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二章 その部屋、沈黙の刻


如何にも田舎の家といった感じ。

土地が広いせいか狭さはさほど感じなかった。


土間を抜けると板の間の廊下が部屋を分けていたが、母親はそそくさと玄関付近にあった台所へ身を寄せた。


女は廊下をきしませながら奥の部屋に私を案内してくれたが、途中襖の開いた部屋から香の匂いが鼻を突く。


特に気に留めた訳ではなかったが、襖の隙間から覗いた部屋には大きな仏壇に線香の煙が白いもやを作っていた。


仏壇の前には骨壺が置かれていた。







「こちら、お使い頂いて結構ですよ」


よそ見をしている間にどうやら一晩の寝床に着いたようである。


女はにっこりと笑って入室を即した。


扉の開いた部屋に足を踏み入れると、そこはまるで何もない10畳程の畳の間であった。


「お布団は押し入れに入ってますから……」


どうにも滑稽であるが、一先ずは礼を言い荷物を降ろす。


どこに荷物を置けばいいか迷う程に何もない部屋を見ると、実に違和感があるのだ。







「まだ時間が早いですわ。夕食もお風呂もいましばらくお待ち下さいね」


「い、いやそんな、お構いなく。それよりも少し話相手になって頂けませんか?」


私は感じる違和感と、見知らぬ村の見知らぬ家の何とも言えない寂しさを紛らわしたくてそう声をかけた。


閉じられなかったドアがやや落ち着きを脅かすが、密室になるのも居心地が良いとは言えない。


やはり私は意識しているのだと思った。


それ程までに目の前の女が愛くるしく見えて来るのである。







扉が開いているせいで、さき程通りがかった部屋からの香の匂いが僅かに入り込んでくる。


「どなたかお亡くなりに……?」


先に切り出したのは私だった。二人だけの沈黙は苦手だ。


一晩の関わりに深入りは禁物である。

聞きたくもない事。話たくもない事。そのいずれの場合も多々ある事位は心得ているつもりだったが、ついすぐに思い付く話題が口をついた。


「あ、ええ。祖父が半月程前に……」


「そうですか、残念な事でしたね」


所謂社交辞令である。骨蕾があるのだからまだ日が浅い事はわかるのだ。


しかし、そんな社交辞令に女は意外な返事を返した。






「残念……と言うのんも少し違います。辛かったろうとは思いますが……」


仕事柄、人の言葉と表情に敏感な方なのだ。わざわざこちらの言葉に対して否定で返す会話ではない。


残念。その言葉のニュアンスが正しくない事をわざわざ言い直すのは、単純に“残念ではない”と感じているのだ


そう私は解釈した。


辛い闘病が長かったのか、もう大往生の年齢であったのか……死を持って諦めのつく事情がそこにあるのか、死よりも辛い“生”があったのか。


或いは、……死に失望しない程嫌いであったのか。


いずれにしても、女は祖父の死を残念だとは思ってはいないのだ。






やはり立ち居って聞くべきではなかったのではあるが……


私はこの村におかしな興味を抱いていた。単なる名前だけの事ではない。


住む場所が違えば、文化や習慣は違う。それは田舎や小さな村であればある程、都会人の常識からは逸脱するものである。


国が違えばまるで同じ人間ではないような、そんな光景や日常を目の当たりにする事もある。


ただ、そう云う類の、

「へえ、知らなかったな」と感心したり驚いたりするような物とは別の何かを感じるのだ。






女は正座を少しも崩さずに、非常に穏やかな表情で沈黙すら包んでこちらを見ている。


何かこちらがあれやこれやと考えている推測や憶測まで見透かされていそうな、透き通って見える瞳だった。


朧気で根拠のないこの感覚を問いただすには私にはまだその勇気がなかった。


慌てて別の事を考えようとしたが、

(もう人妻なのだろうか……?)と思わず思ってしまい、見つめる目を見返す事が出来ず尚更バツが悪くなってしまった。






「夕飯出来ましたで、ご一緒しましょ」


母親が部屋の入り口から顔を出した。


あまり突然のタイミングに心臓が音を立てたが、これ以上の沈黙に耐える事も出来そうにない俺は少しホッとした。


女はスッと立ち上がり、


「どうぞお」


と一言声をかけて台所の方へと消えた。

またも満面の笑みを残して。






一人になり、やや落ちてもう一度部屋を見回して見た。やはり変に違和感がある。


恐らく、この部屋は普段は誰も使用していないのだ。


田舎の村の、生活感漂う古い家。その家の中にあって生活感がまるで感じられない綺麗な畳の間。僅かに畳の心地良い香りが残っている。


まるで度々来客が訪れる、その為に用意された貸部屋のような違和感である。


ふと大きな違和感の正体に気が付く。


部屋の中にトイレがあるではないか。

この如何にもトイレを思わす小さな扉が視界に違和感として映っていたのだ。







「おかしな家だ……一体どうなってるんだ?」


勿論古びた湿気臭い部屋で、例え一晩でもカビ臭い布団にくるまり朝を待つ事を思えば余程良い。


しかしあまりに出来過ぎた対応もどうなのだ。


古い昔話にある山姥伝説を連想したが、すぐに頭からそれを打ち消し、背筋の寒気を打ち消す為に居間へと向かった。


どうにもバスを降りてからと言うもの、おかしなカルチャーショックの連続のような気がした。


「あまり深入りせず、夕飯時にでも名前の由来だけを聞き出せれば良しとしよう」




途中、仏壇のある部屋の前を通ったが、扉は閉じられていた。





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