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第二十話:保健室にて

 目の前でネズミ獣人が倒れている。僕らと同じ中学生なのだろうか、痩せ細った小さな体をしていた。

 否――今は悠長に分析している場合などではない。

「おい !! しゃんとしろ、目を覚ませ !!」

 (さん)(ぱち)がネズミ獣人の半身を起こして肩を揺さぶって頬を軽くはたく。が、意識が戻る気配(けはい)をいっこうに見せないでいる。息はしているみたいだけれども、このまま放置すると危ないのはたぶん確実だ。

「イッサ、ボーッとしてんじゃねぇぞ。オレが頭と肩を持つから、逆に足か腰を持ってくれ」

「えっ……その子を持ち上げてどこに運ぶつもりなの?」

「そりゃ保健室に決まってんだろ。オレらじゃ対処できないなら直接診てもらう必要がある」

 一人が先生を呼びに行ってもう一人はネズミ獣人を介抱することのほうが、この場ではより適した判断ではないかと一瞬考えたものの、ヤツは予断を許さん状況だとばかりに早く来いと()かしてくるので仕方なく僕も手を貸すことにした。腰の下に腕を滑り込ませ、合図を待つ。

「いけるか? 持ち上げるぞ、せーの――」

 難なくネズミ獣人の体は宙に浮いた。予想していたとおりとても軽く、かえって余った力のせいで一瞬バランスが危うくなる。

「おっし。ここはグラウンドを通って高校棟の昇降口まで向かうぜ」

 今の時間、幸い高校生はまだ午後の夏期講習が続いていたため校庭には誰一人いなかった。

 極力目立つことのないよう学校を取り囲む塀に沿って外縁をひたすら歩く。高校側の正門に来たらあとは真っ()ぐに昇降口へと進むだけだ。ローファーを脱ぎ散らかし靴下のまま上がり込み、すぐ左側の保健室の前にどうにかたどり着いた。いくら軽いとはいっても蒸したなかを移動したので、大汗をかかずにはいられない。

 コンコンコン

「し……失礼します、急患です」

「はーい」

 ゼーゼーと息切れするのもそこそこにドアをノックすると、常勤の養護教諭の西宮(にしのみや)先生が保健室より顔を出してきた。はじめ小柄な黒ネコと小柄な白いオオカミが同じく小柄な生徒を担ぎ込もうとしている場面に(うさぎ)獣人の先生は困った表情を浮かべていたけれど、ネズミ獣人を一目見るなりすぐさま事情を察したのか手慣れた様子で僕たちにテキパキと指示を伝える。

「……わざわざ暑いなかご苦労さま。脈を測るからその子をこのベッドに寝かせてもらえないかしら」

「はい、わかりました」

 僕と三八はそのままうまいこと保健室に入り、のびたネズミ獣人を備え付けてあるベッドに横たわらせる。スニーカーを脱がして西宮先生がネズミ獣人の呼吸と脈拍を確認し、ベッドをサーッとカーテンで囲い仕切った。

「二人ともここに運んでくるの大変だったでしょ。名前と学年をそれぞれ教えてちょうだい」

「ええと、自分は中学二年A組の(ほね)(にじり)(いっ)()です」

「オレは(にん)(ぎょう)(がた)三八、イッサと同じくA組です」

 先生は手持ちのメモにサラサラとペンを走らせる。保健室の先生は誰がやってきたかの記録もしなくてはならないのだろうか。

「あなたたちはこの子、というより(りく)()くんとは友だち?」

「いいえ。中学棟自転車置き場の(しげ)みでうずくまっていたところをザッパ――三八が見かけて声をかけたのですが、なぜかこちらを見るなり突然気絶してしまって。これといい面識はなく初対面です」

「コイツはなにかに(おび)えていた様子でして見るに見かねて肩を揺すると、オレじゃなくイッサのほうを向いたかと思えば、素っ頓狂な声をあげて突然倒れたんです。オレもコイツのことは知らないですね」

 現に今、ようやくネズミ獣人の名前が“陸斗”だと明らかになったところだ。情報通のヤツさえ知らないということはよほど影が薄い人物なのか、もしくは別の学年にいる生徒なのかと思われた。

