13、 コーンスープで酔う
俺は、クーラーボックスのふたを開けた。
中には今晩と明日の朝の分の食材が入っている。
明日の朝のことは考えなければ、二人で食べるにはちょうどいいだろう。
俺は小型のコンロに火を着け、クッカーセットの中からフライパンを取り出して乗せた。
そこに軽く油をひき、前日から塩コショウとハーブソルトで味を付けておいた鳥のモモ肉を入れる。
ハーブソルト、マジ便利。
これがあれば、なんかこう悩まなくても味が決まるからな。
(でも、ホシコに食べさせるんだったらもっとちゃんと料理勉強するか?)
などと考えていると、すぐにジュージューといい音をたて、食欲をそそる香ばしい匂いがただよってきた。
うん、皮がこんがりパリパリに焼けて旨そうになってきたな。
俺は頃合いを見てトングで裏返す。
しっかり焼けたら切り分けて、皿は余計には持ってきていないが、クッカーのフライパンを皿代わりにすればいい。
むしろその方が美味しそうだ。
そこに炙った薄切りのフランスパンを添え、顆粒のコーンスープに沸かしたお湯を注げば出来上がりだ。
「簡単なもので悪いけど、まあ、もさもさのクッキーよりは腹の足しにはなるよな?」
「え、鶏肉の香草焼きとバゲットとスープまで?」
「スープっていっても、お湯差しただけだよ」
「え、ちょっとまって、大地君の『料理できる』ってこのレベルなの? すごすぎるんだけど……」
「そうか? 鶏だって焼いただけだぞ? まあ、味はまずくはないと思うけど……」
期待されすぎて、がっかりされたらどうしようと、俺の声は小さくなる。
「すごいおいしそう! いただきます」
すかさずホシコはそう言うと、大きな口でパクリとチキンを食べ目を見開く。
「んーっ! なにこれ、おいひすぎる!」
ほふほふと頬張りながらしゃべっているので、活舌が悪い。
(よかった~)
俺はホッと胸をなでおろす。
俺も確認のために、フランスパンにチキンを挟んで食べてみた。
うん、いつもと同じ味だ。
しばし、もぐもぐと二人で食べ続ける。
「大地くんはさ、何でもできるんだね」
「勉強以外は、ぼちぼちな」
「ずるい。料理も勝てる気がしない……。お腹いっぱいになって元気になるかと思ったけど、これはヘコムわぁ。立ち直れないよぉ。
この憎っくき料理男子め!」
「ええーっ。そこマイナスポイントなのか!?」
ホシコが頬を膨らましてジト目で睨んでくる。
うっ、そんな顔もかわいいんだが、ホシコの料理の腕前を知らない以上、下手になぐさめても白々しいし、俺はどうしたらいいんだ!?
おろおろとどうなだめていいか思案していると、ホシコがホシコメモを握りしめながらハラハラと泣き始めた。
「私は料理あんまりできないし、星座の相性もイマイチだし、メガネ女子でもないし、全然、大地君の好みじゃないだろうけど……」
なんだか様子がおかしいけど、まさかコーンスープで酔ったのか!?
それとも、俺はまた何かやらかしたのか!?
「ホシコ、落ち着けな? 俺がなんかやったなら謝るから……」
「ちがうの! 私は大地君のことが好きなの!」
――― !?
な、なんだと?
俺の聞き間違いか??
俺もコーンスープで酔ってしまったのか???
夢でも見ているのかと目を擦り、再びホシコを見れば、言ってしまったとハッとした様子で口元を抑えこちらを見ていた。
「ホシコ、今のは俺の聞き間違いか……?」
ホシコは首を横に振った。
そして、小さくため息を吐くと観念したようにぽつりぽつりと話し出した。
「もうちょっと、大地君の好みの女の子をリサーチしてからと思ってたんだけど、もう5年も片想いしてたんだから、いいか……」
ホシコはホシコメモをパラパラとめくった。
あのメモ帳は、俺のことを書いてくれていたのか?
そういえば、星座案内の中に妙な質問がいくつかあったような……?
オルフェウスの冥界下りとか、BLがどうとか、アストレイアとデーメテールのどちらが好きかとか……。
俺の情報を収集していたのか!?
ホシコが俺のことを好きなんて、そんな幸運なことあるわけないだろう??
聞き違いとか、言い間違いっていうオチなんじゃないのか!?
誰かが森から『どっきり大成功!』とか出て来るんじゃないのか!?
