第十九話:取り調べ
カチッ ピコン
「七月二十八日午後四時半第二取調室。聴取役、都留真也」
「調書役、横瀬修二」
「録音開始。さて、あらためて名前と種族をいってもらえるかな」
ガラッ
「は……はい。乎弥擅陸斗、ネズミ獣人です」
「陸斗くん。君は米才市の中高一貫校に通っていると聞いたけど、これに間違いはないよね」
「はい」
「おうちはどこに?」
「な、中月と山際の市境です。いつもは六姫線を使って東米才駅から歩いて学校に向かっています」
「ほうほう、六姫線は三十分に一本しか電車が来ないから通学はけっこう大変だろうね」
「え。――ええまあ」
「それじゃ陸斗くん、早速だけど一昨日の事件のことについて話をしようか」
「…………」
「まだ話すことが、難しいかな」
ギシッ
「――いえ。僕自身もなにが起こってこうなってしまったのか、よくわかっていないんです」
「それを洗い出して精査するためにも一度、言葉にしてみることが肝心だよ」
「…………」
スー
「そんなに犬のお巡りさんたちを怖がらなくても大丈夫」
ハー
「…………、わかりました」
「まずは事件の前にあった出来事について、可能なかぎり思い出してほしいな」
「はい、――たぶんことの発端は父親との音信不通にあると考えています」
カチャ
「音信不通というと?」
「ええと。僕の父親は軌道エレベーターの建設事業に関わる仕事をしていて、立場上忙しい身ということもありしばらく家に帰ってきていなかったんです。携帯越しのやり取りは定期的に行っていたのですが、ここ数日でいきなりプッツリと連絡が途絶えてしまって……」
「連絡を取り合っていたのはお母さんかな?」
「はい。主に母親が通話をしていましたし、僕もたまにメッセージを送っていました」
サラサラサラ
「ふむふむ、いつぐらいからお父さんとつながらなくなったの?」
「初めに気がついたのはたしか、二十日の夜です。その日の昼休みまでは普通に返信があったと、母親は言っていました」
「でも――そこからいっさいの音沙汰がなくなっちゃったんだよね」
「……仕事が忙しくて連絡する暇さえないのだろうと、最初はそう悲観せずに返事がくることを待っていました。しかし二日三日経っても既読すらつかず、流石におかしいと思った母親が父親の会社に問い合わせたんです」
「会社側の返答は?」
ギシッ
「“こちらも行方がわからない”――と、ただ一言のみ」
「それは……明らかに怪しいね」
「母親はその答えに納得するわけもなく、詳細を聞き出そうと何度も電話をかけていました。直接会社に出向いてまで問いただそうとしたらしいのですが、結局消息の手がかりもつかめずじまいで……」
「お母さんは警察に相談しなかったの?」
「いえ。二日前の夕飯の際に明日警察へ通報してみると話していました。――それが、最後に母親と交わした会話です」
「なるほどね。――二十六日のこと、もうすこし詳しく教えてくれないかな」
「…………」
「思い出すだけで苦しいよね、こんな辛いこと聞いちゃって本当にごめんよ」
ガタガタ
「だ、だ、大丈夫です。これは、僕にしか話せない、ことなので」
「ありがとうね陸斗くん。――続きを聞かせていただくよ」
「は、はい。二十六日の夜に晩ご飯を食べていると、突然体に異変が起きました」
「“異変”――というのは?」
「だんだんと眠気が襲ってきたんです。普段お腹が満たされると睡魔に襲われやすい体質で、てっきりそのときもそれだとばかり思っていました。けどしだいに眠気が強烈になってきて、ついには机に突っ伏しているのが限界の状態に陥ったのです」
「お母さんもそのとき眠たそうだった?」
「ええ……初めは目をこすり頻繁にあくびを繰り返す程度でしたが僕と同じふうに朦朧とした様子で、椅子の背もたれに寄りかかり料理を口に運ぶ手を止めてしばし目を閉じていました」
