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第5旅 誰かを想う気持ちは偉大です。

遅くなりました。



ゴトゴトゴトゴト――



 ――アルナス街道。リノと近隣の街を繋ぐ重要な通行路。暖かい今の季節は道の両脇に広がる小麦畑が育ち、通行人に黄金の野原を見せてくれる事で知られている。

 その黄金の街道を一台の荷馬車がゆっくり進む。馬ニ頭に牽引されるその馬車は割と大きめで、人間なら十人は乗れそうだ。木造の車体に白い幌がついたそれの窓から顔を出しているのは、緑色の麻の服を着た茶髪の少女。アイナだ。



「ふわぁ~~っ。」



 緩やかに吹き抜ける風に彼女の髪だけでなく、視界いっぱいに広がる黄金の野原もゆったりと揺れている。どこまでも続くのどか過ぎる風景に思わずあくびが出る。目元に涙を滲ませながら、アイナは数時間前の出来事を思い出す。



―――――――――――



「頼みたいこと?」



 『森の恵み亭』で朝食を採っていたクリフとアイナは小首を傾げた。二人と話しているのはこの街の領主だ。彼は中に入ると足早に近づいてきて、軽く挨拶をした後折り入ってお願いがあると言ってきた。



「はい。実は――」



 領主の話を要約すると、最近街への物資が襲撃されて困っていて、クリフ達に護衛をしてもらいたいらしい。山賊のせいで街の蓄えが少なくなったため、失った分を取り戻そうと近隣の街や村と積極的に交易をし出した矢先にこれである。領主は「折角山賊を捕らえる事ができたのに…」と言って深く溜め息をつく。



「それで犯人の目星は?」



「襲われた荷馬車の御者達に話を聞いたところ、ボロボロのローブを着た人物が一人。突然襲われて気を失い、気が付くと物資の一部が無くなっていたそうです。」



 一部、という事にクリフは何か引っ掛かるものを感じた。何故全部ではないのか。一人では持てる量に限りがあるがそのためだろうか。御者が殺されていないというのも妙な話だ。不謹慎な話だが、犯人としては目撃者がいないに越した事はない筈なのだ。

 考えても納得のいく答えは出てこない。取り敢えずクリフは護衛の件を引き受ける事にした。



「ありがとうございます。いや~あなた方には感謝してもし足りません。助かりますよ。しかし荷馬車は襲われるし交易先の物価はやたらバカ高くなってるし…物事上手く行かないものですねぇ。」



はぁ、と二度目の溜め息をつく領主。まだまだ問題は山積みのようだ。



「っと、愚痴を聞かせてしまいましたね、すみません。では護衛の件、なにとぞ宜しく御願いしますぞ。」



 深く頭を下げると入ってきたときのように足早にドアへと向かう領主。ドアノブに手を掛けたところで「あ、そうそう」と何かを思い出したのか顔をこちらに向け話す。

 その話によると、最近ゴブリンの集団を目撃したという者が何人もいるらしい。だが目撃例の多さとは違い犠牲者はおろか怪我人さえも出ていない。それどころか遭遇した者達に金目の物や薬草を投げ渡してくるなど、奇妙な行動を取っているのを何度か目撃されている。



「ゴブリンごときにどうこう出来るあなた方ではないでしょうが、気をつけて下さいね。」



―――――――――――



 そんなわけでアイナはクリフと共に荷馬車の護衛として同行している。 戦う術を持たないアイナがいても意味はないのかもしれないが、一人でいても特にやる事もないのでクリフに着いていく事にしたのだ。

 そのクリフは馬車の隅っこにいる。幌に背中を預けて目を瞑っており、初めは寝ているのかとも思ったが、どうやら瞑想しているようで時折聞こえる鳥の鳴き声に目を薄く開いたりしていた。

 また近くを鳥が飛び去っていく。



「……大丈夫そうかな。」



小さく呟かれたその一言は、何に対してのものなのか分からない。そしてクリフはまた静かに目を瞑った。



―――――――――――



 隣街のオルクに着いて、商談を済ませて物資を荷馬車に詰め込む。人だけなら十人は乗れたスペースは、新たに積み込まれた荷物でかなり窮屈になった。その中身はこの街の特産品であったり日用品、その中でも目を引くのは薬だ。

