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本編五 待雪





本編 五 『待雪』









「悲しむ事はないんじゃから……やっと逝けるんやでえ。あんたの事が心配なんは心残りじゃで……の、待雪……」



死の間際、全てを悟る者の言葉だった。


今月に入ってもう六人目の葬儀がいつも通り静かに行われた。


冷たい風は肌にまとわりつき、ほんの一瞬温められた後またすぐにもとの温度に戻る。


白い息が示す、気温が急激に下がるこの季節。

温度変化は体力を奪い、高齢者の命すら危険に晒す。


でもそれは一般的なお話……


この村での葬儀の数は季節によって変動しない。





口に、言葉に出して語る時、私達は皆この原因を“病”と名乗る。


伝染し、発症するのだからそう言って間違いではない。



自ら“隔離”の道を選んだ先祖達を敬い、今も尚その教えを守り続ける村の住人達。


その村人達は皆心優しいく穏やかだ。


閉ざされた空間で生を全うする為には、選択の余地がない事が多すぎる。



昨晩、私の祖母が逝った。






数日前に訪れた客人と共に、夕食を美味しそうな顔をして食べていた事が思い出される。


久しく呑んでいなかった酒を熱く澗につけて、白い息を吐きながらも冷えた体が温まると言っていた。


祖母は私の良き理解者の一人だった。


祖母の葬儀には、私と母の他にはその時の客人であった石上と云う男と村長(むらおさ)だけが参列した。


「待雪……、ばあさまもやっとご先祖のトコに行けたな」


村長はまるで

「良かった」と言わんばかりの顔で私にそう言った。


「とっさん……」


言葉に詰まる私を見て石上は肩に手を添えた。





村を閉鎖し、毎月のように数多くの死者を出すこの村は、長い年月を費やしながらそれでも人口をある程度保っている。


石上はまだ何もわかってはいない。


彼のような者達が、新たな住人となって村の存続は守られている。


私は石上の手をさり気なく交わし、祖母への最後の別れを告げた。



明日からは祖母は先祖になってしまうのだから……







村全体から見える山の中腹にある火葬場は、冬場は溶けない白い雪に覆われている。


あの雪が溶け出す頃、雪の間からひっそりと顔を出すスノードロップ。

あの白く透き通る花を見るとまた一つ歳をとる。


私が三十路を迎える前に、後少しするとあの細く黒い煙突から、祖母の煙がまた村を覆う。




私はこの村が大嫌いだ。





石上は祖母の葬儀の翌日、あきらめたように家を出て行った。


と言っても本来の自宅へ帰宅した訳ではない。


村には幾つかの仮設住宅がある。


簡易な造りではあるが、十分生活出来るその施設は仮宿として使用する為にあるのではない。


住居としての役割を担い、新しい住人は大抵そこを始めの生活の場所とする。


石上があきらめたのは、その住居への入居に際しての選択の余地。


もう村を離れる事が出来ない覚悟と、私への慕情と未練の遮断だ……






石上が二日間で発症した“病”は、この村に住む成人は皆患っている。


例外はない。


厳密に言うと、成人したと同時に発症する為、それまでは未成年とは言え潜伏した状態で体に宿しながら生活している。


村で生まれ育った者は、村を離れる事は出来ない。


治療する事が不可能な為……と言うのが理由の一つだ。


もう一つ理由があるが、それは離れたくとも離れないでいる方が“無難”で“安全”である事を知っているから……


勿論一番そう感じているのは私だ。





皆は私の事を“待雪─まつゆき”とそう呼んでいる。


私自身も今はそう名乗っている。


私が待雪と呼ばれるようになったのは、二十歳の誕生日……、発症したその日からだった。


遠の昔にしまい込んだ名前……


二十歳になったあの日まで、私の名前は“小春”だった。





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