とあるトレジャーハンター's
むかしむかし、ひとりの旅人がいました。
「ねえ、知ってるかい?」
旅人はどこかのまちの子供たちに、自分が旅してきたせかいの事をはなしてくれました。
「すごい世界があったんだよ」
それは、まるで物語に出てくるようなふしぎなせかいのおはなしでした。
人と機械とまほうがいいかんじに合わさった、そんなせかいのお話し。
それはとても素敵で、楽しくて、ワクワクとドキドキでいっぱいでした。
でも旅人は知りませんでした。
そのせかいは、とおいとおい昔に消えてしまっていたのです。
このお話しは、そんなせかいが消えてしまってしまった後の物語。
とてもとても小さな冒険で、とてもとても大きな物語。
ひとりの女の子とふたりの盗賊の物語。
プロローグ
この世界には人の知らない沢山の〈夢〉がある。
私は幼い頃からそうお母様教えられてきた。
そしていつしかその〈夢〉に私は強い憧れを抱くようになったのだ。
決められた檻の中で過ごすよりも、もっと広い世界へ行きたいとそう願っていた。
だから私はその〈安全な〉檻から抜け出した。
自分の足でその〈夢〉に出会いと思ったから。
………でも知らなかった。
世界には沢山の〈夢〉もあるけど、同じ位の〈危険〉も存在していたことを………。
でも、私は後悔しないよ。
だって〈夢〉はいつもそこにあるんだから。
この広い世界のどこかに私の求めている〈夢〉がきっと……。
******
「ロッジのバカー!だからあのスイッチは危ないって言ったのにー!」
「えーい喋ってる暇があったらサッサと走れ!」
「いやぁ失敗したね〜」
逃げる三人を追いかけるモノがいた。
ゴロゴロゴロゴロ………。
訂正、あった。
「いや〜潰される〜!」
「大丈夫だ!逃げてりゃ潰れん!」
「うわ〜ん!」
猛スピードで走る彼らを追いかけるモノの正体は直径2メートル位の大岩であった。
さっきから走りながら泣き叫んでいるのは15・6歳くらいの女の子である。
名前はエリィ・ロンド。
ブロンドの髪を三つ編みにして動きやすいレザーベストとショートスカートと言う格好をしている。
そして、彼女の泣き言にいちいち突っ込んでいるのは10歳くらいの子供であった。
名前はロッジ。
こちらも動きやすい服装をしており、腰のベルトに幾つものポーチが備え付けられている。
「あ、あそこの横穴に逃げられそうですね」
黒のフードを被った青年は先に見える横穴を示した。
彼の名はルーク。
年齢は20歳。暑そうな黒いローブを着込んでいる。背中には大きなショルダーバッグをぶら下げていた。
パンパンに膨らんでいるバックをぶら下げながら大したスピードで走っている。
「でかしたルーク!飛び込むぞ!」
三人は一斉に横穴に飛び込んだ。
後を追って転がってくる大岩が、そのすぐ後を通り過ぎて行く。
「………………あは、あはは」
「ふぅ…ギリギリセーフだったな」
「いやはや、スリリングでしたね〜」
エリィやロッジが息を着いているなか、ルークだけ平然としていた。
「お前……なんで平気なんだ」
「鍛えてますから」
ローブから細い腕を出して力瘤を作ってみせる。
「………あ、靴になんか着けてる」
エリィがルークの靴に着いていたモノに気が付いた。
見るとなにやらローラーのような車輪が着いている。
「あー!!ルークテメェ、自分だけズルしやがったな!」
「バレましたか」
「〈バレましたか〉じゃねぇ!俺にも寄越せ!」
「一人用しか作ってないんですよ」
「ルーク、〈作った〉って材料費は?」
「それなら貴女のサイフから……」
「え?」
エリィは腰に着いているポーチから革のサイフを取り出した。
取り口に小さいリボンが付けられている可愛いサイフだ。
ちなみにエリィの愛用でもある。
そんなサイフも手に持ってみると随分と軽い。
昨日はしっかりと重さはあったはずだ。
「まさか………」
恐る恐る中身を覗いてみる。
「あーっ!ほとんどカラッポじゃない!……えーん。大切な生活費が〜」
「お金なら大丈夫ですよ」
「………なんでよ?」
「俺達は盗賊だからだ」
「無くなれば盗れば良いんです」
ロッジとルークはさも当然とでも言うように、自信満々に答えた。
「それじゃ、ただのチンピラじゃない!」
「チンピラではない。俺達はちゃんとした盗賊だ」
「ドコが違うのよ」
「僕らは脅したりなんかしませんよ。………そもそも弱いし」
「自慢出来ないわね」
「故に騙し盗る」
ロッジは〈どうだ〉とでも言うようにエリィを見る。
「自慢する事じゃないでしょ!」
「……えーい、いちいち喧しいな」
「嫉妬深い女性は可愛いですよ」
「嫉妬じゃなーい!」
手をブンブンと振って抗議する。
「〈可愛い〉の部分は認めるんだな」
「ちゃっかりしてますね」
「うぬぬぬ………」
(はあ………なんで私はこんな連中に助けられたんだろ?)
