第三話『謎の隣人』
――悪霊ちゃんの朱の瞳がこちらを鋭く睨みつけている。
だが、怯えからか身体を捻って逃れようとする。
やられたらやり返す……昔、姉が言っていた。あんな酷いことされたんだから、正当な権利のはず。
それにこの子は悪霊なんだから、この事故物件での生活を心地よいものにするためにも必要なことだ。
「ぐへへ………私をちゃ〜んと見て、悪霊ちゃん」
この子に生活のルールを叩き込み、共存できるようにする。
――そんなことを画策していた時だった。二〇二号室のドアノブが回され、蝶番が軋み悲鳴のような音が鳴った。
「あらまあ、そんな格好で……風を引いてしまうわよ?」
大家さんから聞いていた。このボロアパートに先に入居していた物好きのことを。
隣人になるというその存在を。
この場に見合わない優雅な口調。
熟しきったチェリーのようで鮮烈な赤い髪は膝辺りまで伸びる。毛先は外に跳ね、天真爛漫な雰囲気を感じさせる。
こちらを見下ろす白目はどこを注視しているのかを悟らせない。
黒いワンピースは夕陽に照らされ、地に濃い陰を落とす。
美しい外見と、不気味な白目の落差がさらに印象を増す要因となっていた。
その存在感に圧倒され、息が詰まる。身体から力が抜けた。
「………いまっ!」
そこですかさず、身じろぎをしていた悪霊ちゃんは抜け出し、階段を走り降りていく。
その間、お姉さんの顔が階段の方へと向いた。どこを見ているのかまではわからない。けれど、悪霊ちゃんの動向と確かに一致していた。
しかし、すぐにこちらへと顔を向け直した。
「その学生服……高校生かしら? どうしてこんなところに?」
そう質問を投げかけながら、私の方へと歩みを寄せる。
この人に対して調子に乗ってはならないと、私の本能が訴えていた。いい子にしよう。
「私はこのアパートの二○一号室に入居するんですけど……大家さんから何か言われませんでしたか?」
そう答えた頃、いつの間にか私の目の前に立っていた。身長が高い。私なんかよりも。
体感、百七十センチは超えている。
その指先が、そっと自然な手つきで私の顎を撫でる。
そしてそのまま顎をくいっと押し上げられ、目線を合わされる。
瞳孔のない白目が、私の顔を覗き込む。
「言われてないわ……ここの大家さんは、少しシャイなようだから。それで、一人暮らし?」
目を逸らそうにも逸せない引力を感じる。なんなんだ、この人は……?
冷や汗が頬を伝う。
「はい………あ、あの……っ」
私の中で緊張感が漂う。
「ん? どうかした?」
対照的にこのお姉さんは余裕綽々とした態度をしている。一瞬目が合ったような気がして、薄気味悪く感じた。
ただ好奇心が先行して、質問をしてしまった。
「……なんで瞳孔がないんですか?」
――そう問いかけた次の瞬間、目の前で悠然としていたお姉さんの顔が青ざめ、凍りついた。
「………嘘、嘘嘘……カラコン付け忘れちゃった!!?」
お姉さんは突然、戸惑ったように頭を掻きむしり、眼を見せないように瞑る。
そして背後を向き、急いで自身の部屋へと戻って行こうとした。
見られたくなかったのだろう。反応が露骨でわかりやすい。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
そう呼び止め、黒いワンピースの裾を握る。
これから隣人同士、仲良くしなくちゃいけないんだ。隠し事ばかりなのはよくない。
「眼――綺麗ですね。純白で」
私が紡いだ褒め言葉を聞いた途端、お姉さんは立ち止まった。
身体がぷるぷると震え、こちらに振り返ろうとしない。
耳は赤く染まり、背後から見ても照れているのがすぐにわかった。反応がやっぱりわかりやすい。
お姉さんは肩をわなわなと揺らし、ゆっくりと口を開いた。
「その言葉、本音と受け取っていいのかしら……?」




