっちに座れ」
「私は、この屋敷の執事なんですが...」
「はい、はい。夕食は、済んだか?」
「はい」
「じゃあ、料理人はもう返してもいいな」
「はい。もう、帰宅させました」
「なら、他には誰も居ないんだから、問題ないな」
「ですから、私は」
「ほら。さっさと、そこに座れ」
「はいはい、分かりましたよ」
「ああ、それでいい。で、彼女たちの家まで行ってきたのか?」
「そうですよ」
「ほお~、そうか。こんな怪しい男を家に入れるとは、彼女たちには厳重に注意する必要があるな」
「はい、はい」
「ふんっ。まあ、冗談はさておき。彼女たちの希望を叶えることは、出来そうだと思うか?」
「そうですねぇ...」
俺は、ワインを飲みながら、トマスの意見を有難く傾聴する。
トマスは、アルコールが入って口の廻りも更に良くなり、収集した情報と確認できた事項を自慢げに披露しながら、持論を展開している。絶好調、な状態だ。
俺とトマスは、冒険者プレイヤーと補助キャラという間柄であり、俺のアシスタントとして確定した際に締結された契約にお互いが縛られている関係、でもある。
トマスの方に何らかの選択権があったかどうかは不明、なのだが。建前上は、お互いに同意した上での、契約関係、だ。
この契約内容に違反すると、違反した方にペナルティが発生する訳だが。お互いに相手を尊重する関係を築ければ、それほど違和感のある規約でもない、と思う。
それに、俺とトマスは、俺が雇用してトマスが雇用されるという関係だが、俺がこちらの世界を不在にする間のバックアップをトマスが請け負うという形態になっているので、主従の関係ではあっても従者の方にある意味で弱みを握られている状態だから、信頼関係を築けないと精神衛生上もあまり宜しくない、のだ。
つまり、...なんの話、だったけ?
アルコールのせいか、思考が迷走している、な。
いやいや。実際には、肉体の方でアルコールを摂取している訳ではないのだが...。
ん?
また、話が脱線してしまった。
まあ、兎も角。
冒険者プレイヤーと補助キャラとの間の契約については、俺自身も確認しているし、ある程度の情報があるのだが、契約違反のペナルティについては、めぼしい情報が得られなかったので、いったん保留。
まずは、彼女たちの希望を叶えるにはどうすれば良いか、の検討から、だ。
「で、結局。俺とトマスは、何をすれば良いんだ?」
「アッシュさん、いったい、何を聞いていたんですか...」
「いやいや。トマスが長々と語っていたのは聞いてたけど、具体的な行動についての話は無かったんじゃないか?」
「う~。そんな事は無い、ですよ」
「じゃあ、説明してくれ。俺とトマスが明日から何をすれば良いのか、を、具体的に」




