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箱庭の人形姫  作者: 紅猫
1/1

私は、ケッカンヒン

「姫様、お時間です」


 垂れで顔を隠した女性が声をかけてくる。

 金の糸で刺繍を施された厚手の白い絹が使われた垂れは口元以外の素顔を全く晒さない。刺繍はこの建物の印章なのだそうだ。

 衣装にも厚手の絹がふんだんに使われていて、裾広がりの白い服は床のすれすれまで裾があり、首と手先以外全く肌を露わにしない。ニョカンの服であるらしい。

 この建物で暮らす女性は全てこの身なりをしている。男性も男性で、顔を隠さない以外はほぼ同じ服装だ。

 それらに対して、私の衣はとても薄い。体中を所狭しと占拠する金色の紋様が視認できる様に。透ける程に薄い白い絹を羽織るだけ。顔にも紋様は伸びているので垂れで隠したりはしない。

 ゆっくりとそれまで座っていた椅子から立ち上がる。

 ニョカンが開けたまま控えている扉から、廊下へ出ると磨き上げられ不規則な波模様が浮かぶ白石造りの床が続く回廊だ。

 石柱が整然と並び、中庭に注ぐ光を適度に遮っている。

 私はいつも廊下へ一歩出たところで立ち止まり、我が身を見下ろす。

 薄い衣を纏っただけの体。肌は白い。五体は満足にある。

 指も五本ずつあって、細く長くささくれひとつ無い。多分、自ら意識して持ったことがあるのは銀食器くらいだろう。

 視線を肢体に移すと、大分前に僅かに膨らんだ胸がある。脂肪が集まっているのが視える。その内には檻の様に臓腑を守る骨があって、さらにその内に、心の臓、肺、下っていくと骨に守られぬ臓腑が様々、一つずつ眺めていく。私自身が生きることに必要な臓腑が詰め込まれた体。私自身が生きることに必要な臓器しか、私の体には無い。生産性が無いのだ。

 男の股間にある種蒔く突起も、女の腹の中にある子を宿す場所も無い。生まれつきだ。自分で視て理解したのは、いつだっただろう。人の体を理解して、他者の体と自らの体を比べた。大分小さい頃だったような気がする。もう、ほとんど覚えていないけれど。

 故に私は人としてケッカンヒンなのだそう。人ではない、けれども人の形をしている、人形なのだそうだ。人形だから、誰に何を、体の何処を見られても問題無い、らしい。よくわからない。


「姫様、そろそろ……」


 再度かけられた女性の声で、考え込んでしまった頭を引き戻す。

 私には毎日必ずせねばならないことがあった。その場所に向けて歩き出す。一本道だから迷うとこはない。

 この建物の内に人でない物が存在することを許される代わりに、私が返さねばならないこと。


 五千人の病を治し、五千人の怪我を癒す。

 計、一万人。

 毎日、それだけの人が来るのである。溢れて翌日再度来る人もいるらしい。

 人たちはこの行いをキセキと呼ぶが、意味はわからない。


 そんなことを毎日続けてどれだけ経ったか知らないが、それでも入れ替わり立ち替わり、毎日色んな人が来る。

 肌の色や髪の色が違うだけならまだ認識できるが、下半身が獣のもの、頭が獣のもの、腕が獣のもの、その他体の何処かに獣の特徴を持つものも来る。それが病なのかとも思ったが、視れば特にそれは病ではなかったので、あれはあの姿のままで、人なのだろう。

 本当に色んな人達がこの建物に来る。けれどその人達は全て、病が巣食う人か怪我を負う人、そのどちらかだ。

 病は、ただ体力が落ちたせいからくる調子の悪さから咳やら熱やら出したものから、体の中に出来た肉塊から自ら腐っていくような死に通ずるものまで、様々。

 怪我も、ついさっき出来た様な真新しいものから、何年も前に出来て放置され腐り落ちそうなものまで、様々。

 その全てを、治し、癒さねばならない。

 しかし、私には苦ではない。例え幾万人来たとて、全く苦ではないのだ。


 私はただ、視るだけだから。


 実際に治癒しているのは、私ではない。

 実際に治癒出来る力を持つものは今その全てが広間にいる。私の肩にいるものの一族のものたちだ。

 私以外には誰にも見えない、人の姿をしている小さきもの。私の肩にいる小さきものは私の手のひらと同じくらいの大きさで、背には四対八枚の柔らかく発光する薄羽があり、羽撃く度に消えゆく光の粉を散らす。男性、と言うよりは男の子と言った方がいいかもしれない、幼さを感じる姿。

