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私と猫と魔女の契約  作者: 帆立
らせんの坂道を上って
6/13

第6話:黒猫の昔語り

 いつまで経っても頂上は見えず、自然のトンネルが延々と続くばかり。

 もう一時間も歩いている心持ちだ。

 実際はまだ五分ほどしか歩いていないけれど、坂は勾配が急で、家庭家部所属の私は早くも汗だくになっていた。足もとっくに棒になっている。

 シリウスはというと、尻尾を揺らしながら悠々と私の前を歩き続けている。左右に揺れる可愛らしい尻尾を見られなかったら、私はとうの昔に音を上げていたに違いない。

「シリウスは野良猫だよね。家族とかいるの?」

「おぬしは黙って歩けんのか」

「だって、気を紛らわさないと疲れるんだもの」

「やれやれ。辛抱というものを知らんようだな」

 坂道を上る間、シリウスは自身の生い立ちを聞かせてくれた。

「我輩は今年で四歳になる。兄弟は三人いた。兄が二人、弟が一人。父と二人の兄は先の大戦で戦死した。母と弟は病に没した」

 先の大戦って何だろう。猫たちの間で縄張り争いでもあったのか。

 時は西暦2011年。不況不況と嘆かれていても日本はまだまだ平和な国だ。民族間の紛争も、核兵器も、疫病も、何の変哲もない高校生の私からすれば全部テレビの向こう側の出来事でしかない。

「我輩の一族は隣町の二丁目一帯を領地として持つ名だたる豪族だった。人間であっても『黒猫公』という名くらいは耳にしたことがあるだろう」

 私は首を横に振る。猫の世界の事情なんて人間の私にはわかりっこない。だというのに、私の無知を非難するかのようにシリウスは眉をひそめて(いるように見えた。猫だから表情の変化に乏しい)、それから昔語りを続ける。

「ところが先の大戦で祖国が大敗を喫したため、我輩一族の領地はことごとく召し上げられてしまった。領地を失った一族が零落するのは早かった。もっとも、一族で今も生き残っているのは我輩一人しかおらん故、没落を嘆くものは一人としておらんがな」

「家族も、住む家もないの?」

 シリウスは頷く。

「そう哀れむな」

 私が悲しそうな面持ちをしていると、シリウスはキザに微笑んで(いるように見えた。やはり猫だから表情がわかりづらい)話を続ける。

「我輩は肩の荷が下りた気がした。一族の誉れも誇りも、我輩にとっては枷でしかなかったからな。三男坊とはいえ、家名を汚す真似は許されない。しかも兄貴二人が先立って、ますます我輩が一族の重荷を背負わねばならなくなった。我輩は王宮で舞踏するより、劇場に足を運ぶより、場末の酒場で安い酒をあおりつつ踊り子を眺めているほうがよほど性に合っていた」

 シリウスは嘘をついてる。

 本当に家族が疎ましくて、本当に孤独が好きなら、そんな悲しそうな声で語るわけがない。

 家族は死に、住む場所も奪われ、流浪の日々を送る毎日なんて、想像するだけで心細くなる。私なら一日とて耐えられまい。人間でも猫でも誰だって構わない。他者のぬくもりを感じていないと不安で押しつぶされそうになる。

 たとえ貧乏でも、私は家族が好きだ。

 一日の出来事を話し聞かせて笑い合って、何かに失敗したり誰かとけんかしたら慰めてもらう。良いことをすればほめられて、悪いことをしたら叱られる。我が家は貧乏だけれども、幸いにも愛情は有り余るほどにあふれている。

 嬉しいことや悲しいこと。シリウスは誰と分かち合っているのだろう。誰ともそうしていないのなら、私がその相手になりたい。たとえおせっかいと言われようとも、引っかかれようとも噛まれようとも、いつか強く抱きしめてあげたい。

「飼い猫になるのは嫌?」

「それはこれからのおぬし次第だ、ユズ」

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