第二十四話:能力の正体
「諸君! 私の実験は今まさに“成功”した! 確かに見えているであろう? この落ち武者の幻覚が !!! 私は彼の能力の一端を制御することが可能となったのだ! そして至上の恐怖に震えあがるがいい! アハハハハハハ !!!」
相変わらず中二病臭いセリフを口からばらまく那仂をこらしめてやりたい気持ちはやまやまだったけれど、今はそうもしてはいられない状況に違いなかった。なぜならその“落ち武者”とやらが、こちらへと巨大な斬撃を繰り出してきているからだ。動きは緩慢なもののあまりに攻撃の範囲が広すぎて、実験場の端まで走って避難するしかない。
「イッサ !! リクト !! 早くこっから逃げんぞ !!」
人一倍足の速い三八が落ち武者の攻撃の隙をぬって実験場の出口のドアを開けようとする。けれど入ってきたときにはいとも簡単に開いた扉も今はビクともしない様子で、ヤツが必死に力をこめたところで無駄な行為のようだった。
「クッソ、なんで開かねぇんだ !!」
「三八 !! 後ろ !!」
「うおッ ?!」
三八が間一髪バク転で斬撃をかわす。落ち武者の刃はドアをかすめたみたいだったもののそこには傷の一つすらついていない。
この落ち武者は現実のものではないのか。でも、どうして皆が同一の幻影を?
「ふっ、なかなかではないか“ザッパ”とやら。その反射神経は並大抵のものではなかろう」
「気安くその名前でオレを呼ぶんじゃねぇ、この腐れマッドサイエンティストが !!」
そして僕は観察してあることに気がついた。
“落ち武者”は僕たちに攻撃を加えようとして太刀を振るうけど、那仂とヤゲンさんのいる方にけっして向かおうとはしないのだ。
この悪意のある映像、なにか法則がある気がしてならない。
「実験体になってもらった諸君には、その体力が尽きるまでそうやって鬼ごっこをしてもらうつもりでいる。我々はそれをゆっくり観戦させていただこうではないか。はたして、どこまで保つかな?」
「くっ――どこまでも悪趣味なヤツめ」
「そうだ。モルモットに冥土の土産というのはちと大袈裟だが、すこしこの幻覚に関して解説をしてやらないとだな。なにもわからないままに朽ちるとはあんまりにも可哀想じゃないか」
(解説?)
那仂はホワイトボード横にあった、直方体状の機械に手をついて寄りかかる。
「これはだな、任意対象の識閾下にあらゆるイメージや印象を投射することのできる実験装置で――サブリミナル効果というものをどこかしらで聞いたことがあるだろう? これを用いて陸斗の意識の深層に、 “とある”刷り込みをしたのさ」
サブリミナル効果。
通常であれば知覚することが不可能なレベルの微々たる刺激を、なにかしらの方法で与えることにより潜在意識に影響を及ぼせる方法だと本で読んだことがあった。ここ実験場へと足を踏み入れた段階ですでに照射が始まっていたのであれば、落ち武者の幻影を誰かに植えつけることは比較的容易だったのだろう。
「けけっ、自分で尻尾を見せびらかすとはたいした根性してんぜ。もらったぁ!」
ヤツは弱点見破ったりとばかりにホワイトボード近くを目がけて自前の五寸釘ナイフを三本投げつける。しかし、そこにヤゲンさんが立ちはだかりナイフは尻尾にはじかれてしまった。
「三八さんたちにはホントに申し訳ないんすけれど……所長の邪魔をするのならば私も手段を選ばないっす」
人間とも獣人ともとれないケンタ・フラダイトの瞳が、強く眼光を放ち正面を睨めつける。
