011:一般少女は帰りたい
011:一般少女は帰りたい
SIDE リーナ
廃工場の冷たい床の上、私は巨大な錆びついたプレスマシンの裏側に張り付くようにして身を潜めていた。
変身が解けた私の体には、一枚の布切れすら残っていない。
手元にあるのは、さっきフェニックスから投げ渡された即席の木製サンダルと、命綱である光学迷彩ネックレス、そして体を隠すための小さなお盆が一枚だけ。
私は鉄板の陰から顔だけを半分出して、胸元にお盆をぎゅっと押し当てながら、数メートル先にポツンと置かれたドラム缶の上に鎮座する黄色いひよこを睨みつけた。
「……フェニックス、本当に、このネックレスとお盆で帰るしか方法は無いの?」
私の震える声が、暗い工場に虚しく響く。
外の世界は、私たちが戦っている間にすっかり夜の帳が下りていた。
「おっと! リーナ、気を付けて!お盆はただ手に持っているだけじゃ意味が無い」
ドラム缶の上で、フェニックスがやれやれと短い翼を振った。
「ちゃんと『装備』しないと意味が無いよ!」
言ってやってぜ!ってドヤ顔で見つめてくる。
「こ、こいつ……!」
私は物陰に隠れたまま、怒りで震える手でお盆を握りしめる。
こいつ、絶対今のセリフを言いたいが為に、このお盆を渡してきたに違いない!
このお盆でひよこの頭をたたき割ってやろうかと思ったが、いかんせん距離が遠い!
あのひよこ、私が近づけない事を確信してやがる!
我慢だ私!
帰ったら絶対埋めてやる!
どこまでもふざけたひよこに殺意を覚えつつ、私は再び物陰から顔を出す。
家までは約1キロ。
普段なら鼻歌まじりで歩ける距離が、今はまるで魔物が潜むダンジョンのように思える。
「……本当に、このネックレス大丈夫なんですよね?」
私は体を鉄板の裏に隠したまま、念を押すように聞いた。
「大丈夫さ、リーナ! 僕の最高傑作『光学迷彩ネックレス』があれば、誰にも気づかれずに帰宅できる!」
フェニックスは私の不安を吹き飛ばすように、ドラム缶の上で翼を広げて高らかに宣言した。
「そのアイテムのステルス性は完璧だ! 敵からはもちろん、半径1メートル以内に入らないと、たとえ僕でも君の姿は視認できなくなる。まさに! 全世界の露出狂初心者が涙を流して欲しがる、垂涎の神アイテムだね!」
「誰が露出狂初心者ですか! 変な属性を追加してこないでください!」
私は物陰で叫んだ。
こんな姿で、こんな会話をしている自分があまりにも情けない。
「さあ、つべこべ言わずにスイッチを入れて! 禁断のヌーディスト・ミッションの始まりだ」
私は覚悟を決めて、首にかけていたネックレスのスイッチを入れた。
「……このミッションが終わったら、真っ先にこいつを焼き鳥にしてやる」
心の中でそう誓っていると、視界がぐにゃりと歪み、自分の体が周囲の景色に溶け込んでいく。
自分の手足が、工場の床や壁の色と同化していく不思議な感覚。
「おぉ……本当に消えた。ここからだと完全に背景と同化して見えるよ」
フェニックスが感心したような声を上げた。
私はお盆を胸に抱き(誰からも見えないけど)、そろりそろりと物陰から姿を現した。
「お!リーナ!!本当に見えていないよ!」
フェニックスの目線が私と少しずれたとこに向けられているようだ、どうやら本当に見えていないらしい。
「よし!じゃあ、行きますか!」
上機嫌不謹慎ひよこを先頭に、私は廃工場の裏口から夜の街へと踏み出した。
廃工場から出て、私は進む。
光学迷彩で守られているとは言え、私はお盆と物陰を使い、世界から身を隠すように陰から陰へと渡り歩く。
心臓がかつてないほどバクバク言っている。
変な汗が滝のように流れて、夜風が素肌を撫でる度、私の体温を容赦なく奪い去っていく。
が、そんな事はどうでもよい!
奪われる熱よりも激しい羞恥の炎が私の中で渦を巻き、今が熱いのか寒いのかよくわからない!
さっきまで怪人と戦っていた時に感じていた命の危険とは、まったく質の違う恐怖だった。
もしこの姿を見られたら、私の『日常』が、私の『リーナ』という存在そのものが、根こそぎ壊されてしまう。
そんな、生々しくて現実的な恐怖が、私の心を支配していた。
見えていないはずなのに、道行く人々の何気ない視線が、まるで物理的な針のように突き刺さるような気がする!
いつも通り慣れているはずの道が今日は、まるで敵地のど真ん中のように感じられた!
光学迷彩は、フェニックスからもらったサンダルが石畳を叩く「カラン、コロン」という乾いた音までは消してくれない。
その音が、まるで「ここにいます」と叫んでいるようで、私は何度も息を飲み込んだ。
私は目をぐるぐると渦巻かせながら、物陰から物陰へ、気配を殺して進む。
運悪く人が通りかかった時は、息を潜めてやり過ごすしかない。
あまりの緊張感に、笑いにも似た変な呼吸が漏れそうになるのを、口に手を当てて必死にこらえた。
途中、フェニックスの知り合いの小さな女の子に見つかった時は、本当に心臓が凍るかと思った。
ひよこをつつきながら、不思議そうに大きなお目目でこっちを見つめていたけど、本当に、本当の本当に、見えてなかったんだよね?
