第十八話:賞金首防衛戦
国際指名手配。賞金首。
こんな物騒な単語をいきなり一つや二つぶつけられては思考停止することも、やむを得ない状況に今は違いなかった。この部屋で起きたにわかには信じがたいあれこれを含めアオイさんはただ留学先から戻ってきた一般大学生でないことは事実のようだ。けれど“国際指名手配”なる単語にはこれまでの経緯を踏まえると、無意識になにか引っかかるものを感じる。それがうまく言語化できない僕のじれったさを察してか、三八は違和感の正体を代弁した。
「なあアオイ。たしか空路を使って日本に帰ってきたんだよな? けどさ、その国際指名手配なんて身分じゃ、そもそも飛行機に乗れないどころか空港にさえ入れないと思うんだが」
ドドドドドドドド
おびただしい人数が階段を上がってこようと階下より伝わってくる振動は、いっこうに止む気配を見せないでいる。アオイさんは特にこれといって緊迫しているふうでもなく、僕たちの率直な疑問に悠々として答えを返した。
「それはねー、アストラル・アークマトンの国籍があると処遇がかなり変わってくるんだ!」
「国籍?」
ややこしそうな話の流れにヤツの生返事が飛び出してくる。ひょっとすれば、アオイさんは日本国籍ではないのか。
「私はすこし特殊なビザを持っていてね、簡単にいえば外交上の関係で警察組織を含む日本の公人は企業国家が発行した特定のビザを所有する人間にいっさいの干渉ができないんだ」
「おいおい、それってつまりは……」
「平たくいえばやりたい放題、ってところかな? だからこんな無茶でまわりくどいやり方を仕掛けてくるんだろうね」
……衝撃的な情報がポンポンと出てきたのはいいものの、事情がいろいろと呑み込めない。
とどのつまり、これはいわゆる治外法権なるものに該当するのではないだろうか。社会科において歴史での背景を勉強していたけれどよもやこのシチュエーションで出くわすとは思いもしなかった。
しかしあのアストラル・アークマトンが外交で日本を牽制していただなんて、もしかするとあの軌道エレベーターだって国の利権構造に一枚噛んでいるのかもしれない。
国際間の宇宙開発の協力と競合のバランスは市場を独占している企業国家によってほとんど牛耳られているといっても過言ではなかった。
「一朔そして三八。先んじて説明しなかった俺が悪いが今から話す内容をよく聞いてほしい」
ここにきて初めて余市は僕たちに向かい声を投げかけてくる。もの言わぬ目と重々しい口調は否応なしに緊張感を与えてきて、ゲンナリしていた猫背が思わずピンと伸びた。
「アオイが述べたとおり、警察がこちら側へ手出しする行為は現状不可能に近い。だがそれを逆手に取ると、間接的な手段ならばここを叩くことができる」
「間接的な手段、ってのは具体的にどういうことなんだよ?」
ヤツは話の肝心な部分にメスを入れんとする。足音に混じりザワザワと人のざわめき声までもがもはや耳へ届いてきていた。なぜだか、戦いを控えているときみたいな胸さわぎがする。
「今いったそのままの意味だ。公人に難しければ、民間人に任せる他ないだろう」
「余市様のおっしゃるとおりでございます」
アイスティーを作り終えたセバスちゃんさんがキッチンより顔を出した。お盆に乗せられた四人分のグラスを持って、リビングの床から生えてきたダイニングテーブルにおく。
「お嬢様は国際指名手配の対象であると同時に懸賞をかけられた人物でございます。すなわち民間の不良の方々は、お嬢様が帰国されるたび一攫千金を夢見ては襲撃を仕掛けるわけです」
「つまりアオイさんを賞金首として狙う不良を退治することが、僕ら用心棒の役目――と?」
ヒンヤリと結露したグラスを手に取り、アイスティーを口に運ぶ。緊張で喉を通らないはずがすんなりと体に入って、甘さ控えめな後味を残し華やかな香りが鼻奥を抜けゆく。
「然様でございます、……一朔様と三八様はなかなかお元気でいらっしゃるようで。ご活躍のほどお祈りしております」
「そう心配するな。大体が見かけ倒しの腑抜け腰抜けどもだ。二人なら十中八九、問題ない」
「う~ん私も久しぶりだなー。どれだけ来るかわかんないけど、なんだか腕が鳴っちゃうよ」
余市、アオイさん、セバスちゃんさんはいつどこからでもかかってこいとばかりに戦闘態勢へと入っている。他方、僕と三八はなんでか知らないけれどいつの間にかとんでもない現場に巻き込まれてしまったと、文字どおりに後悔の嵐に苦しめられていた。いったい誰が廃病院の爆発事件からふざけた賞金首防衛戦とやらにつながると予想できたものか。全ては裏道だからとたかを括って警戒を怠っていた自分たちに非がある、と言い切れないのがなんとも歯がゆい部分でもあった。
かといって動かぬ証拠を押さえてきた余市へ怒りの矛先が向くかと問われると、少なくとも現時点での僕の心情としてはそうではなく、むしろ粗暴みたいでその実堅実そうな素振りは、実際どこか好印象に映っている。エンペリオンで感じたようにヤツとの噛み合わせもそこまで悪くはなさそうだった。
きっと、今後心強い仲間になってくれることだろう。
されど現実に戻ればそんな悠長な希望的観測をしている場合ではなかった。
セバスちゃんさんの話を鵜呑みにすると現在、ここ404号室に向けてアオイさんを狙った不良だか暴徒だかの軍勢が迫ってきているらしい。それにしてもこう平和なご時世、そうそうステレオタイプな野郎がいるものなのか?
