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第一話『悪霊に狙われています』

 平坦で掃除もされていなさそうなボロアパート。


 その門を通ると湿った土とカビ臭い木材の香りが鼻腔をくすぐる。

 

 まだしっかりとしている階段であっても、踏みしめるたびにそこから伝った振動で上の階の床が震える。


 私、片崎(へんざき) (いちご)は親から離れ、今……新生活を手に入れようとしていた。

 

 ネグレクト気味な親に私よりも優秀な姉。妹という存在は次第に掠れ、実家で親からは日々存在しないかのように接してもらえなかった。


「はぁ………やっと一人暮らしか」


 念願だった親離れ、自身の力のみで過ごしていく一人暮らし。

 新たな出会いもたくさんあるかもしれない。


「(親から無視されて日々精神を削られる生活からの解放だぁ〜」



 ――そう安堵した、次の瞬間だった。


「……しんで」


 直後、小さな二本の腕から伝わった衝撃。それは私の腹部に突き刺さるようにして押し込まれた。

 その力に私は最も容易く突き落とされた。

 

 階段を転げ落ちる手前、一瞬時が止まったように思えた。数回の瞬きの間に確かに見えた子供の姿。


「なっ!!?」


 思考も追いつかぬ間に、そのまま落ちる。

 

 背骨を二つに割るかのような鋭い痛み、さらに立て続けに身体の節々が段差の角にぶつかる。


 階段から転げるように落ちたのちに地面に倒れる。地面に落下した衝撃で脚は挫ける。


 死んでないのが不思議なくらいだが、幸い意識ははっきりしていた。


 けれどこのままぶっ倒れているのもまずいだろうと、痛みに震える腕を動かしてスマホで一一九に電話を掛けた。


 その後間もなくして、救急車で病院に運ばれたのだ――



 ――それから一日が経ち、早くもこのボロアパートへと帰ってきた。松葉杖を突きながら、二階へと上がっていく。


 階段から突き落とされた時、はっきり見えていた。


 私を突き落とした犯人……それは幼い女の子の姿をしていた。

 膝辺りまで伸びる黒色の髪、少し幼さの残る朱色の瞳孔は明確な殺意を込めてこちらを睨みつけていた。

 起伏の少ない身体のラインと百四十センチほどの身長から見て、小学生くらいだろうか。

 

 ここまでならばまだよかった。いや、人を階段から落としてる時点で良くはないが………

 ともかくだ。一つだけ、おかしな点があった。


「………また来たの」


 二階の廊下の奥から小さな足音が響く。それはすぐに私の横へと移動してくると、確かな拒絶を込めた瞳を向けてきた。


 あらぬ格好。服を着ず、青みがかった黒煙の何かが裸体の胸と股の周辺を隠している。


 このモヤモヤはまるで操られているかのようにその少女に付き纏う。

 その時点で、現実じゃあり得ない。突飛な予測だが、この子は人じゃない。


「昨日のあれ、君がやったんだぁ〜」


 今、私がこの子に向けたいのは怒りでも憎しみでもなんでもない――好奇心。


 この少女が何を思い、どんな正体を持ってして私を突き落としたのか。


「ねぇ、答えてよ。君……何なの?」


 好奇心に駆られ、真正面から疑問を投げかける。私よりも小さなこの存在の正体を、真っ先に知ろうと思った。



「………わからない。でも、ここは私の場所」


 少女の瞳に明確な拒絶が宿る。

 その朱の瞳は刺々しくこちらを見つめる。


 それに比べ、私は松葉杖を突いている。両手は塞がり、左足は意思に反して微動する。


 こんな状態で突き落とされればどうなる?

 無論、死ぬ。



 ――抵抗しなくては。

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