018:一般少女は駆けつけたい
018:一般少女は駆けつけたい
フェニックスが私のふくらはぎの後ろに隠れて、何やら怯えているのを感じる。
……どうせ、警備隊の隊長であるユリウスさんに取り入って、私の部屋のクローゼットに正式に居座れるよう、何か助力でも頼もうとしたに決まっている。
この食えないひよこめ。
でもなんでこんなにおびえてるんだろう?
そんなフェニックスと入れ替わるように、ユリウスさんは気まずそうに咳払いをして立ち上がった。
見れば、その顔は耳のあたりまで真っ赤だ。
(……え、なんで、こんなに頬を赤らめているの?)
ただのひよこと喋っていただけ(?)にしては、動揺しすぎではないだろうか。
謎だ。
「ええと……ユリウス隊長、どうかされましたか? うちのフェニックスが何か失礼を?」
私が尋ねると、ユリウスさんは慌てて首を横に振った。
「い、いや! まさか、ひよこが喋るとは思わず……驚いただけだよ。それにしても、リーナちゃん、随分と可愛いペットを飼い始めたんだね」
ユリウスさんは引きつったような作り笑いを浮かべ、足元のフェニックスを指差した。
「ペット」と呼ばれた瞬間、足元から「僕は魔王だぞ!」という抗議の念が飛んできて、私は内心で深いため息をつく。
「あ、ああ、はい……。最近、ちょっと、色々ありまして……」
私はユリウスさんの視線を逸らすように大げさに一歩踏み出すと、その勢いのまま、足の裏を使ってフェニックスをテーブルの下の暗がりへとズズイと雑に押し込んだ。
うちの能天気な家族なら適当な紹介で誤魔化せたけれど、流石に現役の警備隊の隊長であるユリウスさんに「こいつ、実は魔王なんです」なんて知られたら、あとの説明が面倒くさくてたまらない。
ところが、フェニックスは私の足を巧みにかわしながら、かたくなに私の太ももの裏から離れようとしない。
(ちょっと、大人しくしててよ!)
心の中で叫ぶ私に、彼はさらに強い憤慨の念を送ってくる。
『失礼な!僕はペットじゃない!パートナーだ!!断固抗議する!』
(わかった、わかったから! 今はとにかく静かにしていて!)
そんな私たちの足元の攻防に気づいているのかいないのか、ユリウスさんは急に表情を引き締め、真剣な眼差しを私に向けた。
「最近、街では妙な事件が多発していてね。何者かに襲われて、急に老け込むという怪事件が起きているんだ。被害者は皆、この近辺に集中している」
ユリウスさんの言葉に、一瞬でふざけた空気が凍りついた。
「老け込む怪事件」
足元のフェニックスが、一瞬だけ動きを止めた。
昨日、彼が言っていた『刹那の黒真珠』の仕業に違いない。
「だから、リーナちゃんも、しばらくは一人での外出は控えた方が良い。特に夜道は危ないからね」
「はい……気を付けます」
心配してくれるユリウスさんに、私は精一杯の愛想笑いを返した。
私の身を案じてくれる彼の優しさは嬉しいけれど、その「事件」の元凶を知る魔王が今、私の足元にいるという事実を、私は墓場まで持っていくつもりだ。
ユリウスさんは少し安心したように微笑むと、再びパン選びに戻っていった。
けれど、トレイを持ちながらも、視線は私の足元をソワソワ、チラチラとのぞき見ている。 先ほどのフェニックスとの遭遇が、よほどショックだったのか、あるいはまだ興味があるのかな?
足元のフェニックスはユリウスさんの視線がこちらに投げかけられるたび、私のふくらはぎの裏側でガクガクと震え、必死に目線が合わないように視線を逸らしていた。
一体私がいない間に何が起きたのか?
