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魔法少女物語 魔王フェニックスとパン屋の娘  作者: カニスキー
第一章 刹那の黒真珠 編
13/18

013:interlude : 『枯れゆく花と三日月の影』

013:interlude : 『枯れゆく花と三日月の影』

SIDE ????


その頃、街外れの古びた館の一室。


あの頃の夢を見ていた。

そこは、黄金の蜂蜜を溶かしたような光に満ちた、栄光のいただき


「あぁ、なんて美しい……女神のようだ」

「どうか僕に、その手への口づけを」

「あの首飾り、どの殿方からのプレゼントなのかしら?羨ましいかぎりですわ。」


宮廷楽団が奏でる優雅なワルツ。

その甘美な調べに乗せて、男たちの熱っぽい求愛と、女たちの羨望の溜息が、心地よい香水のように私を包み込む。

私は世界の中心で、煌びやかな栄光と尽きる事ない喝采を謳歌していた。


不意に、その美しい旋律が腐り落ちた。

流麗だった弦楽器の音が、まるで錆びついた鉄を擦り合わせるような、泥のように濁った不協和音へと歪んでいく。

優雅なリズムは崩れ、陳腐で、耳障りな雑音へと成り下がった。


「え……?」

手を取ろうとしていた若き貴公子が、ふと動きを止める。

彼の瞳から、私への熱情が急速に冷めていく。

そこに浮かぶのは、汚い物を見るような侮蔑と、隠しきれない倦怠感。


「……なんだ、よく見れば厚化粧の老婆じゃないか」

彼は吐き捨てるようにそう言うと、私に触れていた手をハンカチで拭い、露骨に顔をしかめて背を向けた。

その視線の先には、瑞々しい肌をした、蕾のように幼い少女たちが立っている。


「待って、どこへ行くの? 私を見て! 私のほうが美しいわ!」

私が叫んでも、彼は振り返りもしない。

周囲を取り囲んでいた求婚者たちも皆、蜘蛛の子を散らすように私から離れ、新しい花々の元へと吸い寄せられていく。


称賛の囁きは、いつしか嘲りの合唱へと変わっていた。

『いつまで若いつもりでいるんだ?鏡を見た方が良いぞ』

『若作りが痛々しいわね』

『加齢臭が移る前に逃げようぜ』

心無い黒い影達が耳元で囁く。


「やめて! 嘘よ! !何かの間違いだわ!誰か!誰か私を助けなさい!!」

私が絶叫した、その時だった。

足元の影から、背後の闇から、「無数のどす黒い腕」が音もなく伸びてきた。

それは逃げようとする私の足首を掴み、腰に絡みつき、顔へと這い上がってくる。


冷たく、乾いた無数の手。

それは抗うことのできない「時間」そのものだった。


「ひっ!? なに、やめて! 触らないで!!」

無数の手は、私の身を乱暴にまさぐり、容赦なく「剥ぎ取って」いく。


自慢のシルクのドレスをズタズタに引き裂き、身につけた宝石をもぎ取り、そして――


「いやぁぁぁぁッ!! 私の肌を持っていかないでぇぇぇッ!!」

あろうことか、その手は私の「美しさ」そのものを物理的に剥ぎ取り始めた。

白魚のような肌の潤いを雑巾のように絞り取り、艶やかな髪をむしり取る。

剥ぎ取られた跡には、枯れ木のような茶色いシミと、深い亀裂のような皺だけが残酷に残されていく。


「返して! それは私のものよ! 私の若さよ!!」

必死に腕を振り払おうとするが、私の手はすでに節くれ立った老婆のものになっており、何の力も入らない。


ドレスも、宝石も、若さも、尊厳も。

全てを無数の腕に略奪され、私は薄暗いホールの床に、ゴミのように打ち捨てられた。


置き去りにされる孤独。

誰からも愛されない、誰の目にも映らないという、死よりも冷たい現実。


「嫌ぁぁぁッ! 置いていかないで! 私を見捨てないでぇぇッ!」

その絶望の淵で、私の世界は完全な闇へと閉ざされた。


その絶対的な孤独と闇の底から、音もなく『彼』は現れた。

漆黒の闇そのもので織り上げたような礼服を纏った、影の貴公子。


彼は、誰もが見捨てた私の前に歩み寄ると、まるで深窓の姫君にそうするように、優雅に、そして恭しくその場に跪いた。

そして、誰もが触れるのを避けた私の醜く干からびた手に何かを置いて、その温かい指で愛おしげに包み込んだのだ。


「……ぁ」

手のひらに感じるのは、氷のような冷たい塊。

見れば、そこには全ての光を吸い込むような『黒真珠』が握らされていた。

私は縋るように彼の顔を見上げた。


深い闇に溶けて、その目鼻立ちも表情も判然としない。

だが、そこには確かに三日月のような形に歪んだ、美しい笑みだけが印象的に浮かんでいた。

その笑顔を見つめていると私の意識は黒真珠に吸い込まれるように夢の中に溶けていく。


どれだけ眠っていたのだろう?

