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本編二 目覚め 2


不覚にも自分のいたらなさの為に二日間も世話をかける事になった私は、何とも嫌な空気に晒されていた。


女は仏壇の部屋の扉を閉めながら、やはり奥の部屋へと手で即している。


「ひっ、ひくっ……ひっく…」


それにしてもまた喘息が悪いのか、頻繁にしゃっくりを繰り返し、それでも早く部屋へ入れとばかりにこちらに向かって頷く女。


やけに居心地の悪い雰囲気の下、私は導かれるままに部屋へと向きを変えた。






部屋へ入るなり女は扉をばたりと閉め、静かに座ったかと思うと強い口調で言った。


「申し訳ありませんが、今日はこの部屋から出ないようにお願いします」


まるで昨夜とは違う対応ではあるが、こちらも致し方がない。

言いかえす事も出来ずに頷くと、


「お食事はこちらにお持ち致しますから……」


そう答えてまたしゃっくりをした。


「体を気遣われるのなら、貴女の方がひどいのではないですか?」


その言葉に、何とも表現しがたい目で私を直視し、瞳を閉じながら首を横に振った。


その姿がまたしても妖艶に映り、胸がとくん……と鳴ったのがわかった。




たった一晩、世話になっただけだというのにどうしたというのだ……これが正直な思いだ。


年齢から考えても、こんな若い娘に一目惚れするような歳でもない。


我ながら自慢する事ではないが、様々な土地に足を運び、その日一晩限りの遊びはこなしてきたはずである。


それがどうだ。


胸を高鳴らせ、肌に触れたいとそんな事が頭から離れない。


いや、あのしなやかで艶のある黒髪。

せめてあの黒髪をそっと撫でてみたいような、そんな衝動にすら駆られる。






「あの……」


女の呼びかけに動揺した。


頭で考えていたよからぬ妄想が覗かれたような気になり思わず目を反らした。


「ど、どうかなされたのですか?」


「い、いえ……あの、お体は大丈夫なのかと……」


私の動揺に尚も不安気な表情で女は身を乗り出しこう言った。


「体調に何かあればすぐにおっしゃって下さいね。そしてこの部屋からは出ないと約束して下さい」


私はその勢いに私は首を縦に振るしかなかった。





部屋に一人残された私の頭には、何故か仕事や家族の事は存在しなかった。


あったのは女の魅力に惹かれる想いと、隙間から覗いたあの遺影写真から見下ろされた感覚であった。


それにしても頑なにこの部屋から出るなとは……まるで何かのおとぎ話の逆ではないか。


鶴の恩返し。


恩を返さなければいけないのは私の方である。その設定すら逆だ。


「山姥の次は鶴の恩返しか……、まったく何を考えているんだ俺は」


馬鹿げた一人毎は静かな部屋に意味なく広がって消えた。






一人部屋の中で居てもする事等何もなかった。


バスに乗り遅れたとて、時刻はまだまだ早いのだ。


「まるで幽閉のようだ……」


こんなにも時間を持て余す事等普段有り得ない私は、つい日頃有り得もしない事をあれこれと頭に巡らせるしかなかった。


幽閉等とは全くもって失礼極まりなく、恩を仇で返すような妄想である。


しかし気掛かりはやはり何故部屋から出てはならないのか?まるで私がここに居る事を隠すかのようである。




『知らん方がええ……』


昨日、葬儀会場で話した初老の男性の言葉を思いだした。


知らない方がいい事。

部屋からは出てはいけない事。

『憐れみ』と名乗るこの村。


これらは何か関係しているのではないか。そんな思考をぐるぐると巡らせたが無論推測は何の回答も導かなかった。


静かな部屋に赤い陽が差し込み、長く伸びた影が扉に佇んでいるのが見える。


その影には無論“目”な無い。


しかしやはりあの遺影達の目がそこにあるような錯覚に僅かな身震いを感じた。






「いい歳をして何を非現実的な事ばかり考えているのだ。」


自分で自分を鼻で笑いながらごろりと寝っ転がり、普段する暇もない妄想を楽しんだ。


「鶴の恩返しか……、逆だとは言っても女が鶴ではなく、私が鶴なら私がここで恩を返さなければならないな。


自分本位な考えを忘れ、改めて相手を思うとやはり親切な人に出会えてよかった」


そう思い、……また女の肌を想像しながらいつのまにか眠っていた。




ひくっ……





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