004:魔王はか弱き民を見捨てない
004:魔王はか弱き民を見捨てない
SIDE フェニックス
ザガンから『楽園の七つの棘』の情報を得た僕は、早速人間たちの住む世界へと渡った。
そこは獣が支配する世界
特定の神はおらず、獣たちがお互いを食い合い己の存在を高めていく修羅の世界。
人間はそんな世界の隅で神獣と呼ばれる強力な個体達に守護されながらつつましやかに文明を営んでいるようだった。
ふむ、比較的新しい世界みたいだ。
どうやら、色々な世界からの異邦神もそこそこ紛れているようだね。
だが、異世界への転移は想像以上に厄介だった。
世界の狭間に空いた穴はあまりにも小さく、僕の強大な魔力と本来の姿を維持したままでは通り抜けられない。
仕方なく、僕は力を分割し、ほんの僅かな力と意識だけを先に送り込むことにした。
その結果が、このザマである。
「ぴ、ぴぃ…(力が出ん…!)」
僕の今の姿は、仔犬よりちょっと大きいくらいの、モフモフとしたひよこ。
空を飛ぶことすらままならない脆弱な姿である。
まあ、そんな事は大した問題ではない。
僕の頭脳と、プロデューサーとしての情熱さえあれば、この程度のハンデなど無いに等しい!
僕は早速、魔法少女の素体(原石)を探す為に人間の街へと翼を羽ばたかせたのだった!
ふむ、人間たちの街か。
城壁に囲まれた石畳の街並みは、そこそこに発展しているようだね。
中央には白亜の城がそびえ立ち、その麓に広がる街は活気に満ちている。
行き交うのは人間だけじゃない。
屈強なドワーフが鍛冶の煙を上げ、尖った耳を持つエルフたちが静かに古書店を営み、猫や犬の耳を持つ快活な獣人たちが露店で威勢のいい声を張り上げている。
多種多様な種族が入り混じり、混沌としながらも不思議な調和を保っている。
僕の魔界の灼熱地獄に比べれば、ずいぶんと穏やかで、退屈な場所だ。
だが、悪くない。
このありふれた平和、壊れやすそうな笑顔…これこそが、僕のプロデュースする物語の最高の舞台装置となる!
悲劇は、幸福な日常があってこそ輝くのだからな。
さて、感傷に浸ってる暇はない。
まずはこの街のどこかに眠る、未来の魔法少女…僕の物語の主役となる原石を見つけ出さねば!
最高のオーディションの始まりだ!
とはいえ、このひよこ姿では思うように動けない!
僕は物陰から物陰へと飛び移りながら、道行く少女たちを観察する。
その姿は、偉大なる魔王というよりは、完全に挙動不審な小動物だ。
通行人に蹴飛ばされそうになるのは日常茶飯事、天敵である猫に見つかって全力で逃げた時は、さすがにプライドが少し傷ついた。
くそっ、本体の僕なら指先一つで消し炭にしてやれるものを…!
「あ、ぴよちゃんだー!」
思考に耽っていると、短い指が僕のモフモフの体を無遠慮につついてきた。
見上げると、目をキラキラさせた人間の幼女が僕を覗き込んでいる。
「な、馴れ馴れしいぞ、人間!僕に触れるとは不敬である!」
「かわいいー!おうちでかう!」
まずい、捕獲される!
僕は必死で翼をばたつかせ、その小さな魔の手から逃れた。
「はいはい、お嬢ちゃん。君はまだ素材として若すぎる。あと十年したら、また会いに来てやろう」
心の中で悪態をつきながら、僕は再び少女たちの人波へと紛れ込む。
ああ、なぜ僕ほどの魔王が、こんな地道な努力をしなければならないのだ!
これも全て、最高の物語を創るため…。
我慢だ、我慢するんだ、僕!