 西宮先生は額に手を当てハーと長いため息をしたのち、椅子に深く腰かけ僕らにも席に座るよう促してくる。

「関係者になった以上仕方ないわね……一朔くんと三八くん、この子の事情をお話しするわ」

「“事情”、というのは?」

「一応知っておいてもらいたいものよ。もちろん、くれぐれも内密にすることを約束してね」

 先生が語った内容は以下のとおりだった。

 ネズミ獣人は()()(ゆずり)陸斗といい、僕と三八や()(いち)とは異なるクラスに所属する同学年だという。そもそも今日はカウンセリングを兼ねた面談の予定だったみたいで、わざわざ僕たちが運ぶまでもなくみずから正午過ぎに保健室を訪れるはずだった。

「形はどうあれ陸斗くんは来てくれるだけまだマシね。それに比べて余市くんときたら……」

「あーヨイチはそういうヤツですから、仕方がないですよ」

 三日前の一件による鬱憤なのかはわからないけど、ヤツは珍しく諦めたふうにいう。

 陸斗は現在大変な事件に巻き込まれており詳細は教えられなかったものの父親が蒸発、母親が変死、といったかなり大変な状況にあるらしい。特に母親の件に関しては陸斗自身も警察に疑われており、昨日は実際に市の警察署にて取り調べを受けてきたとのことだ。

「きっと精神的に参っていたところにあなたたち二人が突然現れて、びっくりしてしまったのでしょうね。陸斗くんはこの学校に入ってからかれこれ通算四回も失神してそのたびにここへ運びこまれているわ」

「ああー、だから対応に慣れていらっしゃったのですね、救急車は呼ばなくても問題はないのですか?」

 敬語は慣れないのか、三八はダンマリとしてはいるけれどやたらソワソワしていた。

「最初は大事を取っていたけれどだいたい三十分も待てば目を覚ましてくれるのよ。ところであなたたちがあの登校拒否の悪名高い問題児くんと接点があるとはね……いったいどういったつながりなのかしら?」

「そ……それはいろいろあって言えないです」

 真面目な会話が雑談に移ってきたころ、ベッドのほうがモゾモゾと音を立て始める。

「あら、もうお目覚めの様子ね。一朔くんと三八くん。これから軽く面談をするからいったんここを離れてちょうだい。陸斗くんには後でお礼を伝えるように言っておくわ」

「わかりました、廊下で待機しています」

 保健室を一歩出たとたん、ヤツの尻尾が抑え込んでいたものを解放したみたいにブルブルと唐突に律動を開始した。――嫌な予感がする。

「なーあイッサ。リクトの事件、オレらで解決しちゃわねぇか?」

「ちょっと三八(ザッパ)、あまりにも不謹慎がすぎるよ」

 ほら言わんこっちゃない。根っからのオカルトマニアには“蒸発”や“変死”といった単語は刺激が強すぎる気がしたけどまさかこれほどだとは。陸斗が戻ってきたらおそらく質問攻めにする未来が目に見えているため、ここで一度三八には釘を刺しておかねばなるまい。いくら純粋な好奇心とはいえど、みだりに他人の身内の死を詮索しようとするのは言語道断だ。

「リクトがいちばん事件の真相を知りたがっているだろーに。そこにちょっとばかし手を貸すだけだって」

「いいやそうかもだけど、最もこの件で心の傷を負っているのは陸斗なんだよ。部外者が首を突っ込んで要らぬお節介(せっかい)を焼くと――」

 ピシャーン!

「「 !!」」

 保健室の扉が突如としてやかましい音を放ちながら開き、有無を言わさず僕たちの話を中断させた。入り口にはしょんぼりした陸斗と、仁王立ちしていかにも機嫌が悪そうな西宮先生が立っている。もしや、ヤツの話していたところがすべて筒抜けになっていたのか。だとすればそうとうマズい。

「面談は終わりよ。……早く帰りなさい」

 うん? 怒っていることはたしかみたいだけれど、なにか違うような。

「早く、帰りなさい !!」

 先生はその言葉を繰り返すと陸斗をつまみ出し、強引にドアを閉めて作業へ戻っていった。……保健室でいったい、なにがあったのだろう。

「やーいお前怒られてやんの~。というより大丈夫だったのか?」

 三八は()れ馴れしく、陸斗というネズミ獣人に話しかける。陸斗はモジモジしてどう返せばいいか迷っているみたいだったけれど、僕のほうを目に映すなりあからさまに顔をしかめた。でもそれは一瞬の出来事で、やはりどこかしょぼんとした表情をして話す動作をとる。

