第4話:きっかけは昨夜の誕生日
それは昨夜の出来事だ。
「お父さん。私、猫飼いたい!」
勢いよくテーブルに手を着いた衝撃で誕生日の晩餐であるハンバーグが二枚、宙を舞った。これが我が家の精一杯のご馳走なのだ。
娘の誕生日のお願いなら断れまい。
およそ三ヶ月。雌伏の時は長かった。
草陰に潜む伏兵のように、私はこの十六歳の誕生日が来るまで「猫を飼いたい」という言葉をじっと我慢してきたのだ。その間、お使い、お風呂掃除、洗濯、食器洗い、お父さんの肩たたき、お母さんが仕事で忙しいときは夕食や家族のお弁当を作ったりもした。これだけの親孝行をしたのだ。お父さんが首を横に振るなどありえるだろうか。
「わかったよ。猫を飼ってもいい」
観念したお父さんは両手を上げる。私も両手を上げて喜びを表現する。お母さんも「よかったわね、ユズ」と隣でにこにこ微笑んでいる。
スコティッシュフォールドにマンチカン、いやいやアメリカンショートヘアも捨てがたい。もしくは上品な雰囲気をかもし出すロシアンブルーにしようか……。
早くもあれこれと夢想する私に、お父さんは「こほんっ」と咳払いした後に「ただし」と付け加える。
「飼うなら野良猫を拾ってきなさい」
「えっ!」
「ユズのパートナーとなる猫をユズ自身の力で見つけ出すんだ」
「ええーっ!」
なんだか上手いことごまかされたような気がする。
そして私は今日、公園にいた野良猫らしき黒猫に話しかけたのだ。
――にゃおん。
とでも鳴いてくれれば充分だった。まさか人間の言葉で返事をしてくれるなど、誰が予想できただろう。
私が猫の言語を理解する力を手に入れたのだろうか。もしくはこの黒猫が特別人間の言葉を喋ることが出来るのかもしれない。どうして? なにが原因で? わからないことだらけだ。
ひとつだけ確かなのは、私は今、唐突な非日常に見舞われて混乱しながらも胸をときめかせているということだ。
猫と会話する力。
それは貧乏な上にチビで垢抜けない顔で、見せびらかせるような特技も持たない私に、神様がくださった最高のプレゼントだった。
「さあユズ、行くぞ」
人間の言葉を解す黒猫――シリウスが私を促す。
「どこにいくの?」
「魔女退治だ」