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1.プロローグ

「――という訳なんです。よもぎさん、私はどうすれば良いのでしょうか?」


 放課後。教室には私――浅羽(あさば)よもぎと、隣のクラスで親友の八宮(はちみや)有栖(ありす)だけ。

 傾いた陽光が有栖の長い髪と睫毛を照らす。相変わらず高貴な人だな、と思う。有栖は同い年の私にさえ敬語を使うような人だった。

 姿勢も綺麗で仕草も優雅。成績もまずまず優秀で、性格もいい。優しくて親しみやすいし、その上ノリもいい。

 ザ・お嬢様という感じの人。実際、有栖は大企業の社長の令嬢である。


 そんな有栖がいつにも増して神妙な顔をして深刻そうに話しているのを、机を一個挟んで私は聞いていた。

 遠くから吹奏楽部が練習している音が聞こえている。こういうのが「青春」って呼ばれるんだろうな、という感じの光景の中、私は有栖から恋愛相談を受けていた。


 有栖はとある人物に恋をしたと私に報告してきた。

 相手は私のクラスメイトであり、私と有栖の親友である明石(あかし)ユウ。有栖にとっては小学校の時から一緒だった「幼なじみ」である。ずっと一緒にいるうちに好きになってしまったらしい。

 実際、ユウは有栖のような人にも十分釣り合う人間だった。

 陽気でよく笑い、流行りに敏感で友達が多い、いわゆるギャル。人の悪口は言わないし、空気も読める。さらに、有栖にも劣らず礼儀正しさも持ち合わせている。

 有栖はずっとユウに友人としての憧れを抱いていたが、それが最近になって恋心に変わってしまったんだとか。

 自分の親友がまた別の親友を好きだと知って、一度は驚いたが、まあこの二人だったらくっついてもおかしくないか、と思いすぐに納得した。


 問題はここから。

 有栖はこれが初恋で、ユウにどうやってアプローチすればいいか見当もつかなかった。

 色々ネットで調べたり本を読んだりしたが、いかんせん、女同士の恋愛だからどうやって自分を恋愛対象として見てもらえばいいのか分からないらしい。

 で、有栖の親友でありユウの親友でもある私に手助けを頼んできた、という訳だ。


 有栖は、自分がユウに恋をしていると私に話す時、かなり緊張している様子だった。

 私に助力を乞うくらいの事でこんなに緊張しているようでは、ユウに直接思いを伝えるのが不可能だろう。


「なるほど。話してくれてありがとう」


 とりあえず、わざわざカミングアウトしてくれたのだから、感謝の言葉を告げる。

 この状況、私はどうアドバイスするべきだろうか。私は腕を組み、心の中で大きくため息をつく。さて、どうしよう――




 私はこの日の昼休み、明石ユウからも同じ相談を受けていた。


 ユウも有栖にマジの恋をしていた。相談の内容はほぼ一緒。好きになったけどずっと一緒に居たからどうやって恋愛対象として見てもらえばいいのか分からないとの事だった。

 昼休みが終わってしまったから特にアドバイスをする時間は無かった。ユウは今日部活があったので、それが終わった後に電話で続きを話そうと約束した。


 なんかいいアドバイス無いかなー、と思いながらも何も思いつかないまま放課後が訪れ、突然有栖に「大事な話があるんですけど……」と言われて、デジャブのような二回目の恋愛相談を受けて、今に至る。


 ユウの相談を聞いて真剣に悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきた。

 どうせこの二人は相思相愛でくっつくのが確定している間柄なのに、私に何ができるというのだろうか。


「で、ユウのどこが好きなの?」

「全部……と言ったら答えになりませんよね。強いて言うなら……明るく振舞いながらも気配りが上手で、底抜けに優しいところ、でしょうか?話していたら会いたくなってきました……ユウちゃん……会いたいです」


 有栖は夢を語る子供のように爽やかな笑顔で言う。これはもう恋する乙女の顔だ。声も普段より柔らかく、ちょっと早口。

 そんな重たい事言うほど好きならとっとと付き合っちまえよ!と思う。


「どうせユウも有栖の事大好きだろうし、告っちゃったら?」


 私は半ば呆れるような気持ちで言った。


「……ユウちゃんから私への気持ちは、その、恋愛的な好きとか、そういうのじゃないと思うんです。だから多分振られちゃいます……。私多分ユウちゃんから振られたら一生立ち直れません。私にはユウちゃんが全てなんです……はあ、会いたいです」


 ああ、もどかしい。告白したら絶対成功するのに。

 ユウから恋愛相談を受けたという話を有栖に直接してしまってもいいが、それだと風情が無い。


 この状況は第三者である私から見ればもはやただの茶番劇である。

 お互いが好きなのに余計な心配をして一歩踏み出せないでいる。本人たちには申し訳ないが、中々に滑稽だ。

 しかし、私にとって二人は大切な親友だ。関係が壊れて貰っては困る。私にできることは全てしようと心に決めた。


「じゃあ、デートとか誘ってみる?」


「誘ってみようかとも思ったんですが……恋愛対象として意識した途端二人で出かけようって誘うのが恥ずかしく思えてきてしまって……。今までさんざん二人で出かけていたのに……」


