ぞっとしない話
あるところに大層きれい好きな男がいた。
男のおかげで仕事場はもちろん台所、窓のサッシまで埃が積もることはなかった。
男は来る日も来る日も汚れと戦っていた。
男は手を洗った。入念に。菌が一つもつかないように。
人とふれあうのも遠慮した。
別に苦労はなかった。
ある時までは、ただの潔癖症だといって通用した。
ある時までは。
だんだん、男は身の回りが気になってきた。
他人がなんだかおぞましく感じる程度になって、男は外に出るのをやめた。
男はわかっていた。
外の世界には耐え難いものがどうしても入ってきて。世界に蔓延するそれを排除することはきっとできなくて。
だが、家の中なら。そこを美しく保つのは自らだけでも十分可能だと。
そうして外へ出ることも叶わなくなっていった。
時代が時代だったので、別に苦労はなかった。
あったのかもしれないが、美しい空間を保つためならそんなことは些細だったにちがいない。
ある時までは、ただの潔癖症こじらせたのだといって通用した。
ある時までは。
ある時がやってきた。
男はそれに気がついてしまったのだ。
そう。自らが、自らこそが、この空間で最も汚いものだと。
汚れのない空間で生きるには、自らが存在しなければいいのだと。
たいそうな嫌悪感で、それこそいままで相対してきたありとあらゆる汚物よりもよっぽど汚いものがわかって。
わかってしまった男は―――。
そんな男の末路なんて、わかりきっているだろう?
死因は、発展しすぎた科学をもってすらよくわかっていないようだよ。
餓死だったのか病死だったのか。薬の飲み過ぎか狂死か薬物誤飲か失血死か、てんでに。
あるいは全部だったのかも知れないね。
―――まあただ、男は本懐を果たしたようだよ。
男の亡骸は、発見された時、死臭はおろか埃ひとつ被らず、この上なく美しい姿で横たわっていたそうだから。
降って来て10分でガッと書いたものなので。
後で下げるかもしれないです。