エリィは彼らに出会った時の事を思い返した。
事の発端は港で起こった騒ぎである。
何でも密航者が出たと言うことで警備員たちが大騒ぎしていたのだ。
ちなみにその騒ぎの張本人が私なのだが。
家を飛び出して近くの港でキップを買って定期船に飛び乗ったまでは良いが、着いてからそのキップがニセモノだと分かり、密航者だと言われてしまったのだ。
家出してきた手前、堂々と名乗れずに四苦八苦していた所を彼らに救われた。
「ちょっと!だから私は密航じゃなくてちゃんとお金を払って乗ったの!」
「じゃあなんでニセモノのキップを持ってたんだ!?」
「だーかーらー、騙されたって言ってんでしょーが!」
「密航者は皆そう言うんだ」
「どんな密航者よソレ!」
「お前みたいな密航者だ」
「な……なんでよ!大体それは犯罪者用のセリフでしょ!?」
「当たってるじゃないか」
「あーもう!だから完全、絶対、確実に私は無実よ!断じて密航なんかしてないって!」
「しつこいやっちゃな」
警備員と私の言い合いで港には野次馬が集まっていた
いい加減こちらの言い分を聞いてくれれば良いものを、この警備員は頑として聞こうとしない。ここまでくると真面目を通り越してただの頑固者だ。
その内ハゲるぞ。
「とにかく、詳しい話しは守衛所で聞くから来なさい」
そう言って私の腕をガシッと掴んでくる。
「あのねぇ、私はさっきから詳しく説明しているでしょ!ただ話しを聞く気がないだけじゃない」
掴まれた腕を引き剥がし、警備員たちを睨み付ける。
互いに一歩も引かないピリピリとした空気の中で、場違いな程の子供の声が響きわたった。
「あの、このキップはドッペルマンのフェイク(偽物)じゃないのか?」
「なに?ドッペルマンだと」
その子供の声に警備員たちが敏感に反応した。
「ボウズ、そのキップがドッペルマンの作ったものだと言うのは本当か?」
「俺、前に同じキップを見た事があるよ。これはちょっと質が悪いけど間違いない」
少年は手に持った私のキップをヒラヒラさせながら答えた。
……………いや、それよりもなぜ証拠物件である筈の私のキップを、この少年が持っているのでしょう?
………管理が甘過ぎるぞ警備員。
〈ドッペルマン〉
最近、国中で色々な物のフェイクを作ってはあちこちにばら蒔いているインチキ商人のこと。
その正体は誰も知らず、各地に現れては消えるのでドッペルマン(偽物屋)と呼ばれている。
「むむ……ドッペルマンのフェイクでは仕方ないな。…………いいだろう、行っても良いぞ」
警備員の一人が私の拘束を緩める。その間を縫ってスルリと抜け出した。
う〜、どさくさに紛れて変なトコ触られてた気がする。
お尻とか、お尻とか、お尻とか。
……………いつかセクハラで訴えてやる。
手荷物を素早く回収すると「べーっだ!」と警備員たちに向かって舌をつきだす。
そのまま早足で港を出て行こうとするが、その途中でさっきの声の主を見つけた。
「あ!さっきの子だ」
野次馬に紛れるなか、我ながら良く見つけたものだ。
向こうも此方に気がついた様に顔を向けてきた。
「む……」
だが、すぐに顔を背けると逃げてしまった。
「…………あれ?なんで逃げるの?」
…………私なんかしたかな?
うーんと考えたが、思い当たらないので追いかける事にした。多分この町の子だろうし、ついでにあの噂の事も知っておきたい。
「ち、ちょっと待ってよ」
なんとか路地に入った所で掴まえた。
に……してもこの子すっごく足が早い。危うく見失うかもしれなかった。
「…………ちっ、足の早い女だな」
そう言って振り返った。
「さっきから何の用だ。追いかけられる覚えはないぞ」
一目で分かる程にご機嫌ナナメな顔をしている。だからだろうか、言葉遣いがナマイキっぽい。
ついでに目付きもワルい。
(…いや、目付きは関係ないか)
そう思い直して私は膝を曲げて少年と目の高さを合わせる。
「さっきはありがとう。おかげで助かったわ」
にっこりと微笑んで礼を言う。
相手の目を見て話す。これがコミュニケーションの基本だ。
「あ…………」
少年は目をパチクリさせている。
「?」
私もその反応に不思議そうに見つめかえす。
「べ………別に、大したことじゃなかったからな」
ちょっと顔を赤らめながらそっぽ向いて答えた。
……ふむ。なかなか可愛い反応だ。
「じ…じゃあな。俺も急いでるから」
そのまま逃げるように去って行こうとしたので、慌て呼び止めた。
「あ……待って待って!ねぇ、この町に〈ロッジ〉と〈ルーク〉って言う二人のトレジャーハンターがいるって聞いて来たんだけど何か知らない?」
その言葉を聞いて少年の足がピタッと止まる。
「〈ロッジ〉と〈ルーク〉………お前、アイツらを探してどうする気だ?」
お?いきなり有力情報ゲットか?
「彼らに会ってから話すわ」
少年はジーっと睨みながら私をみる。
「会うだけなら良いだろう。ついてきな」
少年はそのまま路地の奥へと歩いて行った。
…………どれだけ歩いただろう。すっかり路地裏の迷路に入り込んでしまって、気をつけなければ方角すら見失ってしまうかもしれない。
「ねぇ、あとどれくらいで着くの?」
………まさかこのままどこぞのチンピラ達に売り飛ばされて、あ〜んな事やこ〜んな事をされたりして…………ぶるぶる。
「なにやってるんだ?
少年が不思議そうに私を見る。
「…人買いイヤ、売り飛ばすイヤ………」
「……………だから何をやってるんだ?もう着いたぞ」
そう言って来たので私はハッと顔を上げる。
「はっ!奴隷売買場に着いた!?………アイタッ!」
何故か後頭部を少年に叩かれる。
「んな所に着くか!お前の目的地に着いたと言ったんだ!」
「…え?でもここって酒場じゃ…」
少年はそのまま酒場に入っていく。
「あ、あ、待って待って」
慌てその後を追いかけて私も酒場にはいった。
「……うわっ」
お店の中に入ってみると中々綺麗な酒場だった。
まあ、汚い酒場なら入りたくもないけどね。
それに結構お洒落な感じでGood。
「それで、どこにいるの?」
「目の前」
「え?」
正面にいるのは酒場のマスター。あれ?この人がトレジャーハンターさん?
「どこを見ている。下だ、下!」
「した?」
目線を下にずらす。うん、さっきの案内してくれた子がいる。
「俺がロッジだ」
「……………………………………………はい?」
この子が?
トレジャーハンターさん?
あれ?
