第2話:名乗る黒猫
「ただし、条件がある」
三十代くらいの男性の、威厳のある声だ。
「まずは我輩についてくるがいい」
そしてどこか尊大な口調だった。
黒猫が立ち上がる。四本のスマートな足。身体も首元から尻尾のあたりまですらりとしている。首輪がついていないので、真っ黒な身体に琥珀色をした二つの瞳がひときわ目立っている。
「どうした、呆然として。猫と話せるのがそんなに不思議か?」
この子、オスだったんだ。
突然の出来事に私の頭は機能不全に陥ってしまい、そんな単純な感想しか出てこなかった。
野良猫と話をした経験は今までに何度もある。もっとも、それは私から一方的に話しかけていただけに過ぎない。お互いに人間の言語で意思疎通を図れる域にまで達したのは生まれて十六年、これが初めてだった。私の猫の扱いが未熟だとかそういう問題ではない。人間の言葉を喋る猫なんて発見されたら世界中で大ニュースになるに違いない。
だというのにこの黒猫は、まるで『猫が人間の言葉を話せる』のがさも普通であるかのように淡々と話を進めている。
「我輩の名はシリウス。南東の空に座し、おおいぬ座の長を務める者の名を拝借している。人間の少女よ、次はおぬしの名を」
「ゆっ、ユズです」
反射的に名乗ってしまう。
黒猫は満足そうに「ふむ」と相槌を打った。やはりどこか偉そうだ。
「ユズよ、おぬしが我輩を従えるに値する人間か試させてもらおう」
あまりの猫好きが高じて、とうとう猫と会話ができるようになってしまったのか。
原因はわからない。
とにかく、今目の前にいる黒猫が人間の言葉でしゃべっているのは間違いない。