本編六 興味 3
一つ目のバス停から一体どれだけの距離を走ったろうか?
時間にして小一時間。数えたバス停は五つ。
迷う事なく一本の道をひた走りながら、人の待たない空のバス停を辿って、辿って……、
俺は長い時間をかけて見知らぬ駅の前に到着していた。
途中、どの停留所も工場や学校と云った、“個”の目的の為に設置された物ばかりで、人の集う集落は一つもなかった。
村に辿り付けないのなら、バス停を見つけた意味もまるでない。
何しろ走ればこの駅まで来るのだから。
見落としたのか……あるいは路線を間違えたのか……
また前の駅にまで戻ってやり直しをする気力はもうなかった。
また、このままこの駅よりも更に先に進む気力もなくなっていた。
駅の入り口は田舎の駅らしく堂々と開いているが、人の気配は勿論ない。
凍結と疲労、時間と地図。
様々な言い訳を頭の中に用意して、朝まで駅前で仮眠を取ることにした。
目覚めた俺を待っていたのは、更なる困惑であった。
電車の動き出す音と高らかに鳴る汽笛の音で、目が覚めた時にはすでに始発はおろか朝日が眩しく登っていた。
「まいったな……、寝過ごしていては深夜に出発した意味がなくなっちまう」
気負った時程、照らし合わせた様に足を取られ、結局は帳尻が合うように世の中は出来ている。
そんな意味のわからない法則が満ち満ちているのだ。
致し方なくノソノソと車から這い出し、駅員に近隣の道を聞く事にした。
あわよくば“村”までの道のりが聞ける事を期待して……
「あんた……、あの山を超えて来なさったんかい?!」
不自然な驚き方をする駅員に、敢えて俺は笑顔で答えた。
「はい。何かおかしいですか?」
訝しげな表情はあからさまだったが、大した驚きはなかった。
寧ろ、
「またか……」と云う思いが先立って驚く気にならないのだ。
「まっすぐ此処まですぐに来れなさったんかい?」
「途中で運良く凍結に気が付きまして、ノロノロとかなり時間がかかりましたがね。何とかバス停を目印に辿って来ました」
やはりこの近隣の住人の話す事と言ったら何かがおかしいのだ。しかし俺はやはり敢えて淡々と答えるようにしていた。
「ほおん。凍結……。ほおん。バス停をなあ……。バス停を目印つっても、道は一本しか見えなかっただろうな」
言われなくてもわかっている。
真っ直ぐ走れば単純に此処まで来るに決まっているのだ。
駅員の訳知り口調はさておき、俺は小さく溜め息をついた。
「で……、どちらに行きなさるんか?ともあれこの駅まで車で来なさる方はまあめったとおらんのでなあ」
俺は一拍間を開けて、試すような口振りでゆっくりと答えた。
「あ、憐れみ……憐れみ村はこの近くだと思うのですが……」
すると駅員は
「ほほほっ」と声を細めて笑った。
「ここへ来る途中に見つけられなんだんじゃろ?」
これだ。
駅員はやはり憐れみ村を知っている。知っていて何かを含んで話しているのだ。
その話振りが気に入らない。
「ここまで一本道だと今言われなかったですか?」
「ああ、言った。一本しか見えなかったじゃろと言った」
溜め息の原因は……、
先日の村の人間も含めてどうもはっきりしない。
はっきりせずに雰囲気だけで違和感を表す事への面倒臭さだ。
苛々とする。
言葉とは不可思議なものである。
「一本しか見えなかっただろう?」と聞かれると、事実そうだっただけに素直に
「はい」と答えてしまう。
文字を扱う仕事をしていてもそれだ。
“一本しか”ではなく、“見えなかった”が重きだと気付くのには些か相手の言葉に頼らなければならない。
「まさか、見えなかった……と言うのは一本しかなかったのではなく、“自分には”見えなかった……と言う意味じゃないでしょうね?」
駅員はやはり
「ほほほっ」と笑い、
「見えんのは当たり前なもんでなあ」
そう言った時、次の電車に話は遮られた。