吹き出し花火
朝と言えば一日のスタートでとても明るい印象だろう。
だが、私の心は暗い。あの出来事が再燃しそうだからだ。
昨日の事だった。
ある日、友達が私の住んでいるマンションの一角を訪ねてきた。
「一緒に海に行かないか?」
彼はきれいな笑みを浮かべ、そう言った。
「どこの海?」
私はそう言った。
「んーとね〜。弥彦。」
ちなみにここは御殿場線の岩波だ。自主防災倉庫の後ろにマンションがある。
弥彦って、新潟県?しかもまだ六時だよ?
「まだ六時じゃん。」
私はほおを膨らませ、そう言った。
「うん。でも、美樹と楽しむ時間を増やしたいから。」
この友達の名前は田中 健太 あだ名は教科書。
私に拒否権はなさそうだ。と言うことは行くしかない。
着替えてから駅にレッツゴーと言いたいところだが、
「急いで!!!」
おい、健太!なにゆえ!!
「後三分で六時二十一分発の列車が出ちゃうんだよ!!!!」
「そんな早く出るもんじゃないわよ健太のバカ!!!バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!!!」
一気にブチギレたからいっそ気持ちいい。
え?ぼこしたかって?愚問愚問。フルボッコにしたよ。むしろ血祭りに上げたが正解。
健太が絆創膏貼り終えるのを待ってたら七時を回ってた。
あーもー。何考えてんのよ。あのバカ。
私たちは御殿場線に乗った。
ヤツはいろいろ話してくる。すべて無視だ。
なのに、胸の中から湧き上がるこの感情は何なのだろう。
「あっ。聞いて聞いて。あれって目黒の山手線内回りのwoter crownの音高いバージョンじゃん。すげー。初めて聞いた。」
「黙ってなさいよ。ウチがバカみたいじゃん。」
まるで子供だ。と言うかこいつマジガキじゃん。
とりあえず目的地に着いた。
「ねえねえ。この道が一番近いんじゃない?」
と、私が言うと、
「そっちは某ヤの付く自由業の方々や某チの付く秩序を乱すゴミのような方々がいるから危ないよ。」
と、健太が言う。
「大丈夫だって。健太はウチが守るから。」
と、危険な道を行った。
そこで変な男たちに絡まれた。
「ほう。そこのね−ちゃんいい胸してんじゃん。」
「ちょーっとおじさんに貸してみな?」
これってナンパじゃない?っていうか、無駄に腕つかんでるし。と、そのとき
「やめろ!貴様ら何美樹にてぇだしてんだよ!!!!!!」
健太が叫んだ。
うれしかった。胸が温かくなってきた。
健太がナンパ野郎に殴られた。
私は健太の方に走っていこうとした。そのとき、
「逃げろ!!!!!!!」
と、健太が叫んだ。私をかばってくれている。
でも、もし健太が死んでしまったとしたら―――。私のせいだ。守ってあげるなんて軽く言ってしまった私のせいだ。
だから、自分だけ逃げるなどという卑怯なまねはできない。
私は少し離れたところで見ていた。いつの間にか相手は一人になっていた。
その一人が私に手を伸ばし、つかんだ。
その男は私の服を脱がせた。そして、縄で縛って健太と一緒に砂浜に転がされた。
「守るって言ったのに守れなくてゴメンね。」
と私。守ってあげると言って、私のことを心配してくれた健太を無理矢理引っ張って、健太を巻き込んでしまったのだ。なんて最悪な人間なのだろう。
「……なんで、だよ。」
聞き取れないほどの小さな声。
「何で、美樹がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ!!」
何も、いえなかった。例のチンピラが、
「おい、そこなに喋ってんだよ。」
と脅してくる。
「きさまぁ。」
健太が突進する。
チンピラがまともに頭突きを食らい、横転する。
「おい、やってくれるじゃね−か貴様ぁ。」
と、仲間が次々にやってくる。
このままでは健太は死んでしまうと思った。
「そんぐらいで牙むいてんじゃないわよ弱虫!!!」
怖かった。だけど、自分の言葉に嘘はつきたくなかった。
「うっせえんだよアマぁ。」
チンピラの一人が私を殴る。涙が出てきた。泣き声まで上げてしまった。情けない。健太が心配するだけじゃないか。