「えっと――あの、一朔さんと三八さんで合ってますよね」

「おう、黒いほうがイッサで白いほうがオレだな。たしかリクトって名前だっけか?」

「そうです。……今回はお二人にご迷惑をおかけてしてしまって、申し訳ありませんでした」

 露骨にしかめっ面をされた割には、やけに腰が低い印象を受けた。なんとなく僕に似ている気がするけれど、なぜだかそれを認めたくない自分がいる。

「おいリクト、同い年なんだから敬語なんて使うなって。べつになんのこれしきたいしたことじゃないさ。そう深く謝られるとむしろこっちが反応に困っちまうぜ」

「すみません、普段から敬語を使っているのでタメ口にするのがその難しくて……とりあえず保健室に運んでくださり、本当にありがとうございました」

 陸斗は僕たちの前で深々とお辞儀をした。あまりに丁寧な言動に、ヤツは逆にギョッとした素振りを見せる。三八にしては珍しい。日頃の行いも相まって、くるものがあるのだろうか。

「……それで続けざまに失礼ではあるのですけれど、一朔さんと三八さんにお願いしたいことがありまして」

「な――なんだリクト。遠慮しないで言ってみろよ」

「実は知らない人物から最近つきまとわれていまして、もしよろしければ助けていただけないでしょうか……?」

 まさかのSOSに思わず僕の目は点になる。なんだろう、このパターンはどっかで経験した覚えがあった。まるで余市に弱みを握られアオイさんの用心棒にスカウトされた、みたいな。

「うーん。なんでオレたち、なんだ? リクトには警察が味方をしているんじゃないのか?」

「僕からしたら三八さんたちはすごく強そうに感じるからです。それと、訳あってしばらくは警察が動いてくれなさそうなので」

「そりゃいったいどういう……まあいい。イッサはどう思う?」

 どうやら僕たち二人はなにかしら訳アリなものを抱える者にとって、謎めいたことにひどく心強い存在だと認識されるみたいだ。どう思ったもなにも、答えはもうすでに決まっている。

「警察がダメなら探偵に依頼をすればいいんじゃないの、少なくともプロに任せるべきだよ」

 もっともらしい方便を並べ立ててみたものの本音としては、はばかりなく不愉快な顔をする相手にあえて肩を貸すほど優しくはない、と暗に示したい気持ちがより勝っていた。陸斗には申し訳ないけれど明確に厄介だとわかる物事にこれ以上関わるのはゴメンだ。ちょっとぐらい平穏が欲しい。

「だったらオレらがその探偵役をやるってのはどうだ? 少なくともオレは協力したいかな、なにより面白そうだしさ」

「え、三八さん本当に協力してくださるんですか ?!!」

 陸斗のテンションがわかりやすく上がる。しまった、墓穴を掘ってしまったかもしれない。

 探偵なんて言葉をうかつに出せばヤツの興味を()きつけるばかりじゃないか。このままだと例によって巻き添えを食らうことは必至だ、どうにかして興味を()らさなければ。

「でも変に動くと犯罪に巻き込まれる可能性があるしなにか起こってからだと危ないんじゃ」

「なーに言っているんだイッサ。その爪で廃病院のロボットを打ち負かしたのを忘れたのか? オレもいるしリクトも一緒なんだから、そう心配するなって」

「こ……ここでその話題は卑怯でしょ」

 ロボットのくだりについてこれないのか陸斗はキョトンとしている。廃病院の一件、あれはたまたま起こせた奇跡みたいなもので自分でもどうしてあのときヘッドフォンに導かれるまま攻撃できたのかまったくわからないでいた。制御できない不確定な力ほど頼りないものはないだろうに。

 しかしこの押し問答、僕側に勝機がないことはもはや明白だ。実際詰みが近いのを感じる。

「ふむ。リクトが依頼人、オレが探偵、イッサが助手って具合だな。なにか異論はあるか?」

「僕はそれで大丈夫です、本当に本当にありがとうございます!」

「……わかったよ、なにが待ち構えていても知らないけど」

「おっしゃ! それじゃ早速やるぞー !!!」

 こうして結局、僕は三八率いる“探偵ごっこ”なるものに付き合うハメになったのだった。

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