ん?拳で語り合えば一瞬? ふっ 確かに。 やらないけどね。 触れたくもないし。穢れる。
「感極まるといきなり歌われるのは、・・・ちょっとつらい ~目の前で繰り広げられた第三王子の婚約破棄~」のユリスモール・バイハイン生徒会長視点のお話です。
出席者もだいぶそろい、創立記念のパーティーがあと20分ほどで始まろうとしている時、いきなり姉の婚約者で生徒会役員にもなれなかった第三王子が、腕にピンク女をぶら下げて婚約破棄を言い出した。それもくだらない冤罪を着せ掛けて。
この婚約だって、姉がまだ五歳の時に姉に一目惚れした第三王子から強く申し込まれて、いやいや結んだものだ。当家としてはこんな婚約はいらない。殿下は王子妃教育に通う姉の評価が上がるほど、勝手にコンプレックスを募らせて姉を疎むようになっていった。
王子の隣で下品にシナを作っているのはナイトキャッスル家の庶子で、ある意味有名人でもある。次々と貴族子息を(噂によるとカラダで)籠絡して婚約を壊しているというピンキー嬢だ。先代の男爵は元はただの騎士で、王城の警護の任についていた深夜に何人もの賊を捕らえて、姫君を救った大活躍によって爵位を賜わったと聞く。授爵した途端に英雄でもあるかのように振る舞いはじめ、次々と女性に手を出し、糟糠の妻だった奥方に離縁されたことも有名だ。血は争えないとはこのことか。
姉を庇って、アホ殿下・ビッチペアに正論で対抗している時、聞きたくもない殿下の世迷言を聞き流していたら、ふと耳に届いた小さな愛らしい声は、
「歌うかわりに拳で語り合われれば、一瞬で解決しますのに」
というものだった。
ふ、確かに、と思って声のする方を見ると、そこにいたのはゆるくウェーブしたキラキラの金の髪をハーフアップにした愛らしい少女だった。目がバッチリ合って、心臓が跳ねた。隣にいる母君と思しき方に嗜められたらしく、しゅんとしている。あれは、オスカー・アシュフォードがいつもデレデレになって自慢している妹君ではないか。
我ら生徒会役員は直接紹介されたわけではない。僕らは仕事に忙殺されて癒しを求める時がある。そんな時、オスカーは「シェリー!シェリー!シェリル成分が足りん!」
と、壊れ出す。
大抵はみんな呆れて、放置一択だが、ある時、壊れかけのオスカーがめんどうになっていたら、二階の窓から見えるところを、友人と楽しそうにおしゃべりしながらシェリル嬢が通るのが目に入った。「おい、オスカー、行ってこい」と言い終わるのを待たずにヤツは飛び出して行った。役員全員で窓に齧り付いて見物したのは言うまでもない。
走り出たオスカーは妹君に呼びかけた。
シェリル嬢はびっくりしたように目を見開くと笑顔で友人に断りを入れ、小走りで兄の元に来る。小柄な彼女の兄に向ける笑顔はほんとうに愛らしくて、そんな笑みを向けられる奴が羨ましい。オスカーが何か言うとにっこり笑って背伸びして彼の肩に触れた。 すると彼はすこしかがんで、なんとその頭をシェリル嬢が優しく撫で始めたのだ。彼はうっとりと妹君の手の温もりを堪能しているようだった。
しばらくそうしていたシェリル嬢は、撫でていた手でそっとオスカーの両手を包んで、屈むのをやめるように促すと、背をまっすぐにした彼を見上げてこぼれるような笑顔で何かを言って、小さく手を振るとご友人の元に帰って行った。
すっかり元気になって戻ってきたオスカーに皆が口々に言う。
「くそ、羨ましいぞ」と、ハロルド。
「俺もヨシヨシされたい」とエリック。
「どなたかと婚約されていますか?」
おずおずと問いかけたのは、最年少のアルバート。
「シェリルは誰にもやらん。デビュタントもまだまだ先だし、見合いとか絶対申し込んでくるなよ」と睨みを効かせるオスカー。
話の通じないアホどもに辟易としながらそんなことを思い出していた。
僕も一瞬で解決は同感だ。けれど、あいつらには触れたくもない。この手が穢れそうで。ああ、考えただけでゾッとする。僕には正論で殴る方が、性に合っている。
彼女のためにもこの無駄な話し合いはさっさと終わらせようと決意を固めた時、開会予定時刻になり、来賓でお呼びしていた前生徒会長の第二王子殿下が入場された。
本来なら、僕が学園長室まで来賓をお迎えに行く予定だったのだが。
会場の様子から異変を察知された殿下の機転により、見事僕たちの勝利でこの話し合いは終わった。
話し合いの決着と同時に、壇上に上がられた国王陛下から、日を改めて特別に王城で学園の創立記念パーティーを開催するという今回のお詫びの提案がなされ、成り行きを見守っていた参加者は大いに喜んでいた。
今日のところは終了ということで、主催の生徒会代表として終了の挨拶をした。
せっかく用意した食事や飲み物がもったいないので、立食交流会にすることにして、その後は自由参加とした。
ほっとしつつ、ちらりと目をやれば、シェリル嬢は家族と出口に向かうところだった。
あの時、シェリルは誰にもやらんと息巻いていたオスカーは、先月ちゃっかり婚約している。もう僕が正式に申し込んだら断れないだろう。そうと決めたらやることは一つ。あとのことはほかの生徒会メンバーに頼んで、姉上とともに帰宅した。帰ったら、早速父上に今日の報告とともに願い出て、婚約の意思を認めてもらう。父上も姉上が招待していたので、状況はわかっているはずだ。
先ほどのシェリル嬢のことは僕にしかわからないと思うけれど。思い出すだけで笑みがこぼれる。そんな僕を、姉上が面白そうに見ている。その顔色はすこぶる良い。長年の婚約者のアホに対応し続けてきたストレスがすっかり吹き飛んさっぱりしているのだろう。父上も母上も上機嫌だ。今夜は祝杯だろう。そして父上の許可が出次第、婚約の申し込みのためにアシュフォード家を訪ねて、シェリル嬢の意向を確認するのだ。もし彼女が良しとしてくれるなら、正式にアシュフォード侯爵に打診する。誰にも先を越されたくない。
彼女は受け入れてくれるだろうか。
こうと決めたら、断固行動が僕のモットーだ。
シェリル嬢、待っていてくれ。そしてどうかうんと言って。