目が覚めると私の手には確かに黒い真珠が漆黒の闇色に光り輝いていた。


最初は、夢だと思っていた。

その日の夜の夢の中、私は醜い蛭のような体になっていた。

不思議と嫌悪感は感じなかった、ただ、本能が人を襲えと訴える。


本能に従って夢の中で人を襲い、その「血」と「時間」を啜った。

その味は、夢の中でもなお、生々しく鮮烈な美味で輝いていた。

そして、目覚めた朝には肌に間違いなく張りが戻っていた。


同じような夜が何日も続き、同じだけの犠牲者が次の日の新聞を賑わせた。

それが現実だと確信した時、胸に埋め込まれた黒真珠が脈打ち、私は現実の世界で本当の異形の姿へと覚醒したのだ。


小動物から始まり、やがて人間へ、狩りの対象が変わるにはそう時間はかからなかった。

変質した口から血と時間を吸えば吸うほど、朝には肌と髪に若さの輝きが戻って来る。

もう戻ることは無いと涙を流したあの栄光の輝きへ、一歩一歩と階段を上るように近づいていくのを感じた。


奪い取る血と時間も、回数を追うごとに増えていった。

もはや他者を思いやる心は蒸発し、尊ぶべき他人の命の輝きは、私にとっての奪い取るべき時の輝きにしか見えなくなっていた。


そして今日。

妙な魔力に誘われて、人気のない路地裏で見つけた娘の輝きは特に素晴らしい物だった。

10代の少女が内に秘めた眩いばかりの時の輝き、普段なら少しだけ残して吸っていた血と時間も、今日のそれは、まるで熟成された極上の葡萄酒のよう。

その抗いがたい甘美な味わいに、私は最後の一滴まで夢中で啜り尽くしてしまったのだ。

少女の命を飲みつくした後の罪悪感など少しも無かった。


あぁ、次からの獲物は美しい少女にしよう。

たった今吸い尽くした若々しい命の輝き、それが体を駆け巡る強く甘美な酩酊感の中で私はそんな事を考えていた。


次の瞬間。

搾りかすのはずの少女の体が燃え上がり、炎の中から不思議な悪魔が現れた。

そして、その少女になすすべもなく追い詰められ、蹂躙され、完膚なきまでに叩きのめされた。

なんとか這う這うの体で逃げかえってきたが、心と体に筆舌に尽くしがたい傷を負わされた。 焼け付くような内臓の痛みと、屈辱に喘ぐ異形の口。


許さない!

私の美しさと若さを奪うなんて!

この私に傷と屈辱をつけるなんて!


ユルサナイ! ユルサナイ! ユルサナイ!! ユルサナイ! ユルサナイ! ユルサナイ!! ユルサナイ! ユルサナイ! ユルサナイ!!


痛みと恨みの喘ぎ声が満ちる薄暗い一室。

部屋の闇が、まるでインクのように一箇所に集まり、音もなく一人の人影を形作った。

純粋無垢な天使のような顔で、その人物は、唇を動かすことなく、ただ静かに三日月のような口元で静かに微笑んでいた。


Liner Notes

■Track 13:アイテム紹介(Item Introduction)

【分類 / Category】

[13:寄生・禁忌遺物]


【名称 / Name】

刹那の黒真珠(Pearl of Ephemeral)


【管理等級 / Management Rank】

ワールドクラス・アーティファクト(SSS級禁忌遺物)


【種別 / Type】

堕天使由来寄生遺物 / 魂蝕型魔導核


【起源 / Origin】

『楽園の七つのセブン・ソーンズ』の一つ


【特性 / Properties】

人間の肥大化した欲望を苗床とし、その者の根源的な「望み」を物理的な異能として強制的に顕現・受肉させる性質を持つ。

誰にでも寄生できるわけではなく、黒真珠との相性を必要とする。

遺物自体に「気に入られた」者のみがその恩恵(と代償)を受けられる。


【備考 / Remarks】

楽園の七つの棘の一つ。

現在、ザガンの魔界の魔王庁から莫大な懸賞金がかかっている。

堕天使の魂由来の遺物でその利用価値は計り知れない。

天界の神々や深淵の悪魔たちが喉から手が出るほど欲しがる世界の均衡を崩す一品である。


【現在の状態 / Status】

起動済み(Activated):所有者の魂を侵食し、異形化のプロセスを完了させている 。



Tags: #刹那の黒真珠 #楽園の七つの棘 #ザガン魔王庁指定重要手配物 #世界の均衡を崩すもの


感想をいただいたので、ストックから放出です。

やったー。

うれしー。

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