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第1旅 出会い



 ――空。



 どこまでも蒼い蒼穹の天空。そこに吹く穏やかな風は白い雲をゆったりと運び、緑一面の草原をゆらゆらと踊らせる。



――刹那、それとは比べ物にならない強風が吹く。雲は掻き消され、突然に起きた強風に踊り狂うように靡いている緑の平原には巨大な黒い影が落ちている。



それは驚く速さで空を翔る。自身の身体を包み込めるくらいの大きな翼を広げ、堅牢な鱗に覆われた身体で風を感じて、その迷いなき眼でどこまでも続く蒼き世界を突き進む。



何者にも屈する事のない真っ直ぐな眼は、空の王者たるに相応しい貫禄を感じさせる。其は古よりその雄々しき姿から畏れられ、或いは神々しい姿から崇拝され、誰しもが知る幻獣種――ドラゴンだった。



 ここは『ファンタジア』。魔法や幻想といった“神秘”で溢れる世界。そこではスライムやゴブリンから果てはドラゴンといったモンスター達が各地に生息している。

 勿論人間もいる。モンスターが各地に点在して生活するのと対称的に、人間は集まり幾つかの国や集落を形成して日々を送っている。



 ウルハザードという大陸がある。複数の国が存在するこの大陸は別名『呪われし大陸』とも呼ばれている。その理由は大陸全土に点在する魔物の巣窟から由来する。遥か昔には、次元の壁を越えて魔人と呼ばれる者達が現れ、大陸を恐怖で包み込んだ。人々は国を越えて団結し、辛くも魔人に勝利した。今ではおとぎ話として語り継がれ、大人から子供まで知っている。

 現在は大きな火種などはなく、比較的平和なこの大陸が物語の舞台となる。



―――――――――――



 場所はデデンと変わって夜の森。森の生き物はそれぞれの住み処に帰り、旅人も立ち入るのを避けているため、辺りはとても静かだ。

 夜空には満天の星が散りばめられ、それらを従えるように大きな満月が黄金色の光を放っている。星々に照らされる森の中には、無数に広がるその煌めきとは対称的に、一つの明かりがポツンと輝いている。



 近づいてみると、それは焚き火の明かりだった。その場には大勢の人間がいたが、どうもゆったりと野宿をしている、というわけではなさそうだ。

 まず、パッと見て二種類のグループに分けられる。焚き火の周りに座っている者達は、獣の毛皮を身に纏い、ある者は手に入れた肉にかぶりつき、ある者は酒を飲み、またある者は自身の得物だろう斧の手入れをしている。これだけ見れば単純に旅人が思い思いの事をしているだけに見えよう。しかしもう一方のグループの様子を見るに違うのだという事が窺える。 服装はみんなバラバラで、質素な麻の服を着ている者もいれば少々お高い革の服を着ている者もおり様々だ。共通している事といえば、縄で縛られて自由を奪われている事と、一様に恐怖や不安といった表情をしている事か。



「しっかし今回の仕事は上手くいきやしたね、お頭。」



毛皮の男が焚き火の所で金品を眺めてニヤついている巨漢に話し掛ける。お頭と呼ばれた男は上機嫌でそれに答えるが、その手に抱えられた金品から目を離すことはない。



「全くだ。簡単すぎて拍子抜けしたわい。最近の傭兵は腑抜けばかりと見えるな。」



男達は山賊だった。最近森を通る旅人が少なくなったため(彼らがやりたい放題襲ったのが原因だが)、食糧も乏しくなっており、偶然見つけた森を通ろうとした行商一行を襲ったのだ。行商は食糧や調度品などを載せた荷馬車や旅人達を載せた荷馬車と、山賊らにとっては願ってもない格好の獲物だった。

 護衛として傭兵が何人か同行していたが、単純な陽動に引っ掛かり分断され、行商が囲まれたのを見るやあっさりと引き返した。これには山賊達も呆気に取られた。お頭と呼ばれた男が拍子抜けしたというのも無理はないだろう。



「まあ何にせよこうして食い物や金目の物が手に入ったんだ。腑抜けな傭兵どもには感謝しなきゃならんな。」



「ははっ、違ぇねえっす。」



その言葉に笑って手下の男は返し、釣られて他の手下も下卑た笑いを響かせる。その様を近くで眺める行商や旅人は揃って怯えの表情を見せる。しかしその中には一人だけ、ブスッとした表情をした女の子がいた。



―――――――――――



(もう! せっかく旅に出たのに直ぐ山賊に襲われるなんて!)



