本編五 待雪 2
「おう、小春!どないな気分だあ?」
「とっさんっ!ずっと小春ゆうてくれよるん?」
私の二十歳の誕生日。
家に様子伺いに来たとっさんの笑顔は、少なからず私の憂鬱を取り除いてくれた。
「そりゃあ無理じゃわ。今はつい癖が出てもうただけさな。すまんねえ、すまんねえ」
「嫌……。とっさんだけでもいいで、ずっと小春言うて……。でないと私……」
まだ村長になる前のとっさんは困った顔でこう答えた。
「わかっとろ、ひっ……小春?わしは明日から…ひく……村長にならんといけん」
そう、わかっていた。
私の二十歳の誕生日、それは今の村長の命日になる事だと皆わかっていた。
殺すのは私。
先祖から伝わる家系と云う物がある。
二十歳の私をこれから縛り付ける忌まわしい家系。
とっさんもまた、定められた血筋に捕らわれる悲しい運命を背負った一人だった。
それはこれからとっさんを縛り付け、挙げ句いつの日か命を差し出さなければならないサダメ。
それを思うとこの村が……
いや、この村の先祖が憎くてしかたがなかった。
「ひっく……ひい、ひいっ……お、おい小春……いらん事を考えんでいい。今日だけはわしは小春と呼ぶで……な?」
「ほんとう……、とっさん?」
「今日だけやぞ?皆には言うな」
このやり取りの数時間後……私は村長から襲名を受け、その村長を殺した。
私はその時から“待雪”になり、自分の名前を心にしまい込んだ。
死んだ村長はとっさんの父親だ。
私は“待雪”と名乗るようになってから、一体何人の男性と体を重ね淫猥な姿を晒して来たろうか?
辛くて辛くて指折り数えたのは僅か七名まで。
その七人目の男性に心を奪われ、彼は私や村を恐れてこの村から姿を消した。
発症してから村を出る事の意味を知らないその男が今も尚生きているとは思わない。
そして私は八人目から後は……、
数える事すら止めた。
とっさんは自分の父親が私に殺され、自分が村長になってからは昔のとっさんではなくなった。
それは待雪としての私を理解していると同時に、村の長と云う役割を果たす為だ。
とっさんは知っている。
二十歳を過ぎた私の、重ねる夜の行為を……
まるで人が変わったかのように乱れ、人間の持つ知性を忘れ、ただ性欲の限りを尽くし、濡らし、ほうばる私の行為。
それはとっさんだけでなく、村の誰もが知っている。
母親でさえも……
祖母でさえも……
私の雌を村に差し出す行為。
憑かれし村の先祖から守られた、それが家系である事を知っている。
優しかった父は、私が待雪と名乗るようになってからは口も聞かなくなった。
理由を知っている私はそんな父が好きだった。
その父を死に至らしめたのも私だ……
私はこの村が大嫌いだ。