「ナイスだカヲリ。事実この装置は繊細であり、アンテナを軽く傷つけられようものなら機能が止まってしまうのだ。実験体の分際で歯向かった蛮勇さだけは褒めてやろう」
「ちっ !! 案外脇が固いのが余計にムカつくぜ」
しかしそれにしてはなにか妙だ。第一、閾下知覚による集団幻覚であるとするならここまで自由にコントロールが利くとは思えない。少なくともが僕たち三人が同じ映像を共有して見ていると仮定しても、それぞれ違う挙動をする落ち武者の姿を観測していることにならなければおかしいことになる。それに那仂はあくまで陸斗のみ実験の対象にしていると語った。
つまりは別の“なにか”に僕と三八は巻き込まれたのであって、サブリミナル自体そもそもは食らっていない可能性が高い。
とするとこの幻影は陸斗自身の特殊な性質に起因するものであり、実験の目的とはすなわちその性質とやらを確かめる検証なのではないかという推理が頭に浮かんだ。
「説明の続きをさせていただこう。陸斗の能力について簡潔に述べれば――範囲内のすべての生物に自分が恐怖したイメージを分かちあうことができるといったものだ。さながら“幻覚の共有”という表現がふさわしいだろうか」
「幻覚の共有……だと !?」
なるほど――そういうことか。
「ああ、まさしく幻覚の共有だ。なんとも魅惑的な力ではないか、自身では耐えがたい苦痛を周囲に分散することで解決できるとは。親しき者に同じ体験を味わわせるなんて、誰もは一度夢見たことに間違いあるまい」
やっと自分の中で合点に至った。那仂は“正体不明の落ち武者に襲われる”というイメージをあの機械を用いて陸斗に伝達することで、自発的にこの現象を促したのだ。
脳に干渉して積み重なった刺激がある閾値を超えると、本人が意図するしないにかかわらず能力が開放されて頭の中にある生の幻覚を閉じられた空間内にいる全員へ直接送り込むことができるというカラクリだろう。
効果が他所へ伝播することを防ぐよう実験場のドアを閉め切ったことにも納得がいく。那仂やヤゲンさんに攻撃が向けられないのは、陸斗が自分に被害が降りかかる幻覚を見ているためだと理屈が通る。ともすれば落ち武者の暴走を止めるには、陸斗の目を醒まさせることが一番手っ取り早いと思われた。
「ねぇザッパ、落ち着いて聞いてもらいたいことがあるんだけど」
「なんだイッサ。こんな状況で落ち着くのはやや難があるんだが」
僕たちは鬼ごっこにもいい加減ほとほと飽きつつある。張本人の陸斗は三八に手を引かれるままうつむいて、一言も発する素振りを見せない。
「問題の根本を断つには陸斗から幻覚を引き剥がす必要がある、自分が落ち武者を引きつけるからザッパはどうにかして陸斗を正気に戻してほしい」
「でもそれじゃイッサが」
「心配しなくても大丈夫。逃げ足はこれでもけっこう速いほうだしこれは現実じゃないんだ、たかが知れているよ」
「……おっしわかった、そんじゃよろしく頼むな!」
ヤツは陸斗をヒョイッと抱えると最も死角になるであろう隅へ走った。
僕は一人きりで落ち武者の幻影に対峙する。半透明の巨体に朱色の甲冑をまとい、双対の太刀を手に持ちいざ斬りかからんと構えを取っていた。――なぜだろう。相手が業物を携えているゆえなのか、僕の爪がうずいて仕方がない。幻覚に爪を立てたとしてダメージを負わせることはできないはずだ、非現実なのだから。
