本編七 住人 2
葬儀が終わり、私と待雪、待雪の母ととっさんだけの静かで寂しい出棺を迎え、祖母を乗せた霊柩車は村の火葬場へ走り出した。
まるで村を取り囲む“壁”のようにひっそりと取り囲む様に佇むその山の中腹にある火葬場。
「何故火葬場へは行かないのですか?」
付き添いのない霊柩車の寂しげな後ろ姿を、さらに寂しげに見つめる待雪に私は焦がれる想いを抑えて尋ねた。
「この村では誰も火葬場へは行きません。先祖が眠る神聖な場所として無闇な出入りはしてはいけない。そう語られてきました」
先祖や村の言い伝えはともかくとして、行かない事はある意味で正解なのかも知れない。そう私は思った。
それ程に寂しくひっそりとした雰囲気の中、やけに長い煙突が重厚に見える。
この少数であの場所へ行ったとしても、ただ辛さが増して行くだけだろう。
「山の中腹……火葬場の周りに見える白く広がるモノは雪でしょうか?」
私は火葬場の方を指差して待雪に聞いた。指を指すまでもなく、彼女はその方角から目を離してはいない。
「あの雪は冬場は溶ける事はありません。でも春になって雪が溶けても、ここからだと同じ景色が見れますよ」
「同じ景色……ですか。春にもまた雪でも降るんですか?」
我ながらくだらない事を言ったと思った。冗談を受け入れる気持ちにはなれやしないだろうに。
「あの雪は春には“花”に姿を変えるのですよ」
待雪はまるで哀れなモノを見るような目をしてそう言った。
「花……ですか」
言い伝え等と云うモノは数えるときりがない程存在する。興味深い話ではあったが、松雪の目を見るとその先はどうでも良かった。
寂しげな目に言葉をなくしたのも理由の一つだが、何よりその佇まいに“欲したい”と云う気持ちが抑えられなくなるのだ。
(もう一度……、もう一度……)
心で呟く哀れな男に松雪は笑顔でこう言った。
「さあ、明日でうちを出て頂きますね」
待雪からの突然の申し出はあっさりと、そしてはっきりと告げられた。
遅かれ早かれ言い渡される事は当然としてわかっていた事である。
あの家に今後ずっと世話になり続ける事等ありはしないのだ。
かと言って、まだ何も病の事をわかりもしない内から村を無視して帰宅する訳にも行かない。
具体的な症状はわからないながらも、あの苦しさを体験もし、事実大勢の死に逝く者がいるのだ。
少しうなだれながらも
「わかりました」と答えるより術のない私に、
「後の事は村長に……」と決して冷酷にではなく、かと言って優しげでもない表情でそう言った。
「待雪……、ばあさまもやっとご先祖のトコに行けたな」
その時、とっさんが待雪に声を掛けた。
その言葉に彼女は些かするどい目で見返し、寂しげなようでいて強い口調で
「とっさん……」と呟いた。
その表情、その声、その全てが愛おしく感じるのだ。
私は場の雰囲気を利用し、待雪の肩に優しく手を添えた。
あの夜、抱き合いながら何度も顔をうずめたその肩に……
私の気持ちは理解して貰えているはずである。
しかし彼女は躊躇なく二歩程山に向かって歩みながら私の手を払い、そっと目を閉じた。
こうも態度が一転するものか……と云う思いと、もしやあの夜はまやかしか夢かと疑う気持ちが格闘する。
待雪が再度顔を上げ山を見上げた時、紅をひかない紫色の唇を僅かに開き、小さく息を吸い込んだ。
視線の先にある火葬場。
その重厚で長い煙突からは、黒い煙が細く揺らめいていた。