 ここオルクは薬草の栽培が盛んで、結構な種類の薬を調合しては各地に売っている。王都や他の国から輸送するよりも早く安上がりなため、近隣の街としてはとても重要な場所なのだ。

 今回受け取った中にも、詳しくは分からないが様々な種類の薬があるようだ。



「はい、確かに受け取りました。……今回は魔病の薬がいつもより少ないですね?」



 荷物欄を見ていた御者の男性が交易相手の女性商人に話した。魔病とは、十数年前に流行した疫病の事である。当時大陸全土を震撼させたこの疫病は、人間だけでなくモンスターにも感染する恐ろしい存在で、医者や神官を大いに悩ませた。

 現在では特効薬が開発され死者は殆ど出ない。

免疫も大体の人間は出来ているので以前ほど脅威ではなくなった。

 しかし稀に免疫力が弱くこの難病にかかってしまう人もいるため、薬は常に重宝されている。



「えぇ、ここ数日は雨も降らず日照り続きでしたから……材料になるセイメイ草があまり育たなくて、ホントにすみません。」



「あっ、いえ! こちらこそすいません。無理を言ってるのはこっちなのに…。」



 本当に申し訳ないといった表情で頭を下げた女性商人を見ていた御者は、自分の失言を悟ると共に直ぐ様謝罪の言葉を述べる。

 薬の取引は今回に限った事ではなく、襲撃を受けた前回にも行っており、本来そちらの方が本命であり今目の前にあるのは追加で手配してもらった物だ。寧ろこちらの方が申し訳なく思うのが普通なのだ。



「気をつけて下さいね。魔病の特効薬はもうそれで最後ですので。」



「ええ、今回は心強い方々が護衛についてくれますので大丈夫です!」



 そう言って力強く紹介された二人は、どう反応していいか分からず顔を見合わせる。アイナはオロオロしてクリフは普段通りの微笑を浮かべた。  ニコリと微笑み返す女性商人に見送られ、クリフ達はリノへの帰路に就くのだった。



―――――――――――



 件の相手と遭遇したのはオルクを出て少ししてからだった。それに最初に気がついたのはクリフだ。「――来たか。」と言うと行きのときと同じくしていた瞑想をやめて立ち上がる。

 次に御者の男性が気づく。来た道である野原の街道を移動していると、道の真ん中に立っている一人の人影が視界に写ったからだ。

 最後に気がついたのはアイナだ。クリフの言葉の意味が分からず小首を傾げていた彼女だが、御者の「出やがったか!?」という声に窓から顔を出し前方を見たとき、漸く事態を把握した。



 道の真ん中に陣取っていた人影――噂通りのボロボロのローブを身に纏ったその者――は相手が自分を見つけたのを知るや、荷馬車に向かって駆け出した。

 一切の躊躇いもなく一直線に向かってくる無謀とも思える行為は、馬車からクリフ達が出て戦闘態勢を取っても変わる事はない。



「はっ!」



 クリフは相手に風の魔法を放った。以前山賊に使ったあの技だ。剣先に拳大の風の奔流が凝縮され、その威力を示さんと音を立てて獲物に迫る。

 しかしその威力が示される事はなかった。何と相手は、苦もなく避けきったのだ。ボゴッという音と共に風の塊は地面を抉るだけに終わる。これにはクリフも驚いた。

 驚いたのも一瞬、今度は立て続けに数発を見舞うが、俊敏とは言い難いがステップを踏んで相手は全てを回避し切った。



(全弾避けきった!? こいつ、風の範囲や威力を知っている…!?)