ドギャン!
突如として、玄関のドアが鈍い音を立てた。部屋にいる全員の視線が入り口へと集中する。外側が重い物体に打ちつけられている様子で、扉が大きく歪み始めていた。
……とうとう来てしまったみたいだ。
「ようやっとお出ましってところね。セバスちゃん、準備はオーケー?」
「ええアオイお嬢様、合点でございます。こちらもスタンバイ完了です」
次の瞬間には扉が完全に外れて、脳内で思い描いていたまんまゴロツキの格好をしたおよそ四十人いくばくかの獣人がこのスペースへとなだれ込んできた。
「ヒャッハー! 俺ら珍獣団、ここに参上!」
「「「ここに参上 !!!」」」
真っ先に土足でカチ入ってきた切り込み隊長と思われるモヒカン頭のハイエナ獣人の手には得物のつもりなのか立派なナタが握り締められている。これは明らかにマズい、1LDKとはいえどこんな狭い場所で暴れられては僕らに地の利もあったものではないはずだ。
「家族の父親、シューベルトのマズルカ、あの人ったら、なんてうまい話し方――!」
気がつけば部屋の真ん中にいたアオイさんがまたもや意味不明なコマンドを打ち込んでゆく。するとすこし前に起こった変動がまるで逆再生されたごとく調度品や水回りが接点である壁に吸い寄せられ、空間全体が目にも止まらぬ速さで膨張し一面は広大な荒野へ内観を一変させた。本来なら先ほど同様、不可解さに愕然とする局面だけれど今はそうしていられる情勢ではない。
「ぬぉお ?! ――な、なんだこれは」
バシュン
「ぐっ……」
僕と三八の代わりになかなかいいリアクションをしてくれたモヒカン頭が突然胸を押さえてキューンと鼻を鳴らし、真正面より崩れ落ちる。不良たちが動揺するその先にはアオイさんが、一昔前の代物と推定されるガトリング砲を構えギラギラした瞳を見開きポーズを決めていた。
「さぁて、狩りを楽しみましょう」
そういい次から次へ、果敢なのか向こう見ずなのかただのバカなのかわからない不良たちを容赦も慈悲もなく蹴散らしてゆく。ただ見たかぎりでは外傷は与えてはおらず、着弾しているはずが流血沙汰にはなっていない状態だ。
ダダダダダダダダ
「ヒャハハハハハ !!!」
それよりもアオイさんが完全にトリガーハッピーに入って、底知れない笑顔を浮かべながら楽しそうな声をあげていることがなによりおそろしい。人間って、あんなにも豹変するものなのだろうか。
「一朔と三八。傍観していても構わないが俺たちにはやるべきことがある。あれを見てみろ」
気がつけば隣に立っていた余市が指し示した方向へ目をやると、撃たれて倒れた不良の一部が産まれたての子鹿のごとく足腰を震わせながら、なんとか起き上がろうと必死こいている。
「アオイが用いるガトリング銃は強力な空気砲なんだが、運悪く当たりどころが良ければ復活する奴も出てくる。こいつらが非常に厄介で早めに対処しないとアオイが危ない」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ?」
僕ら二人はいまだ戦闘の雰囲気に馴染めず混乱している。
一方で、余市は至極冷静だ。
「俺は」
「チビどもめ、死に散らせ !!」
早速刺青の入ったトカゲ獣人が僕ら三人に素手で襲いかかってきた。思わず爪が飛び出す。
「こうやって」
余市はトカゲ獣人の腕をパシッとつかんだ。そのまま振り上げて刺青のトカゲが宙に浮く。
「なっ !?」
「ガキが一丁前に喧嘩売っているんじゃねぇぞ、くそボケが !!」」
今度は棍棒を携えた猪獣人がやってきた。狙いは余市みたいで今まさしく振り下ろそうとしている。
「危ない !!」
「こうして再起不能にしている」
余市は勢いをつけ猪獣人にトカゲ獣人を執拗なほど叩きつける。互いの骨の折れる音が数回して、その二人はもののみごとに動けなくなった。
「「かっは……」」
「これが俺の“つかんでは投げる”戦法だ。まあ真似しろとはいわない。自分で戦闘スタイルを模索するんだ。それと殺しはするな、峰打ちで十分だ」
「な、なるほど」
いまさらながら判明したことではあるのだけど、余市は身長の割に手と腕のリーチがとても長い。バンカラを着こなしているインパクトに膝下までゆうに届く腕の長さが隠されていた。
そこにくわえ強靭な体の持ち主となれば、俊敏なヤツを軽くあしらうなどお茶の子さいさいだったのだろう。
「さて。そろそろ二人にもすこしは倒してもらうとしようか」
「……本気で言っているのか」
「ああもちろん。それ、俺は足がきわめて遅いせいで迎撃が専門だからな。それじゃよろしく頼んだ」
