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本編三 束の間





本編 三『束の間』









バス停から向かった葬儀会場は静かに後片付けが行われていた。


散り散りになった参列者の数はやけに少なく、ただ儀式だけが行われていただけなのだろう事がわかる。


(しっかし小さい村だな……)


しんみりしていて面白そうな物も一見ありそうな気配すらない。


もし石上部長が本当にここに居たとして、一体こんな村に滞在する理由がどこにあるんだろうか?


思い当たる節と言えば、バスの運転手の言葉位だ。


『この村は何かに憑かれとる言う噂だ……』


部長がここに居るのだとすると、滞在理由はもはやそこにしかない。





葬儀会場の前で熱心に何かの作業をしてる男性を見かけた。


(小さい村だ。意外とすぐにわかるかも知れないよな)


男性は葬儀社の者だろう、喪服の胸元にはネームプレートを付けている。


なるべく邪魔にならないように、相手の視界に少し入ってから丁寧に声をかけた。


「あの……すみません、お忙しい所」


忙しい等とは到底思えないが、社交辞令は職業柄手慣れている。相手のペースより自分のペースに持って行く事も取材の要領で行えば簡単な事だ。


既に苛々と面倒臭さが全面に出ている俺に先制攻撃をかけたのは、不覚にも相手であった。






「はい。……ひくっ、何……ひっひっ…ひっく…」


正直驚いたと言うのか、悪戯か何かの悪意だと思った位だ。


えずく様な、しゃっくりの様な……


初対面の相手に対して、顔を上げた瞬間に引き笑いのような妙な声を上げる男。


怯まない方がおかしい。


俺は相手の心配をするよりも先に、変人でも見るような目で相手を見据えた。


(からかってるのか?)


しかし男は男で大柄な体を震わせながら、言葉も出せずにひくひくと苦しげにこちらを見ている。



(なんなんだ、こいつは……)





ここに至るまでの様々な憶測や石上部長の事が頭を巡っていた。


困惑するのは当然である。まさしくあの運転手が言っていた、“憑かれている”かの様に見えるのだ。


怯えと苛立ちの俺と、痙攣するかのような男の対峙がどの位続いたのかはわからない。


しかしその時間を止める人物が大声で式場から飛びだして来た。


「おいっ!孝太郎、しっかりせい!」


出てきたのは初老の男性であった。


「あんた余所からきたんか?後で話は聞いてやるから、こいつは病を患っとる。命に関わるで願ってくれや」


初老の男はまくし立てるようにそう言い放った。






「い、命……って、願う?願うってどうしたら……」


「死なねえように願ってくれや、はよう!背中でもさすってよお」


こんな事態は初めてだが、命に関わる病の発作に出くわしていたらしい。さすがに呑気に等していられない。


憑かれている等と失礼な想像をした頭を振るい、とにかく俺は心から祈った。


(おい、死ぬな、頼むから死なねえでくれよ。何だか俺のせいみたいじゃないか)


「孝太郎、わしを見ろ。わしを見て深呼吸しろ!早くっ!大丈夫じゃから」



一瞬の修羅場───




この村に降り立って僅か五分と経っていない。


その間に一触即発の様な事態に出くわした俺はとにかく訳もわからず祈った。


怯えは既に男の死に対しての怯えに変わり、背中をさすりながら懸命に祈る。


初老の男は孝太郎と呼びながらじっと目を見つめていた。


しばらくすると男はえずきを整え、小さく声をひねり出した。





「とっさん、すまんねえ。すまんねえ」


「ええ、ええ。よがった。落ち着いたかい」


声を聞いて、そしてえずきが治まっている姿を見て一先ずはほっとした俺に、とっさんと呼ばれる男は言った。


「すまんが客人。しばらく外してくんねえか?」


面倒もごめんだが、人命には変えられない。しかしそれでも席を外せと言うなら従わない訳にもいかない。


俺はバス停まで戻り、僅かな心配を残しながらもまた一服吹かしながら“とっさん”と言う男を待つ事になった。





バス停のパイプ椅子に腰掛けながら落ち着いて見ると、自然と立て掛けられた看板に目が留まる。


『憐れみ村』


(そう言えばこれも運転手が教えてくれてたっけな……)