「おいリクト、しっかりしろ !!」
後方でヤツがなんとか陸斗に正気を取り戻させようと奮闘している声が聞こえてくる。一度幻覚に呑まれた意識を元どおりにするには、我に返ってもらうしか方法がない。
「……ないです。僕は知らないです。僕はなにも知らないです」
たどたどしく陸斗はその言葉を繰り返す。まるで己に言い聞かせるふうに繰り返している。
「知らないってこたぁないだろリクト。いったい……どこでそんな能力を手に入れたんだ?」
「…………。……ねぇっていってんだろ」
? よく聞こえなかったけどいきなり口ぶりが荒っぽくなった。声のトーンもドスの利いた黒々しいものになってゆく。
「おい、ちょっと落ち着けって――」
「シラねぇっていってんだろがクソボケがぁ !!!!」
予期せぬ逆上に思わず振り返る。困惑する三八を前に、陸斗は泣き散らし怒り狂っていた。
「ああシラねぇよなんもシラねぇ !! お父さんもお母さんも死んじまったし、警察はマトモに取り合ってくれねぇし、挙げ句の果てには実験だ落ち武者だ幻覚の共有だぁ !?!? ふざけんのも大概にしろよイカレトンチキ !!!! 僕がなにか悪いことをしたってんだ、この……」
涙交じりのがなり声がやや言いよどんで、烈火のごとく真っ赤になっていた顔色が、青白く急降下する。見上げれば落ち武者は黒のない眼をギロリと剥き、陸斗のことを見やっていた。
「ヒェーン……」
バタッ
倒れかけた体をとっさに三八が支える。陸斗は実に見覚えのある形で、ふたたび失神した。されど落ち武者は消える気配を見せない。それどころかピンピンした調子で油断した僕の不意をついて、反射的に身をひるがえしたところをさらに斬って斬りかかってもてあそんでくる。
「素晴らしい……ああなんと素晴らしきことか。気絶してもなお能力の発現が継続するなど、実に夢みたいな力に他ならない! 乎弥擅陸斗。見立てお眠りのご様子だが、ゆめゆめ目を覚ましてくれるなよ。まだ試したいことが、山ほどあるのだから……」
那仂はピョイとひと踊りして全身で狂喜の感情を表していた。マズい、このままだとヤツの思うツボだ。いっこうに止む気配を見せない幻覚をこのまま放置していれば陸斗の身に危険が迫っていずれは取り返しのつかない事態になりかねない。だけど――どうしたらいいんだ?
三八が必死に揺り起こしてはいるけれど、陸斗はうんうんとうなされていて、覚醒するかもはなはだ怪しい。
ニョキ
! 堂々巡りの僕へと肩を貸すように、爪がおのずと飛び出てきた。
たんなる短所とばかり思い込んでいたけれど先日探検した廃病院で僕たち二人の命を助けてくれた爪。地下はいより上がってきた謎の巨大ロボットをみごと葬り去ってくれたなによりも“かたい”爪。自分の身体の一部のはずなのにどこか別の意識さえ持っているふうすら思えてくる僕の爪。…………、けど今回の相手はロボットじゃなく幻覚だぞ?
まあいい。とにかくいい。直感が“やれ”と囁いているのだから仕方がない。こうなっては意地だと割り切るしかないのだろう。
一か八か、賭けはあまり好きじゃないのだけど。やってみるだけやってみましょうか――。
僕は、目の前の落ち武者が振るった斬撃に、それとなく手をかざした。
ガギ ガギギギギ
お……思ったより重い !! けれどギリギリ受け止められている。
落ち武者と那仂の動揺はひどく同期してたがいにギョッとした態度を示した。手応えアリ、してやったりだ。これならいける!