「おーい、戻ってこーい」
遠くから少年の声がする。
「君が?」
「おう」
「トレジャーハンター?」
「そうだ」
「……ギャフン」
で、その酒場でもう一人の相方のルークさんを待つことになった。
…でも、もしかしてルークさんもちびっこだったりして………。
「……………THE・チルドレン」
「…………何を想像している」
少年…ロッジが半目で睨んでくる。
あー、あんまり怖くないかも。
待つこと30分、ローブを着た見るからに怪しい人が入ってきた。
肩からでっかいショルダーバッグをかけているけど、なんかボロボロっぽい。
「来たかルーク」
ロッジが軽く手を上げて手招きした。
「え!?あの人がルークさん?」
子供じゃなかった、残念。
「やあ、何かあったのかい?」
「客人らしいぞ」
「ほう」
二人でこっちを見る。
「ど、どうも…」
私はちょっと緊張気味に話し始めた。
「実は……リッシル遺跡にある水龍の指輪がどうしても必要なの」
リッシル遺跡とは、水難の都と言われる程の水害多発によって滅亡したとされる可哀想な国の遺跡だ。
その原因とされるのが、国宝とされていた水龍の指輪と言うマジックアイテムなんだけど、正直捨てちゃえば良かったものを何故か大事に持っていたが故のこの結果。
原因がわかっている危ないモノを後生大事に持ってるから、ヒドイ目にあうのだと言う事を教えてくれたのはラッキーかもしれない。
「また物騒なモノを欲しがるな」
その依頼にロッジが顔をしかめる。
「あれは扱いが難しくて手に入れても危険な代物ですよ」
「そのへんは大丈夫。ほら」
胸元にあるネックレスを見せる。
「「………………さみしい胸」です」
「どこ見てる!」
バッと慌てて胸を隠す。そして、ソーッと確かめる。
………………さみしくないやい。これでも、しっかり平均以上には育っているのだ。
これでさみしいとは………コイツらの規準は私より上なのですか?欲張りめ。
「…じゃなくてコレよ、コレ!」
ネックレスを外して付けられている宝石を見せる。
「これは…焔弧の緋石ですね」
ルークは手に取って確かめた。
「なるほど…水には火をって事か」
ロッジも納得した。
「火の魔力なら水の魔力を軽減出来るから持ってるの」
「うーん、しかし水龍の指輪なんて何に使うんです?」
「……いや…その…」
理由を聞かれると、ちょっと困るんだけど……。
「その………ゴニョゴニョ」
「聞こえないぞ」
「訳します。〈最近お通じが無いから、水龍の指輪でなんとかしようと…〉」
「なんつー理由だ」
「全然違うー!」
バン!と机を叩いて否定した。
今のはセクハラだ!絶っっ対セクハラだ!
「じゃあなんだ?」
………う。
「………げないの」
ぼそぼそと答える。
「は?」
「………………泳げないから、水龍の指輪でなんとかしようと………」
「「……………………………………………………はあ?」」
二人の声がハモる。
うう…恥ずかしいよう。
「………なんか、ルークの言ってる事に似てないか?」
「まあ、一応深刻………ですかね?」
「そうか?」
「深刻、深刻。でないとサマーに間に合わない」
私の説得に二人の視線がドスンドスン突き刺さる。
「……………お願いします」
頭を下げて懇願した。
絶対に手に入れないと、せっかく用意した水着がムダになる。スタイル保持(バストアップは諦めた)もこれ以上は限界だし、泳ぐ練習は面倒くさい。
だからコレにすがるしか無いのだ。
「……どうする?」
「……どうします?」
「……ダメ?」
涙目で訴えてみる。ウルウル。
「……………わかった、引き受けよう。ただし条件がある」
「なに?」
「お前も一緒に来い!んなつまらん理由で、俺ら二人の命が賭けられるか!」
「えー!?Σ( ̄Д ̄)」
……………とまあ、こんな訳で一緒に遺跡に来ているのだ。
今、私はニ枚の紙とにらめっこしている。
「……えーと、さっきこの道を左に曲がったから……んで右に行って…」
一枚は来る時に手に入れた簡単な遺跡の見取り図。
もう一枚が、遺跡に入ってからずっとマッピングをしていた手書きのマップなのだが、さっきのトラップで散々走り回ったから現在位置が分からなくなっているのだ。
「わかったか?」
「うう……たぶんこの辺だと思う」
私は見取り図の一画を差した。
自分が書いた地図と見比べた結果だからたぶん合っている………はず。
「…ふーむ、ルークどうだ?」
ロッジは地図を隣にいたルークに見せた。
「そうですね…………まあ、正しいと思いますよ」
ルークもうなずいた。
「となると、やっと半分か。トラップだらけの遺跡なんか久しぶりだぞ」
腰を深く落としてロッジが息をついた。
私も足下を確かめた後で座った。
……さすがに疲れた。
ここまで来るのに凄い数のトラップがあった。
その大半はロッジとルークが解除してくれた。でも仕掛けられたトラップにしては、なんて言うか………………セコい。
トラップその一〈びっくりドア〉
開けた瞬間、風船みたいなでっかい球が飛んできて開けた人間にぶつかってその人をふっ飛ばす。
でも風船みたいに柔らかい球だからぶつかってもノーダメージ。
被害があると言えば飛ばされて尻餅ついた時にお尻が痛かったくらい。
トラップその二〈トランポリン落とし穴〉
一見ただの落とし穴なんだけど、底の方がトランポリンになっていて落ちた人を跳ね飛ばす。
もちろんノーダメージだけど、跳ね上がった時に天井に頭をぶつけて結構効いた。
トラップその三〈ヌルヌル床〉
床一面に透明なローションみたいな液体が張ってあって、やたらと滑りやすい。
見事に転んで全身ヌルヌルになった。しかも下着まで濡れたから気持ち悪いったらありゃしない。
トラップその四〈くるりん橋〉
下が池になっている所にあった、乗って暫く経つとクルリと一回転する。
かなり綺麗な池だったから落ちても大したことなかったけど、しっかり全身ずぶ濡れになった。
すぐに乾かせたから風邪はひかないと思う。
「……しかしまあ、なんだな」
ロッジが私を見た。
「お前つまらん罠に引っ掛かりすぎだぞ」
………………ぎくり。
そうなのだ、危険なトラップはロッジたちが解除してくれたが、残った比較的安全なトラップに見事に私が引っ掛かったのだ。
「たしかに、中でもヌルヌル床とくるりん橋は見ものでしたね」
「ああ。かなり官能的な状態だったな。惜しいかな、カメラを持って来てなかったのが悔やまれる」
「…それ以上言わないで」
………あのー、泣いても良いですか?