「うんうん。そこからの記憶は残っている?」
「…………。ほとんど、ありません。僕とおそらく母親もそのまま寝てしまったと思います」
「それから次の日に目が覚めると、陸斗くんが通報した状況ができあがっていたってわけか」
「…………」
「陸斗くん、大丈夫?」
コヒュー コヒュー
「す、す……、……すみません。下手に思い出そうとしたらフラッシュバックしちゃいました……うぅ。お父さん、お母さん」
ポタ ポタポタ
「落ち着いて深呼吸して。すこし、休憩を挟もうか」
「は――はい、お願いします」
(数分の沈黙)
ジー
「多少なりとも心の整理ができたかな」
「はい。すこしは、落ち着くことができました」
「それは良かった。話を続けることもできそう?」
「――頑張ってみます」
「いいね、偉いよ陸斗くん。二十七日の朝のことを一回振り返ってみようか」
カチャカチャ
「わかりました。昨日の朝まず気がつくと、僕は床に横たわっていました」
「場所はテーブルの下で合っているよね」
「ええ、椅子に座った姿勢のままズリ落ちた感じ……といえば伝わるでしょうか」
「まあなんとなくイメージできるよ。目が覚めたとき、真っ先に気がついたことってある?」
「……手がなにか金属製の重たい物を握っている感覚と、血とかすかな火薬の臭いです」
「ここに用意したこれが――、その正体だったんだよね」
ゴトッ
「……ッ !!」
ガチガチガチガチ
「心配しなくてもけっこう。この拳銃が握られていたことを確認してもらいたいだけなんだ」
ガチガチガチガチ
「君は物的証拠で容疑をかけられている、……自分の置かれた状況を理解してくれたかな?」
ガタッ
「ぼ、ぼ、僕じゃないんです !! 目が覚めたら手の中に拳銃があって、それで――」
「お母さんが弾丸を頭に受けて死んでいた、と」
「…………」
「ここまでは通報内容のおさらいだ。その時の詳しい状況について聞こうか」
「…………」
「こちらとしても陸斗くんのことを疑いたいわけじゃないんだよ、情報の整頓を進めようか」
(数十分のあいだ、聴取役による尋問がなされ被疑者はすすり泣きながら受け答えを続ける)
「――わかった。これで、この件の事情聴取はいったん片づいたかな」
カチャ
「え、僕は解放されるのですか?」
「そういうことさ。ただ今日のところは、というだけでまた後日聞くことも多いだろうけど」
「えっと……結局、僕に対する疑惑は晴れたんでしょうか」
ギシッ
「それに関して現時点ではなにも言えないよ。正直なところ、話を聞いたかぎりだとあまりに不明な点が多すぎる」
「……やはり、そうなのですね」
「それと――」
「なんですか?」
「こういったことを何度も経験しているからわかることだけど……おそらくこの事件は一枚岩じゃない。なにかとてつもない闇のニオイを感じるし、そこに切り込もうとするならこれから長い戦いが待っている気がするんだ。こう見ても案外、鼻は利くほうでね」
「なんだか……とても頼もしいです」
「ふふ、ありがとう。すこしでも変なことがあったら早く連絡してね。――横瀬さん、調書をこちらにお願いします」
ガララ
「あいよ」
スッ
「ありがとうございます……さて陸斗くん。今日は長い時間、本当にお疲れさまでした。最後にこの供述調書の中身を確認してサインをもらえないかな。もし間違えがあったらいってね」
「わかりました、確認して書きます」
カチッ サラサラ
「そうだ。一応聞いておくけど、事件のあとなにかおかしなことはなかった?」
ピタッ
「……どうしたの、陸斗くん」
「すみません……事件と関係がないと思って話さなかったことが一つ、あります」
