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第十一話:レット・ザ・クローズ・ネイル!

 ガガガガ キュインキュイン

 病棟の全体が(とどろ)き震えているのに交じり、なにか機械の作動音と思われるものが聞こえてくる。真下に()い寄る音の主は、明らかに僕らがここにいることを感知しているようだった。その正体に一つだけ心当たりがある。(さん)(ぱち)の言っていた地下の話、情報主が逃げ帰ったという謎の作動音。

(まさか……そんなことがあるわけ)

 前触れなく部屋の真ん中の大理石が鈍い音を立ててひび割れた。次の瞬間には大穴が開き、そこから無機質な触手状のものが何本も飛び出してくる。ロボットアームだ。どこかのアニメで昔()たことのあるそれに近い、くすんだオレンジ色をしていた。僕を目がけて勢いよく落下してくる触手の先端についた()(また)の爪を、まさしく紙一重でかわし思わず毛が逆立つ。階下の存在は床に突き刺さった数ヵ所のアームを支点にこの階へ登ってこようとしているようだ。床面が悲鳴をあげてメリメリと隆起する。そのままなにか突出するかと思えば突如ズギャンと床石をぶち破って、部屋中に(ふん)(じん)()き散らかす。ホコリが目にしみて僕と三八がケホケホと()き込んでいるあいだに煙がすこしずつ薄れ、かくして“ソイツ”が全貌を現した。

 天井に届くまで巨大なロボット。そうとしか形容しようのない物体が目の前に立っていた。

 開けられた風穴のふちに(かぎ)(づめ)みたいな細い四本足を引っかけ(てつ)(さび)(いろ)の装甲をした不釣り合いにばかデカい本体が、そこに乗っかっている。エンジンの排出口に見える出っぱりが部分的に広がっているらしく、どうやらそこで機体バランスを制御しているようだ。ひときわ太い触手の一本にはロボットカメラだと思われる大小二つの非対称なレンズが搭載されていて、それがあたりを見回すたびにキュイーンとなんとも耳障りな高周波を発していた。

 いったいなんなんだろうこのロボットは。少なくともここ数年間のあいだこの廃病院の地下に眠っていたとは考えられないほど近未来的な外見をしていることだけはわかる。まるで海外の古いSF映画に偵察用の兵器として登場してくるメカニックデザインが、そのまんま現実に飛び出してきたような感覚だ。それは三八も同じ様子で、自分が現在なにを目撃しているのかよくわからないという顔つきでしきりにまばたきを繰り返していた。

 ガコン ズルズルズル

 おもむろにロボットは床に放り出されたアームを格納する動作を開始する。同じくカメラのライトが点灯し、三八のほうを向いてジジジとなにやら解析するかのような素振りを見せた。

 ヤツは(まぶ)しいのか見られまいとしてか、とっさに腕で顔を隠して抵抗しようとする。けれどロボットを前にしてそれは無意味な行動のようでしばらく観察され続けていた。ふと、三八が手でなにかの合図を送っていることに気がつく。口元を見れば声を出さずに『ニ・ゲ・ロ』とつぶやいているのがわかる。逃げていいのか、こんな状況で。目が合うとオレは大丈夫だからとばかりに苦笑いを浮かべていた。

(いや、三八(ザッパ)を置いていけるほど自分は薄情じゃないっての……)

 しかしカメラが僕のことを見ていないというこの状況、千載一遇のチャンスといえばそうに違いない。できるかぎり心を無にして異常な空間を脱出することができたのなら、大人を呼ぶなり通報するなりして問題を解決することも不可能ではないと思える。この理解不能な(こう)(ちゃく)を解きほぐすには今行動するしかないことは、とうに明白だった。縮こまった気力をどうにか奮い立たせ、僕はガクガクいう膝を支えながら立ち上がる。中央にはロボットが鎮座しているせいで、外周をたどって出口へと回り込む必要があった。壁伝いに忍び足を一歩、また一歩と慎重に進める。気取られてはならないと息を殺し、とにかく部屋を抜け出すことだけを一心に考えた。早く、早く出ないと……。

 ベキッ

 その音に下方を見て、僕はしくじったことを悟った。あまりの緊迫状態に意識をロボットへ向けていたのが災いしたのだろうか。不注意にも散らばった床石の破片の一つを、踏んづけてしまったのだ。すぐさま嫌な想像が頭に浮かんで、背筋に冷たいものが走る。ロボットの挙動をうかがうべく正面へと向き直ったとき、もはや事態は手遅れだった。ロボットアームの一本が三つに分かれた爪を展開して、僕に襲いかかろうとしている。カメラはまだこちらを向いていない。おそらくセンサーかなにか反応したんだろう。二人の一挙一動なんてはなから筒抜けだったのかもしれない。万事休すか、と覚悟を決めたその(せつ)()――アームの射出速度を上回るすさまじい勢いで一匹の人影が駆けつけた。

「イッサァー !!!!」

 三八が空中から三角跳びをアームに食らわす。僕が捕まるか捕まらないか間一髪の瀬戸際でアームは軌道を()らし穴へと落ちていった。ヤツは僕の前に着地し、息を切らして振り返る。