くたびれた看板に書かれた村の名前を見ていると、何故だか妙な胸騒ぎがした。


何より名前が良くない。


「全く何だったんだ……長居は無用だな」


石上部長をいち早く見つけ出し、せめて事情だけでも確認して早々に引き上げるに限る。


俺はバス停の時刻表に目を移し、少なく刻まれる発着時間を頭に叩きこんだ。






フィルターだけになった煙草をバケツに放り投げて頭を上げると、“とっさん”と呼ばれていた男がよれよれになりながらこちらに向かって来るのが見えた。


「あのっ、さっきの……孝太郎…さんは?」


「ああ、大丈夫じゃったよ。危ないトコだったけんどな。あいつはまだ若い」


若さは病には重要だと云う事はわかるが、何より何の病を患っているのかすらわからない俺は

「そうですか、良かった」とだけしか言えなかった。


「何しにこんなへんぴな村へおいでだ?」


男は不機嫌そうにしながらも、話を聞くと言った手前その時間を割いてくれそうだった。





「いや、ある人を探しているんです。石上と云う者なんですが……」


一瞬、男の眉が少し上がったような気がした。


「石上……さあなあ、知らんなあ。それより次に来るバスが今日最後やぞ。帰らんでいいんか?」


俺自身もわかっていた。

先程頭に入れたばかりである。


16:30──


逃すとこの村で一晩過ごさなければならないのだ。


ふと見た携帯の時間は16:00。

携帯に電波は届いてはいなかった。





「この辺りには民宿はありませんか?」


万が一を考えそう尋ねたが、とっさんは一瞬間を空けた後、首を横に振りながら溜め息をついた。


「すまんの。見ての通りの村さ、そんな気の効いたもんはねえよ」


そう申し訳なさそうに言った。


「しかし恐らくはこの村のどこかに居るはずなんです。探している者が……」


「さっき言ってた人かい。音信不通なんかい?」


「いえ、連絡はあるみたいなんですが……」


俺は誘導されるようにそう答えるしかなかった。そもそもそれ自体が不可思議なのだが……






日が落ち始め、辺りが程よいオレンジ色に染まって行く。


山に囲まれた小さな村でのその景色は、都会で見るそれよりも何だか物悲しいような感じに見えた。


いや、都会で夕焼けの色に等、気を取られる事すらめったとないのだ。


自分。個人。悩み。その類で頭の大半を使う事に精一杯で、それを守る為に残りの容量を団体行動に使用する。


「連絡があるんなら今日んとこは帰った方がええ」


確かにそうかも知れない。

石上部長ですら宿もないこの寂しげな村で、仕事や家族を放ってまで不確かな噂話に夢中になっているとは思えない。


何より俺が帰りそびれてはどうしようもないのだ。




「確かにそれもそうなんですよね……また寄る事にしようかな。公衆電話はどこかにありますか?」


俺は社に一報を入れて、最終のバスで取り敢えず帰社する事を考えていた。


「便りがないのが良い便りなんて言うが、あんたの状況から考えると便りがある内は安心しとりゃいいんじゃねえか?」


まあ俺にとっては上司の単独行動にさほど日常を脅かされる事はない。


生死に関わるとなると話は違うが、言う通り便りがある内は別段慌てる気持ちは持ち合わせてはいないのだ。






「電話ならあそこに見える派出所の横にあるでな」


バス停から少し離れた所ではあるが、明らかに交番の佇まいが目に入る。


少し距離はあるが、何しろ周りにごちゃごちゃしたものがない分、十分に見渡せた。


「この辺りではまだ派出所とおっしゃるんですね……」


そう言って電話をかけに向かおうとした俺を訝しげな顔でとっさんは見ていた。


遠目に公衆電話自体も目に入った辺りで、既に先客がいる事も同時に確認が出来た。


(タイミングってのは得てして悪い方に転がるもんだ)


致し方なくもう一度バス停に向きを変えると、ちょうど最終のバスが前方から近付いてくるのが見えた。





「益々タイミングを逃したようだな」


俺は一人そう呟きながら、停留所に急ぎ足で戻る。

社への電話はあきらめるしかない。


「電話をしそびれたようじゃの…ひっ」


とっさんは見送りでもしてくれるつもりなのか、バス停付近を離れようとせず、不意の来客に愛想を使っていた。


「電波が届く場所へ出れば携帯がありますから」


「便利なもんだ。それにしてもさっきは孝太郎に手を貸してくれてすまなんだな」






しおらしく礼を云うとっさんを見ると、


(敬遠されるような村には見えないな……)と単純にそう思えた。


停車したバスに乗り込み、念の為『石上』と言う人物がもし現れたら……と連絡先を渡すと、バスの扉はゆっくりと閉じて静かに走り出した。


とっさんは何となく立ち尽くしながら俺を見送っている。


手を振るわけにもいかないがそそくさ座るのもどうかと、しばし立ったまま窓から眺めていると、


バスは、さっきの小さな交番の横を通過しようとしていた。




「ここではまだ派出所だったな……」


確かに未だに“派出所”と書かれたプレートが貼られたままである。


ふと横にある公衆電話を見ると、先程の先客は電話を終えて歩き出していた。


「本当に僅かなタイミングの違いだったな」


そう思いながら、何気なく視界に映ったその先客の顔はまぎれもなく、


“石上部長”その人であった。


頭が交錯する中、様々な違和感と不安な連想が頭を通り過ぎた。が……バスもまた彼の横をアクセルを吹かしながら走り去ろうとしていた。


どうする事も出来ない俺は、バスに当然のように連れ去られ、見つけ出した石上部長はやがて小さくなって……


消えた。





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