状況が呑み込めず挙動不審になる俺に、ホシコは言葉を続ける。
「こっそり大地君の好みを調べて、そういう女の子になれたら告白しようと思ってたんだけど……。
なんだかこのままじゃ、どんどん差が広がりそうな気がしてきて、焦っちゃったみたい。
今日、告白するつもりなかったのに……。おかしいなぁ」
ホシコは泣きそうな顔をしながら、風が吹いたら吹き飛びそうな笑顔を作った。
「急にごめんね、困らせて。また夏休み明けから、気まずいよね」
「そんなことは……」
「いいの。今の忘れていいから。
友達でっていうか、クラスメイトとしてまた2学期からよろしくね」
ホシコは目を赤くしながら笑った。
それは、泣くのを必死にこらえているように見えた。
ちょっと待て、ホシコ。
俺だって、ずっとお前のことが好きだったのに、どうやったら昔みたいに話せるかってそればかり考えてた。
今の告白は、ホシコも俺と同じ気持ちでいたってことだろ!?
こんなところで終わらせてたまるかよ!
俺は拳を強く握って一歩踏み出す。
彼女の告白に、今答えないでいつ答えるというんだ!
「……俺はまだ何も言ってないのに、勝手に完結するな」
ホシコは俺の言葉にハッと顔を上げた。
「俺もお前のことが好きだ。ずっと仲直りしたかったのは、ホシコとまた並んで歩きたかったからだ」
「……それは、友達としてだよね?」
ホシコは俺の告白を信じていないようだ。
言葉にしなくても俺の気持ちなどバレバレだと思っていたが、そんなことはなかったようだ。
言葉にしないと伝わらないことがあるんだと改めてわかった気がした。
「そうじゃない。今まで友達以下だったんだから、まずは友達になってからじゃないと告白は出来ないだろう?
だから、なんとか友達に復帰できないか、ずっとそればかり考えてた」
ホシコは驚いた顔で俺を見ている。
ここで伝えないと、もう二度とチャンスは来ない。
たき火の薪がカタッと崩れ、火の粉が夜空に舞った。
ああ、頬が、胸が、焦がれて熱い。
「ホシコ、転校してきたときからずっと好きだ」
星の瞬きより、俺の心臓の方が早く拍動している。
(うるさいぞ、俺の心臓!)
俺は顔を真っ赤にしながら、Tシャツの胸元をぐっと抑えた。
「だって、今までだって、小学校の頃だって、そんな素振りはまったくなかったじゃない!」
ホシコを見れば、彼女も顔を赤く染めながら動揺を隠せない。
「そんなことないだろ!? 俺の好きな場所や秘密基地にいっぱい教えたじゃないか!」
「あのどんぐりがいっぱいの公園とか、湧水の出る山とか、UFOが来るデパートの屋上とか……が、そうなの?」
ホシコが指折り数え思い出しながら唖然としている。
うっ、そうだよそれ。
今考えればあまりにも子供っぽいし、確かに伝わりにくかったかもしれないが、あの頃の俺の精いっぱいの仲良くしたいアピールだった。
「……小学生男子の精一杯の愛情表現だ。馬鹿にするなよ」
「馬鹿にしない。してないよっ! ただの冒険ごっこなんだと思ってただけで……」
「ほら、少しも伝わってないじゃないか!」
小学生の俺、かわいそう……。
でも、俺も悪いよな。
せめて花くらいあげてもよかったはずだ。
いや、やっぱりそんな気障なことはハードル高いぞ。
「え、じゃあ、大地君も私のことその頃から好きなの……?」
「じゃなかったら、一緒に崖落ちはしないだろ」
そう、あの時ホシコが伸ばした手をかろうじて掴めたのは、好きな子を守りたかった俺の意地だ。
「ず、ずるい!! 今それ言う?? 信じるしかないじゃない」
ようやくホシコは俺の言葉を信じてくれたようだ。
それより、俺の方がホシコがなんで俺を好きなのかが信じられないんだが……。
「ホシコは、その、ホントに俺でいいのか?」
頭も良くないし、顔は平凡だし、何かスポーツで秀でているわけでもない。
正直、好かれている理由が分からない。
「今さらそこを疑うの?」
自分に少しも自信のない俺は、こくりとうなずいた。
ホシコが少し言いにくそうに桜色の唇を開く。
「……内緒にしておきたかったんだけど、ソロキャンの場所を君の友達に聞き出して、自分のサークルの天文観測日にあわせるくらいには好きだと言ったらひく?」
「えっ!? これ偶然じゃないのか??」
俺は驚いてまじまじとホシコを見た。
俺を追いかけて来てくれたという事実に胸が熱くなった。
ホシコは照れくさそうに視線を夜空にうつした。
「君は、私の英雄だって言ったじゃない。
それに、君と見る星は特別なのよ」
無数の星々が、俺たちを祝福するかのように瞬いていた。