 本来風とは目に見える物ではない。今回のように強く凝縮されたのなら別だが、だからと言って簡単に避けられる物でないのも確かだ。

 視認出来るようになった奔流の周囲には更に幾つもの目には見えない風の乱流が存在する。本体と比較したそれは幾分か威力が落ちるが、それでも相手にとっては十分な威力を誇る。

 しかしよもや、掠りもせず避けきられるとは思っていなかった。



 そんなクリフの驚愕を余所に、襲撃者は尚も馬車へと迫る。魔法から近接戦闘に切り替えたクリフが剣を振るい、それは襲撃者の胸元に吸い込まれ――


途端、ギャリィンという何か硬質な物同士がぶつかり合った不快音が響いた。クリフは視線を自身が繰り出した剣先に向け、その正体に気がついた。



 そこには斧があった。サイズ的には片手持ちの、小さめな斧。装飾の類いは一切なく、手入れも行き届いていない様子の刃部分は、無数の傷と刃毀れが目立ち、より一層無骨な印象を見る者に与える。

 その柄を握っている腕は、体色がくすんだ緑で黄ばんだ爪をしており、隆々とした筋肉を備えたそれはローブの隙間からニュッと伸びている。



(この腕…相手は人間じゃない…?)



 ほんの一瞬思考が逸れたクリフの剣を弾き、襲撃者は再び前進。クリフには目もくれず荷馬車に向かう。

 すると今度は御者の男性が立ちはだかった。手には頼りない小剣を握り、震える足を必死に踏み止まらせて。



「こ、これは街の皆に必要な物だ! 渡すもんかっ!」



 叫んだ御者に無骨な刃が迫る。上段から降り下ろされた凶刃の軌道は、そのまま行けば彼の頭蓋を叩き割るだろう。数瞬後の自分の姿を想像し、御者の男性は思わず両目を強く瞑る。

 と、そこで何かに気がついた襲撃者は、降り下ろした斧の軌道を右に逸らした。逸らされた刃は御者の頭ではなく左肩に当たる。



「ぁぐっ……!?」



 斬られた肩口から鮮血が宙に舞い、男性は苦悶の声を上げるが傷はそれほど深くはないようだ。痛みに顔を歪ませる男性を横目に襲撃者は尚も前進し、御者台を蹴り跳躍。幌を突き破り中へと侵入する。



「ぅわわわっ、入ってきたぁ!?」



 慌てるアイナを一瞥するとスンスンと鼻を鳴らして車内を見回す。やがて目当ての物を見つけたのか木箱を一つ抱えて、入ってきた穴から這い出した。



「ま、待てべっ!?」



 逃がすまいと叫んだ御者の顔に何かを投げつけ、その隙に襲撃者は逃走。金色の野原へと消えていった。



「あぁ、逃げられる!! クリフさん早く追って下さい! これじゃまた――」



「大丈夫ですよ。それより貴方はソレ(・・)で早く治療して下さい。」



「何が大丈夫なんですか!? 早くしないと――って…これ、薬草?」



 御者の手には薬草が握られていた。そういえばさっき何かを投げつけられた。焦りから気にも留めていなかったが……何故に薬草?



「すみませんが領主様を呼んできてもらえますか? 犯人の元へ向かいますので。」



―――――――――――



 数十分後、クリフ達と呼び出された領主は小麦畑を抜けた先の岩場へと来ていた。



「本当にこの辺りに賊が潜んでいるんですか?」



「ええ、まず間違いありません。」



 少々訝しげな感じで聞く領主に対して、クリフは絶対の自信があるのか言い切った。



「風の魔法でウインド・ボーダーという術があります。これは自身の周囲に吹く風の流れを感じとり、そこに足を踏み入れた、或いは流れを阻害した者を即座に察知する魔法です。それによるとこの辺りにいる筈です。」



 他の皆と一緒に説明を聞いていたアイナはなるほど、と思った。道中ずっと瞑想をしていたと思ったがそうではなく、あれは魔法で周囲の索敵をしていたのだ。



 説明しながら辺りをキョロキョロと見回していたクリフは、暫くして目当ての物を見つけた。岩場の一角に隠れるようにぽっかりと穴が開いており、そこの地面には赤い点がポツポツと奥へと続いている。



「これは……。」



「恐らく御者さんの血でしょう。犯人はよほど急いでいたんでしょうね、血の着いた武器を気にする余裕もないくらい。」



「馬鹿な奴だ。早く逃げてもこれじゃ意味のない。」



「……多分ですけど、犯人は逃げる為に急いでたんじゃないと思います。」



「なんですと? それはどういう……。」



「まあ中に入れば分かります。」



 謎かけのようなクリフの言葉に領主は首を傾げつつ、行きましょうと前進を促すクリフに続いて洞窟へ入っていった。薄暗い洞窟内に響くのは、各々の足音と護衛の一人が用意したゴウゴウと燃える松明の音だけで、誰も一言も発しないで黙々と歩を進める。