「な、なんだと ?!」
そこからはなにもかもが簡単だった。向こうは実体を持たないただの幻影、こちらは幻覚に作用することのできるケモノの爪。どちらが有利なのかはとうに明白であるに違いない。
バッサバッサと落ち武者の刃に爪を振り立てて、粉々に砕いてゆく。見せかけの攻撃手段を失った落ち武者など、士であれ丸腰を通り越して赤子同然に扱える。
「か……カヲリ。私は、いったい、なにを目撃しているのだ?」
「…………」
とどめのときがやってきた。
落ち武者とて元をいえば武士だ、たかが幻影とて武者は武者だ。その姿に恥じのない散り方をさせてやらねばならぬ。うろ覚えではあったけどここは一つ、ふさわしい最期を思いつく。
勢いよく助走をつけ天井近くまで大きく跳躍をとり、特徴的な月代とザンバラ髪にこの右腕をイッキに振り下ろした。
「『必殺・一刀両断 !!!』」
バリバリバリ
甲冑さえこの鉤爪の前では薄紙同然にすぎない。僕の爪は落ち武者の頭からつま先までを、寸分の迷いもなく切り裂いた。そのとたんに落ち武者の身体は骸になったかと思えば瓦解し、黒いモヤとなって空気に溶けてゆく。
やった、僕らの勝ちだ。両腕に残る疲れがそれを物語っていた。
「……うぅ」
幻覚が霧散したのとほとんど同タイミングで陸斗は目を覚ましたみたいだ。駆け寄ると僕と三八を不思議そうな顔で見つめてきた。
「あれ、一朔さんと三八さん? あの落ち武者はどこへ行ったのですか……?」
陸斗がいつもの口調に戻ったことに僕は心底安心する。あのなにか悪いものに取り憑かれたような口ぶりは戦っている最中も少なからず気がかりだった。やっと一息つけたところで、ヤツがガシッと強引に肩を組んでくる。
「イッサ、やっぱお前ってスゲーんだな! 廃病院の地下にあったあのデカブツといいあんなどデカいヤツ相手取ってひるまずに立ち向かって倒せるなんて、ホント勇敢だしカッコいいし最ッ強だぜ!」
「ちょっとザッパ。腕がダルいんだから勘弁してってば、それに今回もたまたまなだけだよ」
「廃病院の地下? もしや怖い話ですか !?」
「あーその話は長くなるしあとあと、また今度会ったときに話すよ」
恐怖より解放された僕たちが戦いの余韻に浸りながら笑っていると、なに食わぬ顔で那仂がやって来た。出たな、全ての元凶――でも今は怖くない。
「ふふ……諸君の力、どうやらこの所長たる私とてみくびっていたようだ。特に骨躙一朔、君の戦いぶりは圧巻の一言だったよ」
「あ、そういうのいいので早く帰らせてもらえませんかね」
実際問題さっきからずっとお腹が空いていた。さっきまでの戦闘でそうとうカロリーを消費したのかもしれない、きっと外はもう夕方でおそらく雨も止んでいることだろう。
「うぐっ……し、しかしだ。これで新たなる研究の対象が見つかった。骨躙一朔――その体を調査させていただく !!!」
そういい僕に向かい捕縛用と思われるアミを投げつけてきた。――なんだ、普通のアミか。三八が陸斗を巻き添えさせまいと突き飛ばしている一部始終が背中で感じ取れる。
「いいか、これはアラミド繊維といって頑強な糸で作られている、いくらその爪が鋭かろうとこのアミを断ち切ることは不可能なはずだ。まずはそのヘッドフォンを……へ?」
アミは爪の一振り二振りで、呆気もなく木端微塵と化した。眼前の現実が理解できていないのか、ポカンと立ちすくんでいる。
「スマホ、出して」
「え」
「いいから出せって」
「あ、はい……」
わけのわからなさそうな顔で白衣のポケットから取り出したスマホを、那仂は僕へ手渡す。それを口元に運び、片方の牙で画面をバキッと砕いた。血と液晶の味が舌いっぱいに広がる。
「ヒェ」
はたから見たら僕は修羅のような面構えをしていたことだろう。
「いいか――これはケジメだ。次同じようなことをやったら……いいな」
那仂はその場にかがみ込んで、顔を覆い隠してガタガタと震え出した。カチ割ったスマホと口の中に刺さったガラスをペッとその場に放ち、三八と陸斗が待っている方へと足を進める。
「あーあ、所長やっちゃったっすね。ああいったお方は怒らせるとメチャメチャ怖いんすよ」
「イッサ……お前」
「大丈夫。さて、 “用”も済んだことだし帰ろうか」
これで腹の虫がすこしおさまった。なんだかヤツも怖がっているふうに見えるのは気のせいなのか。陸斗は陸斗でまたしても状況が呑み込めていない様子で、どことなく上の空だった。
三日後には誰しもが八月を迎える。
はてさてこれからどうやって過ごそうか。五万円の使い道も決まっていない。浮気な思考に振り回されながらついぞ無言のまま、僕らは研究所をあとにしたのだった。