 緑色の麻の服を着た、ウェーブのかかった茶色い髪の少女は一人心中でごちた。ある決意を固めて村を出た矢先にこれである。美人というほどではないが愛嬌ある可愛らしいその顔は、この場には似つかわしくない仏頂面となっている。



「大体護衛も護衛よ…! 簡単に見捨てていくなんて…。少しくらい体張って戦いなさいってのよ…!」



「まあそう責めないであげてよ。」



小声で言ったつもりだったが、どうやら聞かれていたらしい。声の方に顔を向けると、そこには一人の少年がいた。旅人が好んで使うマントを身に纏った金髪で顔立ちの整った少年だが、一番特徴的なのはその顔。何故かずっとニコニコした表情。しかしわざとらしさや嫌な感じのない不思議と親しみを感じる笑みだ。



「正直陽動に掛かった事は彼らの落ち度だけど、傭兵は雇われだからね。不利になったら命を掛けてまで目的を遂げるって事はないんだ。」



 だから仕方ないよと、淡々と話す少年に少女は苛立ちを見せた。目の前の少年は自分達の置かれている状況を分かっていないのだろうか? 窮地に陥った自分達をあっさりと見捨てた護衛を恨まないどころか、逆に擁護するなど理解できない。



「何言ってるのよ! キミ今の状況分かって――」



「おい、煩いぞそこ!」



 思わず大声を出した少女はしまった、と思ったが既に遅く、近くにいた山賊の一人に目を付けられた。二人のいる場所まで歩いてきた男はニヤけた顔で話し出す。



「しかしそっちの小僧の言う事も一理あるな。手前の命とはした金、迷うまでもないだろ?」



ウンウンとか頷いて同意を示す男。昔傭兵稼業でもしていたのだろうか。



「まっ、それで見捨てられた方としちゃ納得いかんだろうが運がなかったと諦めな。」



「それは困りますね。僕まだ旅の途中なんですよ。」



「知るかよ。テメェらは後で奴隷として売られる予定なんだよ。そこの嬢ちゃんもソコソコいい感じだし、小僧も男娼として売り込めばけっこういい額になるだろうぜ。」



 奴隷として売られる。その言葉に少女を含め周りの人間は青ざめるが、少年だけは相変わらずのニコニコ顔。



「それは遠慮します。僕そっちの気はありませんし、新たな扉を開けるつもりもありませんので。」



「んなこた聞いてねえよ。大体テメェらに選択権はねえ。」



「じゃあ仕方ありませんね。その選択権、実力行使で取らせてもらいますよ。」



「ああ? 何を言って――」



 男の言葉は最後まで続かなかった。ゴッと首筋に衝撃が起きたのを感じて直ぐに、男の意識は闇へと落ちていったのだから。

 異変に気づいた何人かがこちらを振り向くが、瞬間、大気を駆ける複数の何かに弾き飛ばされた。これには金品を眺めて換算していたお頭も作業を中断せざるを得なかった。抱えていた金品を投げ捨て、愛用の大斧を手に取る。視線の先には捕らえた行商達の中心で旅人用のマントを羽織り、黒い剣をこちらに向けて翳す一人の少年がいた。隣にいる少女も含め周囲の人間が驚愕の表情で彼を見ている辺り、この少年が何かしたのは確かだろう。

 気がつけば束縛していた縄は少年の足元に落ちている。切断した跡も引きちぎったような跡もないが、一体どうやって抜け出たのだろうか。



「小僧…今何をした?」



「別に、ただ眠ってもらっただけですよ。すみませんがあなた方にも同様に眠っていただきますね。」



確かに、倒れた手下を見るに息もしているし命に関わる外傷も見られない。…というか傷事態見当たらないのだが、本当にこの小僧何をした?



「はっ! 小僧っ子が言うではないか! 何をしたか知らんがこっちはまだ十人以上いる。小僧一人でどうにか出来るとでも?」



「ええ、思ってますよ?」



簡単に。何でもないかのように。さも当然だと言わんばかりにさらりと少年は言い放った。その挑発同然の一言に、たった一人の小僧に自分達が舐められているという事実にお頭の頭に一気に血が上る。



「…タダで済むと思うなよ、ガキが! 野郎共、やっちまえ!」



そこから始まったのは一方的な戦い。しかしそれは、十数人の山賊が一人の少年を痛め付けるという集団リンチではなく、寧ろその逆。たった一人の少年に山賊達は刈られていく。



 少年が剣を突き出すと剣先の大気が凝縮、拳大の風の塊となって山賊達に向かっていく。喰らった者は、先程吹っ飛んだ者達と同様に同じ結果を辿る。その隙に接近した者が斧を少年の顔目掛けて一閃。しかし見えない壁でもあるかのようにその攻撃は少年に届かない。

 それどころか何か強い力が働いているのか、斧は見えざる力に押し負けて有らぬ方向に逸らされる。大きく体勢を崩したところに脇腹に峰打ちを受けてその者も昏倒した。それを見て他の山賊も少し怯んだが、数を頼りに果敢に挑んでいった。

 その結果は、惨敗。数分後そこに立っていたのは少年とお頭だけだった。



「おでれーたな…まさか魔法戦士だったとは。」



魔法戦士とは、強大な魔法を行使する魔導師と前衛で戦う戦士を併せたクラスの事をいう。近接から遠距離までオールマイティーにこなす敵対すれば厄介なクラスだが、その絶対数は少ない。