 洞窟は大して深くなく、枝分かれもない一本道を少し歩くとドアがあった。先頭を行くクリフは目線で開けますよ、と合図して全員が頷いてからドアノブをゆっくりと回して開ける。



 中はそれなりに広い空間で、中央には三メートル程の長方形の石と、それを囲う様に幾つかの石がある。多少歪な形のそれは、見ようによっては長テーブルと椅子のようにも見える…というかそうなのだろう。

 石の上には果物や野菜、どう見ても取れたてな魚と結構な量の食料が並べられている。明らかに誰かがここで暮らしている。



「ん?」



 暗闇の中奥の方で何か動くモノがある。それに気づいた護衛は持っていた松明をそちらに向けた。ゴゥ、と音を立てて向けられた松明の明かりに照らし出されたのは、この洞窟の住人であり今回の事件の犯人。



「な…ゴブリン!?」



 そう、そこにいたのはゴブリンだった。それも一匹だけではない。何匹ものゴブリンが何かを守るようにその手に斧や少剣、棍棒を持って固まっている。その中にはボロボロのローブの襲撃者の姿もあった。フードを下ろしたその顔は周囲の面々と同じ、即ちゴブリンだ。

 彼らの背後には、荷馬車から強奪されたのだろう金品やら食料の山があった。



「とうとう犯人を見つけたぞ。衛兵、こやつらを捕らえ――」



「ちょっと待って下さい。」



 命令を下そうとした領主の言葉にクリフが待ったをかける。そしてゴブリンの集団の方に向かって指を指す。全く意図が掴めない領主は、内心で何なのだと思いつつ指された場所に目を凝らす。

 すると、山に隠れて見えなかったがそこに一際小さい体躯のゴブリンがいるのが分かった。しかもこのゴブリン、何だか苦しそうだ。



「恐らく彼らが欲しかったのは魔病の薬の原料であるセイメイ草でしょう。あの子ゴブリンは魔病に掛かっています。」



「いやしかし、それ以外にもあれだけの物が盗まれているのですぞ?」



「余程慌てていて、中身を見ていなかったのでしょう。僕らのときは学習して匂いで判別してたみたいですけど。」



そういえば侵入してきたとき鼻をスンスンして匂いを嗅いでたなぁ、とアイナは思い出した。



「それに、彼らも悪いと思って返してくれてたみたいですし。」



「……あっ!」



 報告に上がっていた奇妙な行動。あれが盗んだ物を返していたのだとしたらなるほど理解できる。

 それにセイメイ草を欲して襲撃したのなら、今年は日照り続きで生産数が少なく、尚且つその市場を人間が独占している現状で入手するのは困難。人間とのコミュニケーション手段も持たなければ通貨もない彼らには、この方法しか思い付かなかったのだろう。



「ローブの彼はこちらを極力傷付けないよう手加減して戦っていました。」



その言葉にアイナが疑問を述べる。



「え、でも御者さんの肩の傷は?」



「初めに僕と戦って全員が手練れだって勘違いしたんだと思う。御者さんが受けれないと知って慌てて逸らした攻撃が肩に当たっちゃったんだ。」



 そこまで説明するとクリフは領主に向き合って懇願する。



「彼らは悪意ではなく家族を救いたいがために犯行を行ったのです。……どうか許して頂けませんでしょうか?」



 領主は思案する。確かに目の前のゴブリン達が優しく平和的な存在ならば、盗んだ荷物は素直に返してくれるだろう。幸い人的被害も大したことはなく軽傷の者が何人かいるくらい。しかしだからと言ってそのまま野放しにしては示しがつかない。



「……彼らの気持ちも分からんではない。しかし罪は罪。相応の罰則にて贖ってもらわねばならん。」



 厳格に答えるその姿勢は、様子を見守っていた全員に確固たる意思を感じさせると共に、ゴブリン達が罪を免れない事を断言していた。憮然とした表情の彼はしかし、突然ニッと笑みを浮かべてゴブリン達に声を掛ける。