それから一か月が過ぎた。
僕の魔法少女探しは、想像を絶するほど難航していた。
偉大なる魔王である僕が、まさか日々の飢えをしのぐために労働する羽目になるとは、
誰が想像しただろうか。
この一か月、僕は文字通り泥水をすするような生活を送ってきた。
……いや、最初からこうだったわけではない。
この世界に降り立った当初、僕は本来の目的である「魔法少女の原石」を求めて街を練り歩いた 。
だが、僕の審美眼を満足させるような逸材は、そう簡単には見つからなかった 。
代わりに僕の目に飛び込んできたのは、この世界の「汚物」とも呼べる社会の影で苦しむ弱者たち。
怪我で満足に歩行すらできなくなった元ハンターの浮浪者や、悪い男に人生のすべてを搾り取られ続けている、殴られた痣を髪で隠し虚ろな目で路地裏に座り込む女性 。
本来なら見捨てておくところだが、プロデューサーとしての僕が、この「濁りきった背景」を許せなかったのだ。
「魔法少女が愛を叫ぶ舞台に、鼻をつく腐敗臭と絶望の呻き声は不要だ。画面が暗すぎて、ヒロインの変身シーンが映えないじゃないか!」
これも何かの縁、彼らを使ってこの世界の「システム」を試してやろうと。
僕は、彼らを役場へと引き連れた 。
備え付けられた安物のペンを手(羽?)に、行政の窓口が二の句を継げなくなるような完璧な生活保護申請書を代筆したり、避難シェルターへの入居手続きを鮮やかに完遂させてやったのだ。
救われた被害者たちは、ひよこの姿をした僕を「救世主」と呼び、涙ながらに雀の涙ほどの謝礼を差し出してきた。
僕はありがたくそれを受け取り、次の原石を探すための活動資金に充てていた。
僕は魔法少女の原石を探す資金を得る事が出来き、保護者は困難な生活から逃れられる、行政は治安向上、手続きの効率化で楽が出来る。
これぞ!三方ヨシ!トリプルWIN!WIN!WIN!!まさに共存共栄の理想形態!!
わはは、笑いが止まらないね!
そんな日々が数日続いた。
だが、ある日僕は気が付いた。
「あれ?……これ、もっと効率的にいけるんじゃないか?」
僕は街外れにある、所有権があいまいな、そこそこの広さの広場に目を付けた。
そして、そこに街中の生活困難者を集め、ある程度の寝床と食事を保証する「救済の館」を設立したのだ。
資金源は、彼らに振り込まれる行政からの扶助金や補助金のすべて。
集団生活をさせることで一人当たりの生活コストを極限まで圧縮し、浮いた余剰資金を「共助金」として僕が管理する。
名付けて『黄金のマネタイズ宮殿』!
今や噂を聞きつけた人間たちが、僕というトータルライフ・オプティマイゼーション・プロデューサーに救いを求めて列をなしている。
「ガハハ! 笑いが止まらないとはこのことだ!」
僕はワイングラスの中の赤い液体をグルグル回転させながら、さらに大規模な「第二宮殿」の建築計画を練っていた。
だが、その時だった。
行政が、僕という「法のバグ」に対して本気を出してきたのは。
「……そこまでです、トータルライフ・オプティマイゼーション・プロデューサーさん」
現れたのは、磨き上げられた眼鏡の奥に冷徹な知性を宿し、分厚い法典を携えた執行官だった。 僕はくちばしを鳴らし、不敵に笑ってやった。
「やあ、公務員くん。また僕の完璧な法的解釈を論破しに来たのかい? 無駄だよ。そもそも、この『宮殿』は不動産登記法上の『建築物』には該当しない。地面に基礎を打ち込んで固定しているわけではないからね。あくまで一時的に設置した、移動可能な『特殊救済用資材』……言うなれば、テントの凄いやつに過ぎないのさ」
僕はくちばしを鳴らし、勝ち誇ったように執行官を見上げた。
「さらに言えば、この土地は地番のない空白地、いわゆる所有者不明の未登録地だ。真の権利者からの申告がない限り、行政に僕らを立ち退かせる法的権限(原告適格)はないはずだが? 権利のない者が、他人の……いや、誰のものでもない場所の使い方にケチをつけるのは、越権行為というものだよ」
「ええ、前回まではそうでしたね」
執行官は冷淡に微笑み、一通の古びた羊皮紙を突きつけた。
「貴殿の理屈を封じるため、我々は市の公文書館の地下深く、建国以前の台帳まで遡って調査を行いました。結果、見つけましたよ。この土地は五百年前に断絶した旧王家の直轄領であり、現在は現市役所がそのすべての権利を継承していることを。つまり、ここは空白地などではなく、『市の私有地』です」
「な……ッ!?」