 有栖が拳を固く握り、泣きそうな顔をして下を向く。

 改めて、有栖はユウの事が本当に好きなんだな、と実感する。


 私が何も言えないでいると。有栖はこちらを真っ直ぐと見て言う。


「やっぱり、私、ユウちゃんとの関係が壊れるのが嫌です。だから……やっぱり、ユウちゃんには告白せずに……このまま、友達のままでいた方がいいんじゃないかな、と。思ってしまいます」

「それだけは駄目!」


 つい口に出る。

 お互い好きなのに告白できずじまいなんて最悪である。それだけは何とか阻止しなくてはいけない。


 有栖の細くて綺麗な目の端が、ほんのり陽光に照らされ輝いているのが見えた。

 これは私も怠けてはいられない。本気で有栖とユウをくっつけなくてはならないと、そう決意した。


 決意した途端、私の頭には妙案が浮かんできた。


「そうだ。今度私がユウに、私とユウと有栖の三人で出かけないか提案してみる。で、私が前日に風邪とかひいたって事にして休めば、二人でデートできるじゃん?」


「……!それなら、私から誘うのが恥ずかしくても大丈夫ですね!」


 有栖は心底嬉しそうに言う。やはり、ユウへの恋心を諦めたくは無いようだった。


 この後少し話し合い、決行は今週の末にする事を決めた。デートプランは私が決める事になった。何としてでもユウと有栖をくっつけてやる。




 その日の夜。

 電話をかけてきたユウに、同じ計画を説明した。


「良いじゃんそれ!どうやってデート誘おうかめーっちゃ迷ってたから助かる……ありがとうヨモちゃん……」


 ユウの心底安心したような声がスマホ越しに聞こえる。

 ちなみに、私はユウから「ヨモちゃん」と呼ばれている。浅羽よもぎだから、ヨモちゃん。結構気に入っている。


「じゃあ、決行は今週末の日曜日!デートプラン決まったら追って連絡するから。よろしく」

「うん、よろしく〜。いや助かったよ本当にありがとう!」

「こちらこそわざわざ相談してくれてありがと。できるだけの事はするから、頑張れよ〜」

「ん!分かった!じゃ、また明日!」

「はいまた明日〜」


 私は電話を切る。

 そのまま机に向き直り、使ってないノートを引っ張り出す。今からデートの計画を練る。何としてでも最高のデートにしてやる。


 この日は全然眠れなかった。







 私がユウと有栖から恋愛相談をされた三日後。ついにデートの日がやって来た。


 早朝、三人のグループチャットで急用が入ったという旨の事を伝えた。

 全員が嘘だと分かっているところで嘘を言うのは少々馬鹿馬鹿しいことのように思えた。

 

――よもぎさんが行けなくなったようですがどうしましょう?せっかくですし、このまま二人で出かけましょうか?

――じゃあ二人でいく?


 なんと、両者ほぼ同時にメッセージを送信。

 自分から二人で行こうと誘おうと思った途端相手からも誘われるのだ。二人にとってこんなに嬉しい事はないだろう。

 にしても、メッセージ上の温度差すごいな。文章の長さが違いすぎる。




 デートは十二時集合で夕方頃までの予定。

 あくまでデートではなくお出かけという体裁なので、デートプランと言っても特別な場所に行くわけでは無い。普段通り昼ごはんを食べがてらカフェでしばらく過ごし、カラオケ行ってゲーセン寄りながら帰宅。二人は家が近いので、家の前あたりで別れて解散。という感じだ。

 だいたい五時くらいに解散になるはずだ。約五時間。二人の関係性なら全然会話も保つだろう。この五時間でどこまでお互い「気付かせられるか」が大切になってくる。

 私はデート中は軽く変装をして、二人を尾行するという手筈になっている。

 さらに、有栖のポケットにはマイクが仕込んであり、私は二人の会話を聞くことができるようになっている。有栖は私に会話も聞かれているという前提で動く。ユウは会話を聞かれているという事は知らない。まあ普通に盗聴なので良くない事ではあるが、有栖も共犯だ。

 事前に「このタイミングで手を繋げ」など様々な指示を送っているのに加え、私が現地の様子を見ながら追加でメッセージを送り、指示を送る。


 両者、私の思うように動くデートである。

 目標は二人の仲をできるだけ近づけ、あわよくば付き合わせる事。二人が両思いだと自覚してくれれば、あとは勝手に上手くいくだろう。

 注意しなくてはならないのは、私が有栖とユウの両方に協力しているというのがバレないようにする事。尾行しているのが明らかにバレる展開はリスキーなので避けたい。

 また、二人の会話を聞いている事がユウに気付かれるのも良くないだろう。マイクを仕込んであるのを知っているのは有栖だけだ。


 ふう、とため息をつく。なかなか難しい仕事だ。

 しかし、私はなんとしてでも二人をくっつけてみせる。そんな決意を胸に、私は集合場所に向かった。

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