「そこで物は相談なんだが――」



―――――――――――



 翌日から、リノの街にはゴブリンの集団が出没するようになった。ザッ、ザッ、と列になって街道から街へとやってきては正面の門から堂々と入っていく。

 驚くことに、門番の兵士は開門しすんなりと彼らを中へと通した。その行為に住人達が恐慌に陥る、かと思ったがそんな事はなく皆多少の動揺はあれど静観している。



 そんな住人の視線を意に介する風もなく、ゴブリン達は街の畑の近くの小屋に入り農具片手に出てくる。

 等間隔で並び各々が全く同じ動作で鍬を振り上げ、降り下ろす。畑仕事を開始し出したのだ。その光景を離れた場所から眺める者達がいる。領主とクリフ、そしてアイナだ。



「はっはっはっ、いや助かる助かる。街の男衆だけでやるよりずっと捗りますな。」



「ゴブリンは力持ちな種族ですからね。力仕事では大きな助けになるでしょう。」



「でも良かったね。街の人の了承を得られて。」



 あの後領主はゴブリン達に罰則を与えた。それは一定の期間街の畑仕事を手伝うというものだ。山賊の一件で畑の管理も手付かずになっていたため土壌の質が悪くなり、耕すのにも通常以上の労力が必要となり遅々として進んでいなかった現状で、彼らの労力はたいへん魅力的だったのだ。



 幸いローブを着たゴブリンは他のゴブリンより利口らしく、身ぶり手振りで提案を伝える事が出来た。労働の間食事は出るし子ゴブリンの治療も受けられるという事で、彼らにしてもいい条件であるのは確かだ。

 一人と一匹は互いに頷いた後、固い握手を交わした事でここに罰則という名の交渉は成立した。



 一番の問題は街の民が彼らの事を認めるか否かだったのだが、領主の根気ある説得とクリフ、アイナの口添えもあって渋々ながらも了承した。



「ここの人達は何て言うか、モンスターだからっていう偏見がないんだよね。でなきゃ受け入れられなかったんだろうけど。……で、領主さん。」



「ん、何ですかな?」



「先程から気になっていたんですけど、あれは……?」



 クリフの視線の先、鍬を振るゴブリン勢の隣に何だか見覚えのある方々がいる。それもごく最近。



「ああ、ただ留置所に放り込んどっても手が掛かるだけですのでな。連中にも働いてもらっとるんです。」



「ガハハハッ! おう小僧、小娘、元気か?」



 横合いから声を掛けられ見ると、何と山賊の頭だった。肩には通常より大きな鍬が担がれている。そう、見覚えのある方々とは山賊の面々だ。彼らはゴブリンに混ざって畑仕事に精をだしている。



「畑仕事を手伝えば三食寝床付きっつうからよ。あんまり多くねぇけど賃金も出るし、領主さんアンタ話せるぜー。」



「ブァカモン! 略奪しまくってたお前さんらの感覚で判断するでないわ。これくらいが相場なんじゃ。」



 言い合って笑い合う二人を見ていると、とても裁く側と裁かれる側とは思えない。

 聞いた話だと、素行が悪かったり日常にうまく溶け込めない荒くれ者達が集まって自然と山賊の体になってしまったのだそうな。根はいいらしい彼らに領主は再びチャンスを与えてはどうかと提案した。当然街の人間は難色を示したが、常時監視の兵士を置く事でそれならば、と了承した。

 街の人達もそれほど彼らを憎んでいるわけではないようで、割と軽い感じで話をしたりしている。畑を耕している部下も汗水流して働く姿は何だかイキイキとしている気がする。

 罪人やモンスターを迎え入れるなど通常ありえない事なのだろう。それを実現させたのは街の人々の度量と理解し合えたという事実だ。

 いがみ合っていた者達が分かりあい笑い合う。そんな光景をアイナはとても素晴らしいと思った。



(人と人は分かり合える。ううん、人だけじゃない。ゴブリンとだって分かり合えた。


     ・・・

――なら、彼女達とだって……きっと……。)



澄み渡る青空を見つめるその瞳は何を想うのか。それは彼女にしか分からない。

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