「なんだい?」
「実は事件後からとある人物、というより正体不明なアカウントにつきまとわれてまして……考えすぎなのでしょうけど、どうにも気になってしまう自分がいます」
「ふむ、いわゆるSNS上でのトラブルか。先に調書をもらってもいいかな?」
ガチャ
「すみません。具体的な内容なのですけれどそのアカウントから、支離滅裂な文章と画像が、しきりに送られてくるのです」
「画像というのは、どんな?」
「それは、その――。…………」
ガタガタガタ
「大丈夫かい?」
「…… !!!!」
(突如として調書役と思われる声にならない絶叫があがる)
「横瀬さん……? おい、これはマズいぞ」
「GIFファイルで、画像を再生すると」
「事情聴取は中断だ陸斗くん。机の下にいったん隠れてくれないか」
「冒頭は天井が映されていて、そこに――」
「中断だと言っているだろう !!」
ガタゴトガタガタ
「横瀬さん !! しっかりしてください !!」
タッタッタッ
「無数のシミが、しだいに浮かんできて」
「ああクソッ……助けを呼んできます !!」
(叫び声が断続的に繰り返される)
ガチャガチャガチャ
「な、なんで開かないんだ !? おい外の誰か、急病人だドアを開けてくれ !!」
「シミから黒いものが、徐々に生えてきて」
ドンドンドンドン
「おーい誰か !! ッ ?! なんだ、いったいこれは?」
「黒いものは腕で、手を大きく開いて」
ヒュー ヒュー ヒュー ヒュー
「クソッ、誰か助けてくれ。俺はまだ、死にたくない。…… !!!!」
ジョボボボボ
(言葉に表せない断末魔)
ドタッ
「僕らを天井へと、引きずり込もうとする」
ツー カチッ
(記録終了)
「は~、一週間が長かったぜ」
「そうかな? 自分はむしろ案外あっけなくて、なんだか物足りないくらいだったよ」
「真面目ぶるのも大概にしとけっての。でもこれでようやっと念願の夏休みだァー!」
僕らは五日間の夏期講習を完遂して、昇降口でローファーに履き替えこの学校からしばらくのあいだおさらばしようとしていた。明日より長期休みが到来するという事実に早速、ヤツはウキウキして足が地に着かない様子でいる。僕も僕で心なしか胸が高鳴っている己を認めざるを得ないでいた。
だけどそれと同時に、ささやかな疑問も浮かんでくるものだ。
「ところで三八、この夏はどうするつもりでいるの?」
昇降口を出て一緒に校門へと向かうかたわら、僕は三八に問いかけた。
本格的な夏休みの到来――それすなわち膨大な時間を与えられどう過ごすのか個々人の判断に委ねられている事実を意味する。活動的な人物にも日陰者にも平等に割り振られ、有意義に用いて成長の機会にするも暇を持てあまして怠惰に浪費するも、それは自己責任かつ自由だ。
「おいイッサ。またなんか難しいこと考えちゃいないか?」
「そ……そんなことないって。ただ昨年があまりにもハードだったからさ、つい」
一年生のときは小学生の頃のぶり返しのごとくほとんど毎日プール、虫捕り、たまに祭り、あと廃墟巡りに大忙しだったため体力も気力も懐もすっからかんになった記憶しかなかった。
「えー楽しかったじゃねぇか。今年もオレはイッサを連れ出してあっちらこっちらウロチョロするつもりでいるんだけどなー。そうだ! 上手線を徒歩で一周するなんてどうだ? 都内の大学生連中に流行っているらしいぞ」
「……勘弁してください。暑すぎて、死んじゃいます」
「ああそっか――イッサにこの時期の昼間はまさしく地獄だったな」
ヤツは全身黒毛である僕の苦悩をまるでわかっちゃいない。今日のように曇天ならまだしも快晴で日光がジリジリと照りつけてくるうえにヒートアイランド現象で頭が溶け落ちてしまいそうな蒸し暑さの都内を数十キロ以上も歩き通すとなれば、いくら水分補給を欠かさなかったとしても道半ばで天に召されることは必至だろうに……なにを考えているんだコイツは。