 このクラスを得るためには、魔法を発現するための強い精神力と、危険と隣り合わせの前衛で戦いながら魔法の発動準備を行う並外れた集中力が必要とされる。他にも魔導の知識とか、体力云々とか色々あるが、それらを総じて並大抵の鍛練や研鑽ではなることのできないクラスなのだ。

 絶対数が少ないのはそういう理由からなのだが、目の前の子供がまさかその魔法戦士とは…。



「いえ、僕なんてまだまだですよ。現に僕の知ってる魔法戦士は一人で百人相手にしても勝っちゃう人達ですから。それはそうと残るはあなただけです。よかったら降参してくれませんか?」



「相手が魔法戦士とあっちゃ分が悪いな…。だがよ、山賊とはいえオレは頭だ。手下が戦ったのにあっさり降参てなみっともねぇ真似はできねえな。」



大斧を構える。どうやらやる気のようだ。その様子を見た少年も、仕方がないですね…と呟いて剣を構えた。

 両者は動かない。相手の隙を窺い構えたまま微動だにしない。静かになった森に響くのは、風の音と焚き火のパチパチという音だけ。捕らえられた旅人らが固唾を呑んで

見守る中、長く続くと思われた膠着は変化を見せた。



「……はっ!!」



お頭が地を蹴る。少年に隙を見出だしたのか動かぬ状況に痺れを切らしたのかは分からない。大上段に振り上げた大斧を少年目掛けて降り下ろすが、手下の一人のように当たる寸前で不可視の力に阻まれる。大斧は少年の頭を逸れ、直ぐ横の地面に深々と突き刺さった。



「成る程…“風”か。」



「気がつきましたか。あなたの言う通り僕の使う魔法は風系統です。」



「それで合点がいった。見えない壁もその類いってわけだ。ま、だからどうなるってわけでもないが。」



埋まった斧を引き抜いて再び構え直す。どうやら引き下がるつもりはないらしい。



「ヌオオオッ!!」



 縦横無尽に斧を振り回すが、少年は涼しい顔のまま軽々と避けている。お頭は大斧を何度も無闇矢鱈に振り回しているように見えるが、実はそうではなかった。

 戦いの中で徐々に移動した先の足下にあった物を少年の顔目掛けて蹴り上げる。焚き火だ。少年は手で顔を覆って防ぐが隙が生じてしまった。



「集中出来なきゃ魔法は使えんだろっ!!」



勝利を確信したお頭は横一文字に一閃。必殺の一撃を繰り出す。

 殺った! 確信したその感情は次の瞬間には間違いであったと気づく。少年はまるで大斧が見えているかのように、屈んで難を逃れていた。そして自身の真上を通過しようとする大斧の腹に手を静かに添える。すると突然、大斧に異常な圧力が掛かり、上方へと弾き飛ばされた。堪らず柄から手を離してしまったお頭は、成す術もなく少年の一撃を受けるほかなかった。



「…グッ、グフッ…。…オレの…負け…だ…。」



 少年の一撃は峰打ちであったが、魔法を行使しての一撃だったのと、捉えたのが脇腹だったのもあり、お頭は息も絶え絶えな有り様で敗けを認める。これで助かった、と捕らえられた人達は歓喜の声を上げるがまだ終わったわけではなかった。



「きゃっ!?」



悲鳴のした方を見遣ると手下の一人がさっきの少女を人質に取っていた。少女を捕まえていない方の手には短剣が握られている。



「う、動くんじゃねえ! 剣を捨てろ! さもねぇとこの小娘の命はねえぞ!?」



 手下の要求に思案も逡巡もなく、少年は「はい。」と言ってあっさりと剣を手放した。普通は少しくらい躊躇うものだろうが、抵抗どころか悩む素振りすら見せなかった少年に皆呆気に取られる。

 逸早く正気に戻った手下は、しめしめと次の要求を言おうとするが言いかけたそれは手下の口の中で封殺された。剣を捨てた少年が何やら奇妙な動きを見せたからだ。



「な、何をしようってんだ?」



 手を掲げて流れるようにユラユラと動かしている少年に問い掛けるが返答はない。どういう意図か分かりかねた手下は、取り敢えずその手を注意深く観察する。丸腰とはいえ、相手は魔法戦士。あの手から魔法を繰り出すのかも知れないと考えると、自然に目は少年の手に行き、それだけを注視するようになる。


――故に。手下は気がつかなかった。自身の頭上に飛来する何かに。



「グェッ!?」



 ズズゥン、と重い物が落下した音に次いで潰されたカエルのような声が響く。何が起きたのか、音のした場所の隣にいた少女はゆっくりと首を回して確認をする。

 恐る恐る見たそこには、大斧に潰された手下の姿。ピクピク痙攣している事から取り敢えず生きているようだ。



「大丈夫? キミ、怪我はない?」



「え、ええ…。」



少年は相変わらずのニコニコ顔で聞いてくる。まるで何事もなかったかのように普通に。



「キミ、名前は?」



「…え? アイナ、だけど…。」



「僕はクリフ。よろしくね。」



 これが、クリフと私の最初の出会いだった。

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