そして、もう少しで家に着くという時、本当に(社会的な)死を覚悟した瞬間が訪れた。
家まであと1~2分の場所で、ペンダントからけたたましい警告音が鳴り響き、私の周囲の空間がブブブ、ブブブと小刻みに震えはじめたのだ!
「うそ…なんで!?」
心臓が喉から飛び出しそうだった。肩の上でフェニックスが暢気な声を上げる。
「おっと、どうやら魔力切れのようだね。このガジェットは連続使用30分で魔力が切れるんだ。あと、激しい動きをした時も迷彩が解除されるから気を付けてね」
「今? それ今いう事!?」
叫ぶ間もなく、通りの向こうから聞こえてくる金属音と規則正しい足音に、私の血の気は完全に引いた。
最悪だ、ユリウスさん率いる警備隊がこちらに向かってくる!
よりによってユリウスさんなんて! こんな姿を見られたら私、本当に死んでしまう!!
どうする!?
このままでは、透明化が解けて裸で大通りに放り出されてしまう!
瞬間!
視界の隅、パン屋の裏口に積まれた大きな麻袋の山が目に入った。
考えるより先に、私はそこに飛び込んで、ネックレスのスイッチを切る。
警告音はぷっつりと切れ、それと共に私にかかっていた光学迷彩の恩恵も消失した。
チクチクする麻袋の感触と埃っぽさに耐えながら、隙間から外を窺う。
どうか、どうか気づかないで!
一人、また一人と私の前を通り過ぎていく。
心臓の音がうるさくて、彼らに聞こえてしまうんじゃないかと本気で思った。
最後の一人であるユリウスさんが通り過ぎようとした、その時。
「へぶっ」
肩の上のフェニックスが、麻袋の埃に反応してくしゃみをしそうになった。
『『『フェニックスゥゥゥッッ!!!』』』
まずい!
私は反射的に手を伸ばし、フェニックスのクチバシを鷲掴みにした。
「(んぐぐぐぐ……!)」
白目を剥いて痙攣するひよこ。
私はフェニックスのくちばしをあらん限りの力で、万力のように締め上げる!
『クシャミヲ・シテミロ! ウマレタコトヲ・コウカイ・サセテヤル・カラナ!! 』
私が掴むフェニックスのくちばしからミシミシと音がする。
構うものか!
ピタリ、と彼が足を止めた。
「ん? 今、何か物音がしなかったか?」
終わった。
私はぎゅっと目を瞑った。
だけど、隣にいた隊員が「気のせいですよ隊長。それより、工場の方での大きな破壊音の通報が至急案件です。急ぎましょう!」と促し、彼は再び走り出した。
遠ざかっていく足音を聞きながら、私は全身から力が抜けていくのを感じた。
しばらくして周囲にだれも居ないのを確認すると、私は再びネックレスのスイッチを入れる。
大音量の魔力残量の警告音と共に周囲がおぼろげに揺らぎ始めたが、私の目から見ても効果は半減していた。
光学迷彩の被膜はもう半分くらいしか残っていない。
残った部分もモザイク模様になって、私の裸体の輪郭を中途半端に映し出していた。
やってやる!やってやれば良いんでしょう!!!
覚悟を決めて最後の力を振り絞って麻袋の山から這い出し、自宅の窓へ向かって走る。
窓枠に手をかけた瞬間、ネックレスが完全に光を失い、私の裸体が月明かりの下に晒された。
もつれるように部屋に転がり込んだ私は、社会的な死をなんとか回避したのだった。
やった!!
私はやったのだ!
部屋が一階で本当に良かった!!
私は大慌てで部屋着に着替えると、ベッドに崩れ落ちた。
Liner Notes
■Track 011
【分類 / Category】
[[1]:アイテム紹介] > [[12]:支援装置]
【日本語名称 / English Name】
光学迷彩ネックレス / Optical Camouflage Necklace
(別称:ぴよぴよガジェット No.02)
【概要 / Overview】
・特性とスペック (Properties & Data)
装着者の周囲の光を屈折させ、光学的に観測不能にする。
ただし、音や匂いは消せず、魔力消費も激しい。
効果は最長三十分。
激しい動きを行うとステルス効果は切れてしまう。
・備考 (Remarks)
バッテリー残量の警告音が製作者のフェニックスの設定ミスでかなり大きい。
修正は出来るが、小型化する為に技術提供を受けた異世界の魔王グラシャ=ラボラスのBLACKBOXの再起動が必要となり、手続きがかなり面倒である為しばらくこのままらしい。
【特記事項 / Secret Note】
・ガジェットについて (About Gadgets)
ぴよぴよガジェットは全部で七つ存在する。
異世界に持ってこれた第零元素のほとんどをアルカナ・フレア(変身セット)に使ってしまったフェニックスが、弱体化した状態でもリーナのサポートを出来るようにと用意した苦肉の策である 。
どれもフェニックスが持ってきたなけなしの第零元素をやりくりして構成されるため、一度に一種類しか具現化出来ない。
複数同時使用は不可である。
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