いつもの私の朝の楽しみである、至福のユリウスタイムは、本日に限り、何か微妙な緊張感で何だか締まらない雰囲気にひたされるのであった。
結局、ユリウスさんはクリームパンとサンドイッチそれにいくつかの総菜パンをトレイに乗せて戻ってきた。
「いつもありがとう、リーナちゃん。焼きたてのパンは最高の芸術品だからね。さて、いくらになるかな?」
「ありがとうございます、ユリウスさん」
私は照れ隠しに大急ぎでパンを紙袋に詰め、彼に手渡した。
彼が代金を払おうと、ポケットに手を入れた、その時。
ユリウスさんの視線が、私の左腕の袖口で止まった。
そこには、フェニックスから渡された収納ブレスレットが、朝の光を受けて場違いなほど上品に輝いていた。
(……あ、やばい)
「ん? これは……綺麗な飾りだね。珍しい石が嵌め込まれているようだ」
ユリウスさんが、興味深そうに私の手首を覗き込もうと、無意識に手を伸ばしてくる。
平和なパン屋の空気が、一気に「取調べ室」の緊張感に変わったような気がした。
「あ、あの!これは……!」
慌てて腕を引っ込めようとした、その時だった。
「隊長!良かったココにいた!!怪人が出現しました!南区の学校で、人が襲われています!」
まだclosedの札がかかっているはずの入口の扉が勢いよく開き、息を切らした警備隊員が飛び込んできた。
ユリウスさんの顔色が、一瞬で職務に忠実な隊長の顔に戻る。
「何だと!?詳しく状況を説明しろ!リーナちゃん、すまない!今度はもっとゆっくりパンを買いに来るよ!」
ユリウスさんはそう言い残し、パンの代金をカウンターに置き、私の手から紙袋をひったくるように持って駆け出して行った。
ユリウスさん達は店の出口のところで待機していた、ラプトル型の機動獣に飛び乗って慌ただしく南地区の学園エリアへ駆け出していく。
ユリウスさんを見送って店の出口から顔を出した瞬間、学園エリアから禍々しい何かの気配を感じた。
「この魔力の波動は、昨日の怪人みたいだね。でも、何があったんだ?昨日とは桁違いに強くて安定している?」
フェニックスが私の肩に乗り私と同じ方向を見ながらつぶやいた。
朝が早いと言っても学校には、早朝から出発するハンターさんたちが預けている子供たちが結構いる。
そして、親友のクロエが去年の武術大会準優勝という雪辱を果たす為に、早朝のグランドでトレーニングに励んでいるのを知っている!
私の脳裏に、昨日の路地裏での出来事が鮮明に蘇る。
冷たい石畳の感触。生命力を根こそぎ吸い取られていく、あの言いようのない喪失感と絶望。
魂が消えゆく寸前の、凍えるような恐怖。
もし、クロエが、あの時の私と同じ目に遭ったら…?
考えただけで、全身の血の気が引いていく。
「ユリウスさんたちが危ない…!それに、みんなが…!」
私の心臓が警鐘のようにドクドクと鳴り響く。
行かなきゃ。
私が、行かなきゃ。
でも、視界の端に映る、活気のある工房が私の足を縫いつける。
もうすぐパン屋の開店時間で、今が一番忙しい時間だ。
自分に割り振られた役割も少なくはない。
私だけが、この温かい場所から、自分の都合で離れるなんて…。
罪悪感が鉛のように私の肩にのしかかる。
「フェニックス…私、どうしたら…」
震える声で肩の上のパートナーに問いかけると、彼はいつになく真剣な、それでいて静かな声で答えた。
「こういう時、一人で抱え込むのは最悪の選択だよ」
フェニックスは私の肩の上で、小さく首を横に振った。
「僕も長いこと生きているから分かる。君の家族は、君が思っているよりずっと君を理解し、信頼しているはずだ」
彼は一度言葉を切り、私の頬を小さな翼でぺちぺちと軽く叩いて、自分の方を向かせた。
その瞳は、いつものおちゃらけた色はなく、真っ直ぐに私を見据えていた。
「全てを話す必要はない。だけど、君の覚悟を、君自身の口から伝えてみるんだ」
「フェニックス……」
「家族の絆っていうのはね……君が思っているより、ずっと強い物なんだよ」
いつになく真剣なひよこの目に、優しく諭すような光が宿った。