もはや二言目にはセクハラ発言が飛び出る二人に、いい加減泣きたくなってきた。
「……設計士出てこいコノヤロー」
だれよ、こんなスケベなトラップを仕掛けたのは?
「まあ、いてももう死んでるだろ?」
…………………正解、しくしく。
「遊んでないでサッサと先に行くぞ」
遺跡の奥深くへ進むと遠くから水の音が聞こえてきた。
「……水?」
「どうやら地下水脈があるようですね」
音を聞いたルークはその正体をすぐに突き止めた。
「なるほど、この遺跡は地下水脈を利用して作られているようだな」
「水脈で動いてるの?」
「水のマジックアイテムを保管しているんだ、当然水関連の動力で遺跡を保持していても不思議じゃない」
「…なるほど」
たしかに、水の魔力があるのにそれを利用しない手はないよね。
「ついでに言えば、この先に仕掛けてあるトラップも更にランクアップしているかもしれん」
………なに?
「え、それってどういう事?」
「つまりここからが本番って事ですよ」
ルークも真剣な目で…………って言っても細目なのでなんとなくそんな感じで話を締めた。
私達はいよいよ遺跡の最深部へと向かったのだが……。
「開かないわね…」
「…だな」
いきなり躓いた。
今目の前にあるのは大きなヘビの絵が描かれている扉だった。
ところがこの扉、さっきから押しても引いても横に引っ張ってもびくともしない。
「なんなのよコレ?溶接でもされてるの?」
「………な訳あるか。コイツは多分〈封印〉だ」
「たぶん、このオーブが媒介でしょう」
見るとルークが壁に埋め込まれていた水晶のような珠を調べていた。
淡い青色の光を放つそのオーブはとても綺麗に見えた。
「へーこれがオーブなんだ。私は照明かと思ってたわ」
「おいおい…。それでルーク、解除出来そうか?」
「ん〜………………私には無理ですね」
ルークはあっさり手を上げて〈お手上げポーズ〉をする。
「え!?なんでよ」
これまで、数々のトラップを解除してきて魔法の封印くらいで根を上げるとは思ってなかった私は思わず聞き返してしまった。
それに対してルークは指を三本立てて答えてくれた。
「私が無理な理由は三つあります。一つ目はこの〈封印〉の解除呪文か道具を持っていない」
「二つ目は?」
「二つ目は媒介のオーブを壊して〈封印〉自体を破壊する方法ですが……見てください」
ハンマーを取り出すとオーブを叩き始めた。
ところがいくら力強く叩いてもオーブが割れるどころか、叩いた音すら聞こえてこない。
「え?」
「………見ての通り、衝撃を吸収する防御魔法が掛けてあるようで物理攻撃が効かないんです。おそらくナイフ等の刃物も同じ結果になるでしょうね」
「ずいぶんと念入りなこったな。で、最後の理由はなんだ?」
「魔法です。残った方法は掛けてある魔法と正反対の魔法をぶつければ壊せるはずです…………が」
「「が?」」
「私は魔法が使えません。元々発明が本職なもんで」
ルークは参った参ったと言うように頭の後ろをポリポリとかいた。
「…ダメじゃん」
「いや、手はある」
ロッジが私の胸元に目を向けた。
「エリィ、その火のマジックアイテムは使えないか?」
「なるほど、確かに貴女の持っている焔弧の緋石なら壊せるかもしれません」
「え?これ」
あわてて首飾りを外すと宝石を手に取る。
「コイツは元々強力なマジックアイテムでな、使いこなせればこの程度の防御魔法、オーブもろとも破壊する事が出来るだろう」
ロッジはオーブを指さしながら説明してくれた。
「なるほど。えっと…じゃあやってみる」
宝石を首飾りに戻し、首飾りのチェーンを右手に巻き付ける。
「これの魔法をぶつければ良いのよね」
「…ええ、まあ」
私はオーブの前に立ち軽くジャブをして呼吸を整える。
「おい…一応確認しておくが、魔法は使えるんだよな?」
「任せて。ちゃんとレクチャーは受けたわ」
「それにしては構えが…」
シュシュ!と左右の拳を連続して前に突き出す。うん、いい感じ。
(魔法を使う時の心構えその一。自分の想いをただまっすぐに前へ!そして…)
「想いを拳に乗せて、抉り込む様に打つべし!」
緋石が真っ赤に燃えて、炎の拳と化した右手がオーブに深く打ち込まれる。
「必殺!バーニング・ナッコォォ!」
ガシャァァン!