「さらに、貴殿が『資材』と言い張るこの構造物ですが、内部に定住の実態があり、かつ公共の配管から無断で水道管を引いている。これは立派な不法占拠および窃盗に当たります。……法の隙間を突いたつもりでしょうが、その隙間をこちら側からコンクリートで塗り固めさせてもらいました」
執行官は事務的に、しかし確実な勝利を確信して告げた。
「だがしかし、貴殿の構築したこの『効率的な弱者管理システム』自体は、非常に興味深い。ゆえに、本日付でこの施設は市が『公営シェルター』として接収し、運営を代行します。貴殿が受給者から徴収していた……失礼、管理していた余剰資金も、これからは『不法占拠への賠償金』として、滞りなく市の財源に組み込ませていただきますよ」
「不当だ! 著作権……いや、ビジネスモデルの侵害だッ!!」
抗議も虚しく、僕が築き上げた金の成る木は、行政という名の巨大なシュレッダーにかけられ、灰にされた。
それどころか、僕は「組織的詐欺および公文書偽造教唆」の疑いで、留置所という名の鳥籠に高層まれそうになったのだ。
危うく僕の完璧な経歴に、前科という名の泥が付くところだった……。
命からがら逃げ出した僕は、全財産を失い、文字通り路地裏へと叩き落とされたのである。
それからの僕はしばらくの間、宿無し金無し甲斐性無しのトリプルコンボで虚ろに街を彷徨っていた。
僕をただの食料としか見ていない野良猫やカラスとの縄張り争いは日常茶飯事。
この小さな体で、彼らとの激闘を制してゴミ捨て場のパンの耳を確保する毎日は、魔王としてのプライドをズタズタに傷つけていく。
雨に打たれて泥にまみれ、あまりの無残な姿に、今ではすっかり顔なじみになったあの幼女から「これ、あげる…」とパンの切れ端を恵まれた時は、感謝よりも先に屈辱で涙が出そうになった。
そんな僕を見かねたのか、橋の下を縄張りにする『ヤマさん』と名乗る人生に疲れた人間の壮年男性が、この世界で生き抜く術を教えてくれた。
廃品回収…金属のクズや古紙を集めて小銭に換える。
なんと地道で、泥臭い作業か!
だが、この手で掴んだ硬貨で買う焼き鳥と安酒の味は、不思議と悪くなかった。
この屈辱…この苦労…すべては最高の魔法少女をプロデュースするための試練だ!
そうだ、これはクリエイターとしての深みを増すための取材なのだ!
そう思うと、僕の情熱は衰えるどころか、ますます燃え上がっていった。
待っていろ!まだ見ぬ僕の魔法少女よ!
僕は沈む夕日にくちばしを掲げ、高らかに叫ぶのだった!
Liner Notes
■Track 04
【分類】
[[5]:用語・概念] > [[51]:物質・エネルギー]
【日本語名称 / English Name】
第零元素 / Element Zero
【概要 / Overview】
フェニックスの魂と肉体を構成する、永遠不滅の万能元素。
既存の周期表のどこにも属さず、この宇宙を形作るあらゆる粒子の「母体」とも呼べる超高次元のエネルギー体。
「原始以前の炎」であり「終焉の先にある光」とも称される、彼の不死の秘密そのものである。
【特性・スペック / Properties & Data】
・確率論的変容性(Quantum Superposition)
この元素は、特定の質量や性質を持たない「未知なる亜量子粒子」の集合体である。
三次元的な物理法則に縛られず、あらゆる物質へと変換可能な「確率の重なり」の状態を維持している。
フェニックスの意志や設計図という「観測」が介入した瞬間、波動関数が収束し、この世界のいかなる原子・分子構造へも瞬時に再構成される。
・権能による物質具現化
権能『万象の科学と詩』により、高次次元からこの世界へと「解」を導き出すことで、無から有を発生させる。
そのプロセスは現代物理学におけるエネルギー保存の法則すら超越しており、一種の「事象の書き換え」に近い。
・現在の制限(Stock Depletion)
異世界転移時の制限により、この「可能性の粒子」の大部分の持ち込みが制限されている。
現在保持しているストックは、フェニックス本来の強大な神性を維持するにはあまりに少なく、出力は極めて制限的な状態にある。
【特記事項 / Secret Note】
現代の科学者がこの元素を観測しようとしても、その性質は「測定機器が検知したいと願った物質」へとその都度変化してしまうため、正確な正体を突き止めることは不可能である。
Tags: #異世界生活開始 #法的根拠 #黄金のマネタイズ宮殿 #ゴミ捨て場のパンの耳 #どん底からのスタート