そうだ、とにかく誰かに話してみよう、このまま何も言わずいなくなるのが一番よくない。
そう思い私が顔を上げた、その時だった。
工房の入り口に、お母さんが静かに立っていた。
その表情は、いつもの笑顔ではなく、心配そうな顔をしている。
「リーナ?どうしたの、そんな思い詰めた顔しちゃって」
「お母さん…ごめんなさい。今、学校に行かなきゃいけない気がするの。友達が…困ってるかもしれない」
私は視線を落とし、エプロンスカートの生地を両手でギュッと掴んだ。
忙しい開店前にお店を抜け出す罪悪感で、胸が押しつぶされそうになる。
それでも、行かなきゃいけない。
私は意を決してエプロンを握る手に力を込めると、お母さんの目を見て素直な気持ちを言葉にした。
「開店準備はどうするの?…って、言いたいところだけど。」
お母さんは私の目を見て、ふっと表情を和らげた。
「そんな顔されたら、ダメなんて言えないじゃない」
お母さんは心配そうに眉を寄せると、私の冷え切った両手を、自身の温かい両手で包み込むように握りしめた。
「手が、氷みたいに冷たいわ」
お母さんはそう言うと、私の両手を自身の手のひらで包み込み、かじかんだ指先を温めるように、ゆっくりと何度もさすってくれた。
その手は温かく、少しだけざらついていて、とても優しい。
摩擦の温もりが指先からじわじわと伝わってきて、恐怖で凍り付いていた私の心の芯を、端っこから少しずつ溶かしていくようだった。
「何があったの?」
その温かさに、張り詰めていた心が少しだけ解けそうになる。
「わからない、でも、すごく胸騒ぎがするの…このままここにいたら、多分、私、すごく後悔する……と、思う。」
私の言葉はしりすぼみになる。
「わからないって、あなたは……でも、分かったわ。あなたのその顔を見れば、ただの遊びじゃないってことくらい分かる。お店のことはこっちで何とかするから。でも、無茶だけはしちゃダメよ?あとで、ちゃんと説明するのよ。」
お母さんは私のただならない雰囲気を察してくれたようだ、信じてくれた嬉しさが不安で膨らんでた私の心に勇気をくれた。
「…お母さん…!」
胸に熱いものが込み上げてくる。
「まったく……ぴよちゃん、リーナの事頼むわよ!」
「わかった!任せてくれ!魔王フェニックスの名に懸けて、リーナの安全は保障しよう。」
私とフェニックスは力強く頷くと、フェニックスを肩に乗せ、母のぬくもりを背にパン屋を飛び出した。
「行ってきます!」
Liner Notes
■Track 18:アイテム紹介(Item Introduction)
【分類 / Category】
[12:支援装置]
【名称 / Name】
変身デバイス収納ブレスレット(Transformation Device Storage Bracelet)
【性能 / Performance】
収納容量は地球のみかん段ボール約1箱分
【概要 / Overview】
フェニックスがリーナに譲渡した、空間収納機能付きのブレスレット 。
中央の宝石部分に触れることで、亜空間に収納された「変身デバイス」を即座に取り出すことができる 。
普段はただのアクセサリーに偽装しているが、その実態は高度な魔導具である 。
【特記事項 / Secret Note】
この世界にも「マジックバッグ」等の空間収納アイテムは存在するが、その素材には高ランクの魔獣(Sランク級)の胃袋や皮が必要であり、国家予算レベルの超高級品である 。
そのため、一般市民であるリーナがこれを所持していることがバレると、盗賊ギルドはおろか、貴族や国軍からも「手首を切り落としてでも奪え」と狙われる危険性がある 。
ちなみに、この世界にやってきた神や悪魔や転生者には自力で異空間にポケットを持つ者が多い 。
フェニックスの現時点の収納能力は弱体化したヒヨコ状態なので、地球のみかんダンボール3つ分位までに縮小されている 。
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