派手な音と共にオーブが粉々に砕け散って崩れていった。
「成敗!」
すぐに腕を引き抜いて構え直す。
決まった。
「「…………………………………………ウソだろ?」」
何故か二人が信じられないモノを見た風に表情が歪んでいた。
「どうかした?」
「…今のなんだ?」
「魔法」
「ウソつけ!明らかに殴ってたろ」
「だから魔法だって!魔法使いって、こうやって魔法を使うんでしょ?」
「いや、普通は魔法で殴らない……っーか打撃技じゃねぇから」
ロッジはあれこれと〈普通〉の魔法使いの事を教えてくれたが、私の教えてもらった魔法使いとは少し違っているようだ。
1.まず魔法使いは戦士では無いので拳で戦わない。
2.魔法を使う時には杖、もしくは指輪などのマジックアイテムを媒介にして、呪文を唱えて発動する。
3.一部の魔法を除き、ほとんどはかなりの精神力を消費するので、あまり魔法を多様する魔法使いはいない。
4.よほどの実力者でもない限り〈一応〉のレクチャーで魔法を使う者はまず存在しない。
との事らしい。
「と言うか、今の技は東洋の武術の〈拳闘〉でしょう?」
「そうなの?私は魔法と一緒に習っただけなんだけど」
ルークは今の構えが気になったらしいが、 この構えも魔法の先生に教えてもらった物の一つである。
「……とんだ隠し芸を持っていやがったな」
ロッジも頭を押さえて呆れた。
「まま、とにかく封印は壊れた訳だし先に行こうよ」
エリィは誤魔化すかのように、封印が解けて開く事が出来るようになった扉に手をかけて先を促した。
「誤魔化したな」
「そうですね……あと」
ルークは小声でロッジに囁く。
「……怒らせると怖いので気を付けましょうか」
「同感だ」
下手に怒らせて、地面に粉々になったオーブのようにはなりたくは無いと二人は心の奥底で思った。
「うわぁ…」
扉を抜けてすぐに広がっていたのは、床一面を水色のタイルで統一されたホールだった。
それは床だけでなく壁や天井までも水色になっていてまるで水の中にいるかのように思ってしまう。
「綺麗な部屋ね」
「…にしても明るいな」
ロッジは入ってすぐに持っていたランタンの火を落とした。
「ロッジ、この天井には〈日光石〉の粉末らしき物が塗りこまれているようですよ」
「日光石?」
「地中にあっても太陽と同じように光ったり消えたりする特殊な鉱石の事だ」
「ちなみに、かなりの稀少鉱石だったりします」
「マジで?」
「マジで」
何故か知らないけど、私には綺麗な水色の天井がお金色の天井に見えてしまった。
「眼の色が変わってるぞ」
ギクッ。
「そ、そんな事ナイヨ?」
「声が裏返ってますね」
ホールを抜けた先は何かを奉った祭壇になっていた。
「トラップが無いね」
「期待してたのか?」
「ノーノー、期待して無いって」
扉を開けてホールを抜けて、ここまで一つもトラップがなかった事に気を抜かしながら祭壇に近付こうとしたらロッジが面白そうにこんな事を言ってくれた。
「こう言う時は祭壇にトラップが仕掛けられているのが定石だぜ」
「うぉっと!」
ちょうど祭壇に触ろうとしたけど、その言葉に慌て後ろに下がった。
「……お先にどうぞ」
「そりゃ無理だな」
「なんでよ」
エリィが祭壇を降りようとした瞬間に足元から大量の水が吹き上がってきて行く道を遮ってしまう。
「ひゃあ!?」
びっくりして慌て祭壇まで引き返した所で水の噴射が止んでくれた。
「……ど、どうなってるのよコレ?」
これではロッジたちの所に戻れない…と言うかコレはまさか……………。
「どうやら最初に入った者以外は受付ない仕掛けのようだな」
「ええ!」
「どうやらコレがトラップの様ですね。いやぁ近付かなくて正解でした」
ロッジとルークが安心したようにエリィを見る。
けど、そんなに落ち着いている状況じゃないと思うんだけど…。
「ちょっと、なんとかしてよ!」
「「無理」」
二人仲良く答えがハモる。
「とりあえず祭壇を調べてみたらどうですか?解除する方法が見つかるかも知れませんし」
「…そんな〜」
あっさり見捨てられて方を落としながら祭壇の方に向かって歩いていく。
祭壇は扉と同じ紋様が彫られていて真ん中に大きな丸い玉が置かれていた。
「…なにコレ?オーブ…じゃなくて卵かしら?」
よく見るとその卵の周りを幾重もの鎖で固定されていて、留め具の代わりだろうか蒼い石が光る指輪が取り付けられていた。
「指輪?でもコレはまさか…」
その指輪に何故か見覚えがあって必死に思い出してみる。
「うーん……そうよ、この指輪は〈水龍の指輪〉だわ!図鑑に書いてあった通りの蒼い石だから間違いない」
目の前の指輪が目的の物だとわかった所でまた考え込んだ。
「どうやって取ろう?」
見つけたまでは良かったが、肝心の指輪は鎖と一緒になっているので鎖を解くなりしなければ手に入らない事になる。
とりあえず触って調べようと手を伸ばしたその時、
ベキ!
「へ?」
触れようとした鎖がバラバラに切れてしまった。
ガシャガシャと音を立てて 卵の周りに指輪と共に散らばってしまう。
「切れちゃった…。ま、とにかくラッキー」
私は理由はわからないままに落ちた指輪を拾ったが……。
「わきゃ!?……ウソ、光ってる」
エリィが触れたと同時に、指輪に嵌め込まれている石が青く輝きだした。
それに呼応したのか鎖が巻き付いていた卵まで同じような光を放って震えだす。
「ええ!?なに!今度は何なのよー!」
次から次へと起こる怪奇現象みたいな出来事に半分パニック状態になってしまうエリィだが、なんとか自制しようと心を落ち着ける呪文(?)のようなものを唱えだした。
「うわーん!アーメン、ソーメン、ナンマイダー!」
「みゅう」
「……みゅう?」
ロッジたちは祭壇から離れて事の成り行きをみている。
「えらく騒がしいな」
「ですね」 さっきから祭壇の周りでキャーキャーと騒いでいるエリィを見た感想だった。
「あの様子なら大丈夫だな」
「ですね。ところでさっきの奇声はなんでしょうね?」
「…奇声?ああ、〈アーメン、ソーメン、ナンマイダー!〉の事か。確かに意味がわからん」
「ですね」
エリィが見たものは突然卵にヒビが入ったのと、そこから聞こえてくる謎の鳴き声だった。
「なに?今の〈みゅう〉ってかわいい鳴き声は」
そーっと卵を覗いてみる。
「みゅう」
…………目が合った。卵の殻が少し落ちてその隙間から何者かの眼がこちらを覗いていたのだ。
(…うわっ、おもいっきり私を見てるし)
そんな風に見ていると、内側から器用に殻を壊して中の生き物がよたよたしながら這い出てきた。
「…なに、子犬かしら?」
全身を白いふわふわした毛で覆われていて、丸まった尻尾は先端が少し黒くなっている。
「かわいい〜♪」
思わず手が伸びて抱きしめてしまう。
「みゅっみゅっ」
子犬も嬉しそうに背中の小さな羽をパタパタ動かして、大きな空色の眼をクリクリと動かして………………羽?
