三章 夕食は酔いの一時
台所に隣接した居間。食卓といってもこたつ。そこには女の母親とおばあさんの二人が座っていた。
「どうぞお。遠慮せんと座りんさい」
おばあさんが笑顔で即したこたつに足を入れる。が、中は電気は点いていなかった。
特にめぼしい物のない部屋には、石油ストーブが置かれている。
その大きな石油ストーブも同じく火は灯っていない。
テレビは一昔前のブラウン管のチャンネルはダイヤル式。ローカルな見た事もない番組が静寂をごまかしていた。
「ここらは今ん時期になると夜は随分と冷えますでな、寒くはないやろうか」
母親はそう言って気を使ってくれるが、目を移して見た石油ストーブの残量メモリが、石油はまだ入れられていない事を教えてくれた。
「いえ、お気遣いなさらないで下さい。私は大丈夫ですから」
確かに日が落ちると冷える。おばあさんの口は小刻みに震えていたが、それが寒さのせいか歳のせいかはわからない。
が、震える口元から吐き出す息は僅かだが白かった。
察するに容易い。
この程度の冷えで贅沢に暖を取る習慣等ないのであろう。
備えて耐える田舎の古臭い居間。
石油ストーブは恐らくは夏場でもあの状態なのであろう。
「お待たせしましたねえ」
そこに女が台所から食事を運んできた。
古い家、古い居間、古い設備、古い食卓。
その上に並べられた女の運んだ夕飯は……それは豪華な食事であった。
「す、すごいご馳走ですね」
「山に囲まれた村ですが、近くに海もあるんですよお」
それにしたって豪華すぎる。
私が来た事で無理をさせたんではあるまいか……
「今日はたまたまいいネタが上がったって、ひくっ、さっき漁師のお宅からおすそ分けを頂いただけですに」
なる程、都会と田舎は考える観点も違えば、物に対しての価値観も違うのだろう。
「足下お寒くないですか?お母ちゃん、こたつ入れようよ」
「ああ、こりゃ私気が付かんで、電気も入れんとまあ、ひっ、これじゃくつろげやせんねえ、ひく」
母親が慌ててこたつに明かりを灯す。
崩した足下の掛け布団の隙間からは赤い光が漏れた。
それにしても何て気の回る女なんだろうか。こちらの不愉快を全て拭ってくれるかのような間のと取り方には感心してしまう。
「おお、おお、今日は豪華じゃな。頂こう、頂こう」
嬉しそうに笑ったおばあさんの口元からはもう白い息は消えていた。
「じゃあ頂きましょう。寒いで今日はお燗酒にしましたで」
ありがたい。私は勧められるままに猪口一杯の酒を一口で飲み干した。
程良く熱い酒が胃に行き渡り、私達はこたつを囲みながら、夕食に手を付けた。
その時、父親の存在がない事に気が付いた。
一時の贅沢な夕食を採りながらたわいもない談話を楽しんでいる所を割って質問するにはあまりにデリケートな気がした。
テレビには相変わらず都会では放送されていない番組が垂れ流しになっている。
「今日はお早めにお休みになって、明日はなるべく早く発って下さいねえ」
なるべく早くと言う事は、バスの時間が重要なのだ。しかし酔いの回った私は既に明日の予定等あまり頭にはなかった。
「バスは適当に出てるでしょう」
私がそう言うや否や、女は小さなメモ書きに午前中の時刻表が書かれたモノを手渡して来た。
「油断してるとまた置いてきぼりにあいますわよ」
酔いの中、益々女が妖艶に見えていた。
女は笑顔で気分の良くなった私を見ていた。
夕食を終えた私は酒と女の妖艶な雰囲気に酔い、知らぬ間にこたつの心地よさの中眠ってしまっていた。