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青き空間少女の咆哮  作者: 十七夜桜
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2『見えたのは赤くて黒い心』

少女はとある村の中を悠々と歩いていた。

そのなか、ヒソヒソと漏れるのはくだらない井戸端会議を開いている年を召した女達。周りでは小さな子供が走り回ってはしゃいでいる。

少女の聴力というものは、常人とは少し違うようだ。表情も変えることなく、己の噂話を聞き入れている。

「まあ…またあの子が通るわ。あぁ嫌だ嫌だ。」

「またあの子のせいで突風が来たらしいわ。それに魔女だってうわさも…。」

「奥さん!それは禁句ですよ。呪われてしまうわ。」

「気味が悪いわねえ。子供の身体に影響が出ますわよ。」

「最近は森の様子がおかしいのよ。きっとあいつのせいね。」

「ああ恐ろしい。ここを歩いて欲しくないわよね。」

口々にそう言っている様子。

そのような言葉が一番子供に影響を与えるようなものだ。少女はそう考えたに違いない。またもや大きなため息をつくと、あきれた様子で歩みを進めていく。

つい先日に民家の屋根から飛び降りて無傷だったのを見られてしまったか。少々の後悔とともに反省するのは日常茶飯事のようだ。

と、少女は何かにぶつかった。どうやら考え事をしていて注意力が散漫になっていたのだ。おまけにぶつかったものは…とても小さな命。少女が見下ろせば、鼻水を垂らした男の子。

こういうのとは関わらない方がいい。

判断した少女は気にもせずに、また歩き出す。

しかし、少女をそう簡単には逃がしてはくれなさそうだ。小さな男の子と、彼女がぶつかった時にできてしまった村の沈黙をやぶったのは…


パァン!


乾いた音だった。

いきなり頬を叩かれたにも関わらず、少女は驚きもせずに立ち尽くす。じんと右頬に感じた<生きている証>はしっかりと感じている。

あまりにも不意のことで避けられなかった様子で、少し状況を把握するのに時間を要したようだ。

「私の子供に何をするの!?魔女!悪魔!消え去れ!」

ああ…この子の<親>というものだ。

青い髪をふわりと靡かせ、少女は歩き出す。

言い返しもせず、やり返しもせず、ただ面倒くさいだけだったのだろうか。

ふり返りもしない少女の後ろでは、男の子を抱きかかえた女がこちらをギロリと睨んでいる。

男の子はただただ指をしゃぶり、彼女を見つめていた。この幼い人間はまだ少女がどの様なものなのかも知らない。おそらく、己の周りで響く罵倒も…それがたった一人の少女に向けられていることさえもまだ知らない。

「あいつ、通るぞ。」

「おい!魔女め!はやくこの場から立ち去れ!」

「消えろ!災厄を呼ぶ魔法使い!村を穢すな!」

美しい顔を歪ませることなくもくもくと歩く少女。

この村で、少女は魔女になった。歩みを緩めることも速めることもせずに冷静にその場を立ち去ったのだった。






路地はとても暗い。

太陽の光は心もとないほど届くことは無く、その建物の間の隙間というものはひんやりとしている。

しかし彼女は大きな目をランランとさせて、あたりを見回した。

石畳は完全に冷たくなっている。溝鼠が這いつくばり、小蝿たちが飛び交っているなか裸足で冷えた地面の上を歩く。

迷うことなく腐敗して少しべたついた木の扉の取手を引いた…。

「?」

少女は困惑した。

がっ、と何かが引っかかって開かない様子だ。バリバリと木が裂ける音が鳴る。

少女は眉をひそめながら、さらに目を凝らすと…

足元に生臭いにおいが漂うごみがたくさん積まれていた。

どおりで開かない訳だ、とため息をつく。

村人は嫌がらせに少女の住処の前にゴミを捨てていくので、家の扉が埋まってしまうのはよくあることのようだった。

少女は臆することなく、慣れた手つきでゴミを放っていった。たとえ自分の唯一の住処の前がゴミ捨て場になろうとも、もうどうでも良いかのようす。しかし、やっと手に入れた住処の前に早々と現れたゴミの山にはほとほと呆れていた。少女は残りのそれを乱雑に足で蹴って避ける。

ギイイイという木の軋む音と共に、少女は自分の部屋に一歩踏み入れる。

…とまたもや少女の足に何かが突っかかった。

「………。」家の中にまでごみが散乱していたのだ。





やっとのことで、かび臭いベッドに腰掛けることが出来たようだ。

少女の、はぁとまたもや盛大なため息。

この部屋に広さというものは無かった。部屋の面積の半分ほどをベッドにとられている感じだ。さらに説明すれば…閉所恐怖症の人間が閉じ込められて、昏倒するくらいだろう。


ぼうっとしていたのもつかの間、突然少女は苦しみだした。何の予兆もなく、現れた症状。

静かな場所でただ一人苦しむ少女。

視界が揺れ、ベッドから崩れ落ちるように落ちる。埃だらけの床に這いつくばり喘ぐ姿の何と哀れなことか。青い髪は一本の太い川のように散らばることなく床に着いているが、埃や蜘蛛の巣などが絡みついてしまっていた。

その細い腕で床に手を着き、何とか起き上がろうとするものの相次ぐ咳にまた崩れる。肺のそこから湧き上がる苦痛に小さなうめきを上げながら、その身体を震わせていた。

やがて何度も何度も咳を繰り返しているうちに少女の口から吐き出されたものは、どす黒い血。あきらかに身体の何処かがおかしい様な色をしたそれを、少女は手の平で受け止めた。残りの血を懸命に吐き出し続け終わった後の、音すらない寂しげな沈黙。

少量ではあるものの、手の平にはべっとりと彼女の血が付いていた。

それを見つめて少女は何を考えているのだろう。表情は何一つ変わっていないように見える。

しかしその瞳には少々の儚さが感じられた。


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