犬に羽なんか生えてたっけ?よく見ると頭にこれまた小さな二本角まで生えている。
「あれ?」
「みゅう」
「この子もしかして……ドラゴン?」
「みゅう♪」
ペロペロ。
しきりに私の頬っぺたを舐めてくれる仕草は、たまらなく可愛いのだ。もうこの際ドラゴンでも全然OK。サイコー♪
ハグハグ。
「みゅう♪」
ハグハグハグハグ。
「みゅうみゅう♪」
ハグハグハグハグハグ。
「みゅうみゅうみゅう♪」
ハグハ………………はっ。
可愛いから抱きしめてハグハグじゃなくて、目的の指輪は手に入ったし早くここから出ないと。
私はちびっこドラゴンを抱えながら、祭壇からロッジたちの所まで歩いていった。
不思議とさっきの大量の水は吹き出さず、すんなりと戻ってこれた。
良かった良かった。 散々騒いで戻ってきたエリィをロッジたちは呆れた顔で出迎えた。
「……なにを連れて来たんだよ」
「なにって、おチビのドラゴンちゃんだけど?」
「みゅう♪」
「………目的は指輪じゃなかったのか?」
「ちゃんと指輪もありますよーだ」
エリィがどうだ!と言わんばかりに手に入れた水龍の指輪を見せる。
「良く手に入りましたね」
ルークは指輪をエリィから借りてしげしげと観察を始めた。
「うん、じつはね………」
エリィはさっきの祭壇での出来事を話した。
「……なんだって?」
「……そんなバカな」
話を聞いた二人の反応がコレだった。
………失礼な。
「いやいや、今のは普通の反応だぞ」
「そんな例を聞いたのは初めてですよ。近づいただけで卵の封印が外れて、オマケに祭壇の周りの仕掛けまで解除されているなんて…少し異常な出来事です」
「…………そこまで言うか」
思いっきりだめ押しされて少し凹む。
「まあ、その辺は気にしないでおきましょう。何はともあれ目的の物は見つかったので依頼完了としましょう」
そんな姿にルークがフォローするように言ってくれた。
「だな…。そういやまだ聞いてなかったが、この仕事の報酬はどの程度貰えるんだ?」
「報酬?えへへ、報酬はね………♪」
エリィの顔が面白そうに笑みをつくる。
……………………………。
「驚いたな」
「驚きましたね。びっくりです」
ロッジとルークの真上には眩しい太陽が輝いている。足元は白い砂浜になっていて太陽の照り返しが熱い。
そして目の前には青い海が広がっていた。
今の二人の姿は、パラソルの影に隠れているがアロハシャツで南国的ファッションの格好をしていた。
「良く考えたら、名前で気付くべきだったな」
「そうですね。彼女…エリィ・ロンドが、あの世界的に有名な〈ロンド財団〉の会長クロウ・ロンドの一人娘だとは夢にも思いませんでしたよ」
「たしかに……」
〈ロンド財団〉
世界中で幅広い事業を統括している超巨大企業であり、その総資産は一国の国家予算に匹敵すると言われている。
実際幾つもの王族や貴族などの顧客も多く、その影響力は国家にまで及ぼすらしい。
さらに財団の歴史も古く表、裏社会問わずその根を広げていると言う噂は、もっぱら有名だ。
「…とんでもないお嬢様に引っ掛かったな」
「まあまあ、おかげで破格の報酬に加えてリゾート地にまで招待してくれたんですから、愚痴は言わないでおきましょう」
「そうだな」
二人はそう言いながら日光浴へと戻って行った。
「みゅうみゅう♪」
「それー!」
砂浜で水しぶきを上げながらエリィとちびっこドラゴンが元気に遊んでいた。
「楽しいねー、ミュウ♪」
「みゅう♪」
ミュウと名付けられたドラゴンは、水の中を入っては跳ねて入っては跳ねてエリィの周りをぐるぐると泳いでいる。
「ロッジたちもおいでよー!」
浜辺にいるロッジたちに声をかけてみたが返ってきた答えが……。
「NO!」
コレだった。
「ノリ悪いなー。ねえミュウ、ちょっとイタズラしちゃおっか?」
「みゅう?」
私はミュウの耳元でヒソヒソと呟いた。
「は〜太陽がまぶしいぜ」
ロッジが日光浴を楽しんでいた時だった。
突然空が暗くなった。
「ん?」
「…え?」
身体を起こしてすぐに視界に入った物は………。
〈波〉、だった。ただし4M程ある大波……と言うか〈津波〉が迫ってきたのだ。
「…ウソだろ?」
「…ウソでしょう?」
それが二人の最後の言葉だった。
「……うわーひがいじんだいだねこりゃ」
「みゅう」
エリィはミュウを抱いたまま波の引いた浜辺で事の様子を見ていた。
ミュウにはイタズラに二人にでっかい水をかけて貰おうと頼んだだけなのだが………。
「…まさか津波になっちゃうとはエリィちゃんびっくり」
「ほぉ……………………言いたい事はそれだけか?」
声のする方を見てみると、白いボールのような物に二人がしがみついて沖に浮かんでいた。
「…死ぬかと思いました。良かったですよ、この〈ホワイトクッション〉を作っておいて」
「ああ、浮き輪代わりになったしな」
「………あのー元気?」
エリィは恐る恐る聞いてみたが、ギロリと睨まれて押し黙る。
「………殺す気か」
「…ごめんなさい」
私は素直に謝った。
「ついでに助けて下さい。……私は泳げないので」
ルークもしがみつきながら必死に手を振っていたので、エリィは慌て近くのボートまで走って行くのだった。
………………。
浜辺になんとも言えない空気が立ち込める。
「ごめんなさい…」
「みゅう…」
エリィとミュウがもう一度二人に謝る。
「それはもういい。それより、さっきの津波はそのバカチビ竜の仕業か」
「…うわっ、チビの上にバカまで付けられた!」
「み、みゅう!?」
ロッジの言葉に二人(?)揃って驚く。
「…ショボーン」