そういって余市は別の敵を探しに、ゆっくり歩き去った。 “倒してもらおうか”と指示をされてもなにをすればいいのかいっさいわかっていない僕はあっという間にアウトローな獣人四人組に囲まれ、オロロオロロとたじろいでしまう。
「コイツ、もしかしてメスじゃね?」
「馬鹿言え。制服からして男だろ」
「でもよーく見るとかわいい顔しているよな、抱き心地も良さそうだし」
「あー最近はヌいてないせいで玉が重くて仕方ねぇんだよな。持ち帰って何人かでマワすか」
なにを相談しているのかまったく理解できないけど、なんだか馬鹿にされているニュアンスだけは伝わってくる。
僕は一応これでも男だ。その気になればこの爪でバラバラに引き裂いてやることもできる。
フーッと全身の毛が逆立ちヒゲがピンと張り詰め、本能ともいえる黒い意思が渦対を成す。
「イッサ !!!!」
獣人たちに跳びかからんとしたタイミングで三八が駆けつけ僕の前に立った。手にはお手製の五寸釘ナイフ。たしか小学生の頃にヤツが自由研究で作ったものだ。まだ持っていたのか。
「ここでイッサに手を出してみやがれ、お前らのタマキン切り取ってやるぜ !!」
空いばりだと目に見えているのか、獣人四人は僕ら二人にせせら笑いを浴びせてくる。
「おチビさんが二匹揃おうと大の大人に敵うわけないのに、なにやっているんだか」
「おい白いの。その黒猫がダチだか親友だか知らねぇが、そんなに大事な奴なのかー?」
「イッサは親友よりも大切な“仲間”だ、オレが絶対に守り通す! それと大の大人とやらがガキンチョ脅しちゃけなしちゃ楽しいって、どっちがクソなんだか小さいオツムで考られねぇのか?」
「……てめぇ、今なんていった?」
獣人の一人があからさまにピキリと青筋を立てた。逃げようにも四人に包囲されているため退路が塞がれている、万事休すか――。
そのとき、前方からすさまじい轟音がして手を出そうとした獣人がぶっ飛んだ。
余市が来た。表情は牙を剥きおぞましい笑みを浮かべ、ひどく興奮しているように見える。
「その気骨、気に入った !!!」
余市は僕と三八の足を両の腕にむんずとつかむなり、剛力であたかもヌンチャクを扱うかのごとく回転させ始めた。三半規管が壊れそうになる。正直吐いてしまいそうだ。目の前の景色がまたたく間に変わってゆき、脳の処理がほとほと追いつかない。それでも辛うじて手の甲がジンジンと痛む感覚で、残った不良を裏拳で一網打尽にしていることだけがわかるのだった。
「おせっかいやき、彼が正しい、あれはなに、強制的な終止形――」
ズズズズズズ
404号室は元のワンルームへと戻った。満身創痍の不良どもが天井近くまで積み上がっている以外は。
「うーん、案外あっけなかったかな?」
アオイさんの気だるげそうな声が、緊張が切れヘトヘトに疲弊した僕たちの耳を通り抜けてゆく。廃墟探検以上にめちゃくちゃな展開が連続して、しばらくまともに物事を考えられそうになかった。窓からはちょうど日が落ちかかった空が覗いている。お腹が鳴って仕方がない。
「あ、これ渡さなきゃ。中身を確認してみてね!」
アオイさんは僕ら二人に封筒を手渡してきた。なんだろう、これ。とりあえず開けてみる。
「一万円札五枚、ちゃんとあったかな?」
五万円……五万円 ?!! お年玉ですらもらったことのない大金が、僕の手元に存在している。
「おいコラ待て、なんなんだよコレ」
ヤツは露骨に取り乱していた。思わぬ大金が嬉しくないのだろうか。
「ちょっとしたお礼だよ! べつに怪しいお金じゃないから安心して」
「……ッたくよぉ」
セバスちゃんさんがへばった不良たちの死屍累々を片づけにかかる。余市が目の前にきて、おもむろに学帽を脱ぎ、僕たち二人へ深々とお辞儀をした。
「今日のところは本当にありがとう。きっと大変だっただろうから、ゆっくり休んでほしい」
「大変なことだとわかっておいて人を脅してまで巻き込むなっての、――このバンカラ野郎」
「それと」
三八が早々に帰ろうとしている最中、まだ言い足りないことがあるのか続けざまに話す。
「俺は二人の仲、けっこういいと思う。応援しているから“特に”三八には頑張ってほしい。――またな」
ヤツの顔が見る間にも真っ赤っ赤に染め上げられていく。
「に、二度と来ねぇからな !! それと、次会うことがあれば覚悟しておけよバーカ !!」
余市とアオイさんとセバスちゃんさんに挨拶を言い残して、僕は三八に手を引かれるがままバイバーイの声を後ろに、お金をどうやって使おうか回らない頭で薄ぼんやりと悩んでいた。