仕方なく代替案をこちらから出す。
「市立図書館に通うのはどう? あそこなら冷房が寒いくらい効いていて涼しいと思うけど」
「却下、本はうちに十分あるから間に合っている。ってか図書館で騒げないし遊べないだろ」
「うーん。じゃあエンペリオンは? 毎日通えば夏休みの宿題だってすぐ終わるよ、たぶん」
「悪くはないけど金がかかるな、せっかくもらった五万円ならもっとマシなことに使いたい」
なかなか意見に賛同してもらえない。なにか他にいいアイデアはないか……あ。
「アオイさんのお宅にお邪魔するのは大丈夫なんじゃないの? ほら用心棒とかなんとかで」
「バカ言え。このあいだ連れて行かれてどんな目に遭ったかもう忘れちまったのか? 用心棒や護衛なんて、報酬アリでもしばらくはこりごりだっつーの。それにイッサ――その様子だと気がついていないな」
「え、……なにが?」
キョトンとしていたのだろう僕の顔を見て、ひどく呆れたふうに三八はため息をつく。
「余市とアオイはつまるところ、彼氏と彼女なんだよ。その二人だけの生活をオレらがむやみやたらに邪魔しちゃ申し訳ないにもほどがあるってもんだろうに」
「あー……自分、恋愛に疎いっぽいからわからなかった。わざわざ教えてくれてありがとう」
「――クソッ」
ヤツは僕へ聞こえないようにか、ボソッとそっぽを向いて毒づいた。なにか知らず知らずのうちに癪なことを言ってしまったのか? すこし不安になる僕をよそに三八は話を続ける。
「イッサにはそれ以上いい案はなさそうだし、ここはオレに任せておくんだな」
「え。けどそれだと自分はまた連れ回される日々を送ることになるんじゃ……」
「安心しとけ。そこらへんうまい具合配慮するから去年みたいなことにはならないさ。つーかオレはイッサといるだけですごい幸せだし、逆にイッサは一人だと引きこもっちゃうだろ?」
「……はい、おっしゃるとおりです」
ヤツとは幼なじみで親友ということもあり、毛色のことを除けば僕がなにをもってどう行動するか手に取るようにわかるようだ。それは僕も同じといえばそうなのだけど、先導するのはいつだってやっこさんなのがすこしだけ悔しかった。僕にもなにか、力があって三八を支えることができればいいのに――。
「うん? あれは誰だ?」
校門手前の自転車置き場に差しかかるとヤツは唐突にその歩みを止めた。視線を向ける先を追って見れば、自転車置き場の奥の茂みがガサゴソ音を立てて揺れている。不審者かと考えて身構える僕とは対照的に、三八はそっちへ悠然と足を向けた。
「ちょ――不審者かもしれないし、危ないよ」
「いや、おそらくはここの生徒だ。一瞬だけど夏服が見えた」
ヤツの背中を走って追いかける。?の鳴く声がだいぶ近くに聞こえるぐらいの茂みに入り、生徒と思われるその人物の姿がハッキリと明らかになった。
「おい。お前、大丈夫か?」
ネズミ獣人……ズボンを穿いていることから判別するに、オスだろうか。しかし三八の声に反応することはなく、地面に膝を抱えうずくまりグレーの体をガタガタ震わせている。まるで怖いものを見てしまった子供が怯えているみたいに、小さくそこで丸まっていた。
「大丈夫かって聞いているんだ、返事くらいしろよ」
優しくあやすかのようにそういって、ヤツはネズミ獣人の右肩をつかんでゆする。すると、しばし間をおいて頭を上げたかと思えばなぜか三八のほうではなく僕のほうへ急に目を運んできた。恐怖に染まった赤い瞳と、視線が合う。
「ヒェーン……」
突然消え入りそうな変な声をあげたかと思えば、そのままネズミ獣人は失神してしまった。