「…みゅうー」
そして同時に悄気る 。
「…なんで息がぴったりなんだよ?」
「ですね…」
無意味に息の合った反応をするのを見て、ロッジは頭を押さえて唸った。
ルークも苦笑いを浮かべる。
「で、どうなんだ?」
もう一度エリィに聞く。
「まあ、あの波はミュウちゃんのせいだけど…別に悪気があってやった訳じゃないよ?」
「悪気があったら恨まれる理由としてロッジがイタズラしたと、そんな所ですか?」
「待てコラ…ルーク、変な冤罪を勝手に着せるな」
「では許可を取って…」
「却下」
目を合わせずにボケとツッコミを交わすやり取りは流石である。
「ったく……まあ、別に怒った訳ではない」
「そうですね」
「え?」
ロッジの言い様にエリィは首を傾げた。
てっきり怒鳴り散らしてくるものと思っていたからだ。
「仕事は終わり、報酬も戴いた。お前とはこれでサヨナラって事だよ」
「え?え?え?」
「報酬にしては少し豪華な気もしましたが、私達も職業柄のんびり出来る方では無いので」
ロッジはきっぱりと、ルークは申し訳なさそうに言って立ち上がる。
そんな二人の言葉が理解できないエリィが慌てて聞き返した。
「ちょっと待ってよ。もしかしてしなくても怒ってる?そりゃ、やり過ぎたと思っているけど……」
「だから怒ってないっちゅーに。誤解のないように言っておくが、俺達は元々雇われ者だ。確かにお前の感謝している気持ちはわからなくもない」
「でもそれに甘える事は出来ないのですよ。私達は盗賊。お宝を探して旅をするのが当たり前」
「それを止めたら只のチンピラに成り下がる」
「だから報酬を貰ったらサヨナラ」
「それが俺達の業界の暗黙のルールだ」
口々に出される二人の言葉はエリィの胸に重くのし掛かった。
「じゃあなエリィ、短い間だったが楽しかったぜ」
「バカンスを楽しませてくれて、ありがとうございました」
気がした。
立ち去ろうとする二人に向かってエリィは一言だけ伝える。
それは万人の足を止める事が出来る力を持った、ある特定な人物達が使える魔法の言葉。
「では、毎度ありがとう御座いました」
「「え?」」
ロッジとルークが同時に足を止める。
「それではお二方の飲食代の清算をさせて頂きます。ミュウ」
「みゅう」
エリィが挙げた右手にミュウが何処から持ってきたのか、一枚のクリップボードを渡す。
「お…おい、一体なにを言って――」
「どうぞ」
エリィがそのクリップボードをロッジに手渡す。
そこにはこう書かれていた。
ホテル飲食代及びビーチレンタル代代金請求書
「……………………」
「…………………………………」
二人の目線がボード上の紙に固定されて、同時に動きも停止する。
「「は?」」
エリィにはその言葉の意味が伝わってくる気がした。
恐らくは二人の頭の中にはこの言葉で埋め尽くされている事だろう。
な ん だ こ の 金 額 は?
それは私達がバカンスの宿泊に使用したホテルの飲食代と、たった今まで遊んでいたこのプライベートビーチの使用代金の請求額だった。
ただしこの中に宿泊費は含まれていない。
その辺は報酬の一部としてエリィ個人が負担したからだ。
ちなみに負担したホテル代は今二人が見ている金額の軽く五倍はする。
この請求書はあくまで二人が宿泊以外で使用した額と、別途請求に扱いになるホテル所有以外のプライベートビーチの使用料金である。
実は前者はともかく、後者に関してはロッジとルークがワガママ言ったから発生した物だ。
………。
「ねぇ、ホテルのビーチには行かないの?」
「やだ。人が多すぎて面倒」
「同意見です」
「あのね………この時期に人のいないビーチなんて、プライベートビーチくらいしか無いわよ」
「よしそこに行こう」
「行きましょうか」
で、今に至る。
(そんなに固まる金額かなぁ?……まあ、二人ならあり得るか)
固まっている二人を見てエリィは疑問しながら納得した。
彼らが見ている請求金額は決して安くはないが、特別高くもない。
少なくとも相場通りの料金で、二人なら貰った報酬であっさり支払える金額の筈である。
ただし…………その報酬が残って無ければまともに支払えない金額でもある。
浪費癖のある二人にその金額が残っているかどうかは、顔を見れば一目瞭然だろう。
「「…………………………………………………………」」
うん、残ってない表情をしている。
そう簡単には使いきれない額の報酬だったはずだが、それがこの様では大したものであろう。
見事に青ざめた顔色をしている二人の脳内が今どうなっているのかは正直想像したくない。
「どうしますか?」
「どうするって……これは報酬の内から差っ引かれないのか?」
「無理よ。だってこれが発生したのは私が報酬を支払った後だもん」
二人には悪いがこれでも商家の娘としては譲れない。
私個人では同じ額でもポケットマネーで十分支払えるが、いくら可能でも不可能な相談だ。
仮にも商人の端くれとして、契約の終了した後で発生した代金を肩代わりする事は出来ない。
さっきの二人ではないが、商人がその一線を越えてしまったらもうその人は商人ではない。
「…本当に残ってないの?」
コクリと頷かれた。
本当に洒落にならない。
仕方ない。
本当に仕方ない。
それでも私は商人の娘だ。
この一線は絶対に譲れない。
「ミュウ、紙とペンを持ってきて」
「みゅみゅっ!」
すぐにミュウが持ってきてくれた白紙の紙にペンを走らせる。
私は一人の商人として一線は譲れない。
だから譲れないやり方をする。
「二人とも選んで。この紙にサインするかしないか」