 治癒を求めて来た人の集まる広間に着けばさらに数え切れぬほどの似た小さきものたちが飛び回る。誰にも見えぬ光の粉が私の視界だけを明るくする。本来なら薄暗いのだろう広間の最上段にある見てくれだけの座り心地のあまり良くない椅子に座ると、広間に集まっていた人が前の方から波紋が広がるように順に頭を垂れていく。同時に小さきものたちもその場で滞空し、私の肩に乗る小さきものに対して頭を垂れる。

 私の肩に乗る小さきものと再度視線を合わせた後、平伏する人へ視線を移す。今は病の人が集まる刻。

 さぁ、全てを見透そう。

 私の前では、衣に意味など無い。

 五千人、一度に全てを見透すには、私も少し力まねばならない。体を巡る力を目に集める。その力が何なのかはわからないが、それを集めると視界が広がり、広間の最後列にいる人がまるで目の前にいるかのように見ることが出来るのだから、便利だ。弊害として、体中の金色の紋様が光り出すが。それを見て人たちがありがたがるのだから、まぁ、悪い気はしない。

 この力は、小さきもの曰く、《透視》と《遠見》と言う二つの神からの贈り物を併用しているらしい。


わたしの愛し子……遠くの視界が揺らいでいるよ』


 肩に乗る小さきものは、見えるものが私だけであると同時に、私とだけ言葉を交わせた。

 その言葉の通り、遠くの方が若干揺らいでいる。その辺りを飛ぶ小さきものたちが何かを訴えるようにくるくると飛び回っているのが見えた。


『さぁ、もう一度、わたしに見せておくれ』


 言われるまま、もう一度力を集めて遠くまで見透す。同時に、肩に乗る小さきものの光が温かみを帯びる。この小さきものは《走査》と《共有》と言う二つの神からの贈り物を持っている。広間にいる小さきものは、その全てが《治癒》と言う神からの贈り物を持つという。

 私が《遠見》し《透視》した視界を《共有》し《走査》して広間にいる全ての小さきものたちに《共有》する。その視界をもとに、広間にいる全ての小さきものたちが、人たちの《治癒》に入る。これが、このキセキの流れ。肩に乗る小さきものと広間の小さきものたちがいなければ成し得ないこと。だが、人たちには見えていないために、私一人が起こしていると思われている。


『終わったよ』


 金の紋様が光る私の頬を、小さな手が撫でる。同時に聞こえた声で、目に集めていた力を霧散させると、紋様から光が引いていく。今日は、調子が良くなかった。


『これは、お仕置きかな?』


 幼い感じの姿とは裏腹に、老成したゆったりした語り口が、私が一番嫌いな言葉を紡ぐ。痛いのは、嫌だ。


『ふふ……なんてね。大丈夫、いつもと変わらない時で終わったからね』


 シンカンサマのお仕置きは、痛いから嫌い。少しでも治癒の時間が延びると、その日の夜に私の部屋に来て、私を鞭で打つのだ。どんな理由があったとしても、私の言い訳も何も聞かずに。

 痕にはならない。良くも悪くも、小さきものたちが集まってきて治してしまう。役に立って嬉しいと言わんばかりに本当に嬉しそうな顔で治していくものだから、もうどうしようもない。鞭打つそばからその傷が消えるのだから、何度打っても懲りていないようにしかシンカンサマには見えないのだと言う。肩に乗る小さきもの曰く、悪循環、と言うらしい。

 そのお仕置きが今のところは免れそうなのだ。私はそっと息を吐き出して広間を後にする。午前の病の人たちが今終わった。私はついさっき来た道を戻る。午後の怪我の人たちへの治癒までの、束の間の安らぎを求めて。

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