「美樹のこと何泣かせてんだよ!!!!女を泣かせるヤツなんて俺は絶対に人間とは認めねぇ!!!!!」
チンピラが
「おい!岡町!花火買ってこい。」
「へい!!」
子分をパシリに使って花火を買えと命令したという事実はわかるが、なぜ花火なのだろう。どんなふうに使うのだろう。と考えていたが、すぐに危険なことだとわかった。
胸の中に熱い思いが滾る。
オカマチとかいうチンピラが戻ってきた。
私はチンピラの親玉とオカマチの前に立ちふさがる。
「健太に手を出すな。」
「何だよ小娘。どかねぇと殺すぞ。」
オカマチがドスのきいた声でそう言い捨て、私を突き飛ばす。熱い砂浜の上なのでちょっと肘をやけどして、膝をすりむいた。
でも、負けはしない。もう一度立ちふさがる。
今度は鋭い蹴りが入った。だが、私はすぐに立ち上がり、二人の腕をつかんだ。二人から蹴られる。何度も、何度も。
だけどくじけない。だって、健太を守るためだから。
その時、私の全身から力が抜けた。関節を外されたらしい。健太が痛めつけられるところを黙ってみてなくてはいけない。それほど耐えられないことはない。何かむず痒いような感情が胸の奥から上ってくる。
その時だ。幾多の吹き出し花火がオカマチの手から発射される。健太がそれから逃れようともがいている。
だけどそのうちもがくのをやめた。
その瞬間例のむず痒い感情が上ってきた。やがて体全体に行き渡る。腹ばいになって、健太に近づく。そのむず痒い感情はやがて口にまで上ってきた。
そして、二人の唇は完全に重なり合った。
「愛してる。お前だけを…美樹だけを…ずっと。」
健太が言う。この状況だから余計に恥ずかしく思う。
「ウチだって、健太のことを…ずっと…愛してた。」
その間にも吹き出し花火は投げつけられ続けたのだろう。だけれども、今は口に神経が行ってるため、気づかなかった。
一つだけ、気づいたことがある。
むず痒い感情は恋だったのだ。
しかし、抱きしめた健太の体はだんだんと冷たくなっていく。
受け入れたくはなかった。そんな冷酷なさだめを………。
―――――健太は、死んでしまったのだ。
私にとって、自分が死ぬよりもずっと悲しかった。
涙が止めどなくあふれてくる。
私は警察を呼んだ。
健太だった何かは岩波の方に送られ、私は警察の車で家まで送ってもらった。
帰りがけに吹き出し花火で遊ぶ子供たちを見た。
全身の毛が逆立つような恐ろしい何かを感じた。
涙がまた、止めどなくあふれてきた。
私は、家に帰った。2517という部屋の番号が憎いなという語呂合わせの2917に見えた。朝5時とあって、暗かった。でも私には漆黒のように黒く映った。
マンションの屋上に上った。
私の軽はずみな言動のせいで健太は死んだ。守ってあげるって行ったのに守らなかった、ちょっとのことで泣いてしまった最低で情けない私という人間のせいで健太は死んだ。どうしよう。とか情けないことを思っている場合じゃない。私の命で、償う。それしか許しを受ける資格をもらう法はない。
しかも、誘ってくれた健太に私はいったいなんて事をしてしまったのだろう。しかも彼は
『美樹と楽しむ時間を増やしたいから。』
とまで言ってくれたのだ。なのに急げと言われ殴ってしまった。もう、死んだって許されない。でも、人の死は人の命で償わなければいけない。
警察に行っても罪にはならない。実質的には殺してないのだから。
ならば、自分の家に閉じこもるしかないわけだが、私なんて自分に甘いから、どこかに閉じこもっても自分の布団に入ってしまうだろう。
よって、死して償うより、法はない。
下を見てみる。唯一の私の居場所のようにも思える。息を吸い込む。
柵に手をかけた。ヒンヤリと冷たい。次に足をかけた。冷たい風が空を支配する。そして、陽が昇ってくる。足を前に出す。その状態で腰を浮かせて、飛んだ。私の願いはこれで叶った。周囲が幻想的な光景のように見えた。
頭が自然と下を向く。鳥のような気分だ。目の前の動きが止まったような気がする。だが、それはそう見えているだけであり、実際には風を切るような猛スピードだろう。
地面が近づいてくる。私は心からの満面の笑みを浮かべた。
頭に鈍痛が走る。そのまま私は息絶えた。