第1話:語る黒猫
――どうやら私は猫とお話しができるらしい。
「あの、ちょっといいですか」
のどかな秋の昼下がり、公園のベンチに寝そべる猫に私は話しかけた。
きれいな毛並みの黒猫だ。
私は学校のカバンを肩から下ろして、腰をかがめて猫の視線に合わせる。
黒猫はじっと私を見つめている。私も黒猫の瞳を覗き込む。
琥珀を思い起こすきれいな色の瞳だ。
鼻がひくひくと微動している。それに合わせてヒゲも揺れる。明らかに私の様子を窺っている。敵意がないのを示すため、私は笑みをつくる。
「もしかして野良猫さんですか。よかったらウチで暮らしませんか?」
誰にも聞こえないよう、口元に手を当てて黒猫にそっと耳打ちする。誰かに聞かれて困る話でもないけれど、制服を着た大の女子高校生が猫と真剣に会話をしているのを他人に見られるのは恥ずかしい。
「今ならエアコン完備の寝床と一日三食を保障しますよー」
私がささやきかけても黒猫は微動だにしない。ただ、瞳だけは私をしっかりと見据えているので、話を聞いてくれているのは間違いない……日本語が通じているかはともかくとして。
黒猫は首輪をつけていない。爪も伸びっぱなしだ。きっと野良猫だと私は見当をつけていた。
顔立ちは整っていて、体型も中肉中背で健康的。性別不明。年齢は外見から三歳くらいだと予想。家で飼うには申し分ない。見た目も年齢はもちろん、とりわけ美しい毛並みが魅力的だった。頬ずりしたくてたまらない衝動を私は必死に抑えていた。頬ずりははもっと信頼関係を築いてからだ。
野良猫なら連れて帰って我が家で飼おう。一生懸命面倒を見よう。
胸の中で私は誓った。
黒猫はなおも動かない。私の心の中を覗き込もうと、じっと見つめている。
頭くらいなら撫でても平気だろうか。私のことを気に入って家までついてきてくれるだろうか。あわよくば抱き上げて……いや、まずは友好の証としてポケットの中にあるツナ缶を献上しよう。
そんなことをいろいろと考えていた、そのときだ、
「よかろう」
黒猫がそう返事をしたのは。