今書いたのは短い一文。
契約書
ただしそれ以外は何も書かれていない。
ただの白紙の契約書だ。
でも一番怖い契約書である事は二人にはすぐ理解できただろう。
ここに後から書いた文章が正式に契約として効力を発揮する。
それが如何なる内容であっても、法律に触らない事ならば。
「……………随分とエグい選択肢だな」
ロッジの私を見る目が歪む。
「別に私はどうこう言う気は無いわよ。選ぶのロッジ達だもん」
「ここで逃げれば犯罪者ですか…」
「だが踏み入れば只では済まない……だろ?」
「それは彼女の裁量次第ですがね」
ロッジとルークの視線が交じり合う。
「良いだろう、書いてやるよ」
「乗りましょう」
二人はペンを取って署名した。
これで契約は成立した。
「それじゃ決まりね。契約履行の代わりにここの代金は私が持ってあげる」
二人から請求書のあるボードを取ると署名欄に自分の名前を書いておく。
これで支払い請求は私の方にくる訳だ。
「んっふっふっふ〜♪それじゃなーにしてもらおっかな〜?」
「……………………今、ものすごく後悔した」
「……………取り返しますか?」
「賛成」
めでたく契約書にサインしてもらい気分爛々な私に対して、ロッジとルークの目がギロリと光った。 ……やばい、調子にのっちゃった。
「ミュウ!」
素早く手に持っていた契約書をミュウに渡してこの危険空域から退避させる。
「まてっ!」
「みゅう!」←そっぽ向く
「渡しなさい!」
「みゅう!」←逃げる
「逃げるな!」
「みゅみゅう!」←ヤダ!
「待ちなさい!」
「みっみゅ〜!」←あっかんべー
なんとも器用に逃げ回るミュウを二人が必死の形相で追いかけて行った。
そして完全に遠くへ行ったのを確認すると残っていたボードに目をやる。
「上手くいったわ。ありがとミュウ」
そこにあったのは先程ロッジとルークが署名した契約書の紙が置かれていた。
実はエリィがミュウに渡す際に素早く控え用の別紙にすり替えていたのだ。
「それでは今の内に書かせてもらいます」
二人が戻ってこない内に新しい契約内容を書いてしまおうとエリィはペンを走らせる。
「ぜー…はー…ぜー…はー…」
「死――――――――……ん」
結局、逃げ回るミュウに追いつく事が出来ずにとぼとぼと二人が戻ってきたのは夕暮れ間近に迫った頃だった。
ロッジはともかくルークに至っては意識の半分以上が向こう側の世界に逝ってしまっている。
ちなみに当のミュウはエリィの膝元でのんびり眠っている。
見事に逃げ切って書類を無事に返してくれるとは、本当にいい子だ。
「いいこいいこ」
「みゅう…」
頭を撫でてやると気持ち良さそうに鳴いてくれた。
ああ………本当にいい子。
「やってくれたな…(怒)」
「てへっ♪やっちゃった」
ロッジの視線が痛いがあえて無視する。
「で、なんて書いた」
「はいどうぞ」
二人に書いた契約の内容を見せた。
先に言っておくけど私は悪徳商人みたいな卑怯な事はキライだ。
雇用契約証書
ロッジ、ルークの両名をエリィ・ロンド専属の仕入れ業者として雇用するものとする。
また、双方共に何らの損害が発生した場合はこの契約を破棄できるものとする。
エリィ・ロンド
「‥‥‥‥これだけか?」
「これだけよ。だいたいあれだけの時間で他に考えつかないもの」
「エリィ専属の仕入れ業者って‥‥‥私達はトレ――」
「だから仕入れでしょ?」
「いや、話が繋がらねえよ」
「だからトレジャーハントした宝物を私が正規のルートで売るの。大丈夫よ、その辺はコネがあるから」
「いやだから―――」
「もちろん給与は出すわよ」
「だから!なんでそんな話になるんだよ!おかしいだろ!そもそも―――」
「そもそもロッジ達がいきなりお別れとか言い出したからでしょ?」
ここまで言われてやっとロッジが押し黙った。
「さっきまでの急な展開にしたのは悪かったと思ってるわよ。でも元はと言えばいきなりサヨナラしようとしたからこうしたんじゃない」
「は?」
「実はこの話は今日の夜にでもしようとしたのよ。もちろんさっきよりも、もっと詳細な内容でね」
そうなのだ。少なくとも最初からこんな強行軍みたいなやり方をするつもりは無かった。
ちゃんと順序を組んで話すつもりでいたのに‥‥この男達は。
「まあ、過去はどうでもいいわ。それともこのまま契約蹴っ飛ばして犯罪者になる?」
「鬼だ………」
「悪魔だ……」
「鬼女だ……」
「悪女だ……」
――――ピキ
「‥‥‥‥‥契約破棄るわよ?(怒)」
持っていた契約書が変な感じに折り曲がっていくのを見て二人の顔が一気に青ざめた。
「―――!!!わかった!その契約でいい!だから折るな!曲げるな!やぶくなー!」
この場で破棄される事の意味がわかっているらしく慌てエリィを止めに入る。
と言うか、わかってるなら言わないで欲しい。
「‥‥‥一つ聞いても良いですか?」
おもむろにルークが尋ねてきた。なんだろ?
「いったい何時私達を雇おうと決めていたのですか?」
「うーん…もしかして知らないの?あの噂」
「噂?」
「あなた達って、実は私達の間ではメチャメチャ有名人なのよ。世界一の遺跡荒らしコンビってね」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あー」」
心当たりあるんかい。
「で?」
「つまる所、商売仇になるのよ」
‥‥‥‥こらこら、その面倒な人を見る目はやめい。
「ついでに言えば私は家出の真っ最中よ」
「そうなのか」
「そうよ」
「そうか――――………いや待て待て何だって?」