陰陽の出会い
私は常に闇に囲まれて生きてきた。
生まれた時はまだ、まともだった。父母と娘の私、ユエの三人で暮らしていた。しかしあるとき――あれは六年経ったときだっただろうか――突然知らない者が私の前に現れ、そしてこの場所に連れてこられた。
その時から私はこの闇といっしょだ。何も聞こえず、何も見えない、一切の視覚や聴覚を使わずに過ごしてきた。新たな刺激が無いその生活はとても退屈で、脱出をしようとしてみたこともある。しかし走れど走れど光は見えず、私が諦めるのが先だった。
おまけこの闇は私の姿を見えなくし、その存在ごと世界から消してしまっているのだろうか。私を訪れる者は誰もいなかった。
しかし、あるとき突然希望が降り立った。
その日、見えないはずのこのベールの内側から一人の男性が見えた。一瞬目を疑ったが、彼は確かにそこにいた。この濃い霧の中でも彼の存在がわかったのは、彼がどうしてか光り輝いていたからだ。その光は、この闇の中でもわかるように、と彼が私のために照らしているように見えた。
もっと彼に近づいてみたい。彼と話してみたい。彼と一緒にいたい……。そんな理想から私は走り出した。
ただし彼と出会うこと簡単ではなかった。なぜなら彼もまた、走っていたからだ。
それでも私は彼を追い続けた。追いかけても追いかけても距離は同じままで一行に追いつく気配はない。それでも私は追い続けた。それが私の望みであり、孤独から抜け出せる方法だった。
何日も続いたそんな追いかけっこは唐突に終わりを告げた。視線の先の彼が突然後ろを振り返ったのだ。目が合う。一瞬お互いの時間が止まった。そしてつぎに動いた時には彼はなんと、回れ右して私のほうに向かって走ってきた。
「素敵な女性だと思い、お会いしてくて追いかけていました。しかし、まさかすぐ後ろにおられるとは」
頬が熱くなるのを感じた。胸の奥から今まで経験したことのない、言い表せない思いがこみ上げてくる。この初めて味わう感情の正体を私はうまく説明できなかった。
「僕はゾーン。貴方は?」
「私はユエ。私も……私もあなたのことを追いかけていました……」
これが私たちの出会いだった。
こうして私たちは走るのを止めた。当然と言えば当然のことだ。お互いがお互いを求めて走っていたのだから。こうして出会えれば走る必要もない。聞けばゾーンも私と同じくある日、突然光の中に閉じ込められ、誰にも関われず一人で暮らしてきたそうだ。その孤独はよくわかったし、だからこそ彼の苦しみもよく理解できた。
光と闇の境目――が均等に混ざり合った場所で暮らした。どっちつかずの曖昧な、しかしだからこそ落ち着くことが出来る。この二人のための、二人だけの場所で私たちはずっと暮らしていた。
しかし、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。
他の者たち――人間や神と呼ばれる存在――が私たちを非難し始めたのだ。走るのをやめたせいで、世界の均衡が崩れた、朝も夜も来ない地獄になった、と。
毎日のように以前に離れろ、離れろ、という声がどこかしこから響く。それでも受け入れずにいると、最後は神々が私たちに向けて戦いを挑んだ。従わなければ、殺すということだ。だから従え、つまり一人に戻れということなのだろう。
それについて私たちはとうとう一つの決断を下した。
「覚悟はいい?」
その優しい声とは裏腹に、彼の右手にはが刺々しい大きな剣が握られている。かくいう私の左手にも長い槍が収まっている。
私たちは戦うことを決めた。二人が自由でいるにはそれしか道が無かった。他の神々に戦っても正直私たちが勝てる可能性は低い。しかしそれでも私たちは戦うことを決めた。あの、たった一人の生活に戻るのは嫌なのだ。
「ええ、行きましょう」
最後に別れの口付けをし、私たちは戦場へと駆け出した。