本編七 住人
本編 七『住人』
待雪の実家を出る事になったのは、彼女の祖母の葬儀に参列した翌日であった。
示し合わせたように、村の隅にある仮設住宅が村長からあてがわれた。
初めてこの村を訪れた時、一番始めに言葉を交わした“とっさん”が村長だったと知ったのは、契約書にサインをした時だ。
契約書と言っても簡易な書面で、単なる署名程度の効力しかない事は明白であった。
この村の死者が絶えない理由は、待雪の祖母の最後の夜、通夜の準備をしている最中に彼女から教わった。
とは言っても、その前から村に蔓延する伝染病がその理由である事はおのずと理解出来ていた。
伝染病、空気感染、多数の死者。
これだけの理由があれば、この村から離れ、自宅へ戻る事が不可能である事は致し方なかった。
しかし伝染患者が集まるこの村が、何故治療に精を出さないのか、その理由には口を閉ざした。
ただ一言、
「村の事と病の事は口外してはいけません」
と、あの日の夜、待雪は私の胸の中で言った。
何も律儀にその言い付けを守る必要は感じなかった。
伝染病と言うのなら、この村の住人は広範囲での隔離状態にあるのだ。
ただ……、
仕事に追われ、人の腹を探り、人の心の痛みのわからない都会の生活や、冷え切っていながらも体裁を守る為に形を維持する家庭に疲れていたのも事実であった。
何よりこの村は……居心地が良いのだ。
バスに乗り遅れ、再び世話になる事になったあの日の夜。
急に発病したと告げられた後の待雪を夢想する、打算的な考えも村に居座る理由の一つかも知れない。
それ程までに、彼女の女の色香は妖艶で素晴らしく、激しく、そしていやらしかった。
あの清純でいて愛らしく、世話焼きで気が利く女の変貌は、会った時からずっと隠されていた女の持つ“性”のそれをさらけ出し、私を溺れさせたのだ。
あの時、黒電話を回し自宅へ連絡を入れた後、部屋に戻るなり私に媚びるようにしがみ付き、手慣れた手つきで私の衣服を剥ぎ取った待雪はまるで別人だった。
突き出した舌に私は無心で吸い付き、絡め取った唾液と共に私の舌は待雪の唇の中に誘われた。
まるでそれは女性器の中に挿入したかのような快感を思わせた。
上唇と舌、上顎と下唇、時折甘噛みしながら彼女の唾液が私の舌に浸透しながら、まるで溶かされるような心境だった。
一瞬遠のいた意識を目覚めさせたのは、彼女の手が私自身を包んだ刺激であった。
すでに全裸にされ、露わになっていた私自身を両の手の平で絞るように包み込み、彼女の手の中で天に向かってその先端を掲げた。
気付くと待雪いつの間にやら透明に近い肌を晒して、長い黒髪の隙間から桃色の胸の先端をこちらに向けていた。
無心だった。
私は無心で待雪の身体を求めていた。
ただ若い女に翻弄されていた訳ではない。
女が美しく欲情し乱れる様を、はたと間近で垣間見たのだ。
世の男性であれば我を忘れてしかるべきだと、振り返って思い出してもそう思う。
後悔や後ろめたさ等まるでない。
寧ろまたあの、“女の中”で守られているような心地良い快感をすぐにでも欲しい。
これが性欲なのだろうか?と疑いたくなるような、中毒や依存の類のような欲求。
しかし燃えるように乱れ絡まり、互いの唾液すら交換しあったあの夜の淫乱極まりない女は、次の夜にはその気配すら感じさせなかった。
私の腕の中で自ら腰を八の字にくねらせ、摩擦を求めたあの下半身。
離れている方が少ない程に舐め合った唇と絡まる舌。
その腰も唇も、卑猥の欠片も見せず、あわよくばと誘う私を凛と制し、もとの清楚な様相でこう言った。
「お体はあれ以来お加減いかがですか?」
あまりのギャップと底知れないショックを受けたが、まるで昨日の出来事自体が夢であったのかと錯覚する自分もそこには居たのだ。
それ程までに夢心地であり、それ程までに整然としたギャップがそこにはあった。
「もうしばらく、ひくっ……様子を見てから村長に報告しますわ……ひっひっ」
待雪の苦しそうな表情を見ていると、自分も同じ病にかかったと言う事すら夢ではないか……と疑ってしまう。
あの苦しさはなくなっていた。
そんな中、待雪の祖母が逝ったのは、その翌日であった。
私がここに来て四日目。突然の死に妙なリアルを感じた。