「フー……なんとか間に合った。ケガはないか?」

「う、うん。また助けられちゃったよ。ザッパこそロボットになにかされなかった?」

「オレは大丈夫だ。むしろ久しぶりに蹴りがうまくキマって、気持ちがいいくらいさ」

 カメラがついに僕たち二人を捉えて、複数の触手は口を開いて気味の悪い動きでジリジリと迫ってきた。

「憶測だけれど……このデカブツの狙いはたぶん、イッサだ。オレが相手をしているあいだに隙をついて逃げろ」

「えっ……でもそれじゃ、ザッパが」

「心配すんな。なんのこれしき、たいしたことでもねぇ。……オラァ、かかってきやがれ !!」

 目に見えて虚勢だとわかるのに、三八は果敢にタックルしてアームに()みつき見覚えのあるナイフを突き刺し取り押さえる。

「今のうちだ、早く!」

 気迫のこもったその言葉でハッと我に返り、急いで行動しようとするも――僕は気がついてしまった。ヤツの背後より別の触手が近づいていることに。慌てて伝えたところでロボットは待ってくれやしない。

「ザッパ、後ろ !!」

「えっ……うぉ ?! なんだコイツ、くそッ !!」

 アームは三本爪でガッチリ三八につかみかかった。ヤツは拘束を解こうとして必死にもがくものの、力が強いのか効果はないみたいだ。僕が助けに行こうとすると触手どもが立ち塞がり通せんぼする。また僕は見ていることしかできないのか。すんでのところで三八は助けに来てくれたのに僕はなにもできないのか。ロボットは突然ヒョイとヤツを持ち上げたかと思えば、アームを高速でぐるぐると回転させて部屋奥へと、まるで吐き捨てるかのごとく放り投げた。

「グハッ……」

 壁面がクレーター状に陥没して、三八は真正面から崩れ落ちる。

「ザッパ !!!!」

 本当ならすぐにでも幼なじみのもとにすっ飛んでいき助けたいという衝動に駆られていた。けどふたたび窮地に立たされた僕にそれは(かな)うことはない。今度はけっして逃しはしないと、ロボットはカメラを向け触手をうごめかせ、だんだんとにじり寄ってくる。

 どうしてこうなってしまったんだ。どの選択を間違えたんだ。放課後無理やりにでもヤツを引き留めるべきだったのか(いな)()(がわ)で怒りに任せたまま別れるべきだったのか。もし僕に絶交を切り出す勇気があったなら、アホをこんな目に遭わせることなんてなかったんじゃないのか。なんだ、やっぱりだ。僕は三八と一緒にいちゃいけなかったんだ。後悔と自己嫌悪と現実逃避の濁流に意識もろとも()まれそうになる。もう消えてしまいたい。いっそ素直に殺されたほうが救えるだろう? ほらロボットが僕を引き裂きたくてうずうず手ぐすね引いている。すべては予定調和。ここで死ぬのだって悪くはない。痛いのには懲りたから早く終わらしてよ、命もなにも売り払ってやるからさ。

 背中に壁が当たる。追い詰められてしまった。ああ、すごくつまらない人生だったな――。

〔……サイ〕

  ?!

 今、なにか耳に入った気がした。これが幻聴なのか。とうとう僕は狂ってしまったのか。

〔……シナサイ〕

  ?!?!

 二度目だ。近くから聞こえる。まさかここにきてロボットが(しゃべ)り出したのか。否、違う。

〔……ヲ使イナサイ〕

 ノイズに交じりながら単語の一部がはっきりと聞き取れた。

 “使う”、だって? なにを言っているんだ ???

 キュイーン ザザザザ

 ラジオの周波数を合わせようとするときの独特な、あの音がする……肩のほうから。

 音の正体は――首にかけたままのヘッドフォンだった。むろんイヤホンジャックはどこにも刺さっていない。不思議とこの現象に僕は戸惑うことなく、反射的にハウジングを両方の耳に押し当てた。

 チューニングはいまだ終わっていない。(ゆう)(うつ)な寝坊した朝の雨みたいな感じがして、じっと()むのを目を閉じて待つ。

〔爪ヲ、使イナサイ〕

 ヘッドフォンの向こう側より聞こえてきた第一声は、男とも女とも判別のつかない不明瞭な人工音声でそう喋った。

 爪。黒くて鋭い、トラウマとコンプレックスを煮詰めたような自分の爪。それを使えと声は命じる。ハッとさせられる気持ちだった。いつから僕は、爪を隠して生きてきたのだろう。

〔爪ハ(なれ)ノ武器、汝ノ怒リ、汝ノ持ツ野生。ソレヲ用イテ、愛スル者ヲ守リナサイ〕

 それぞれの指先から爪が飛び出し、その姿を(あら)わにする。部屋に()し込む暮れかけの夕日を乱反射させ相変わらずギラギラテラテラと照っていた。まだ間に合う。この散光が絶えるまえに敵対するモノを、一人で葬るんだ。……だけど。

 ヘッドフォンの声に従おうとする心に逆行するものが、しこりとなり障壁となって行く手を阻む。封じられた記憶の残響が増幅して、これ以上ないほどの警鐘を今や(たた)き鳴らしていた。お前はかならず後悔することになるぞと暗に示しているつもりらしい。

 だからどうした。二匹(そろ)って無駄死にするよりはるかにマシじゃないか。わかりきっていることにいまさらなにをのたまう? 割れた鉢なぞ捨ておけ捨ておけ。

 直感の語る一方の結論を棄却し、もう一方の、自信にも似た“予感”に耳をすませる。僕は勝てる、僕は成し遂げられる、僕はこのふざけたゲームを終わらせられる。壊せ。ロボットを鮮烈な血紅(くれない)に染め上げろ。撃鉄を起こし、鉤爪を解き放て! 気がつけば身体(からだ)(じゅう)に熱いものが満ち満ちていた。

〔我ハ汝ノ奥底ニ眠ル者。イズレ相マミエヨウ。武運ヲ、祈ル。――サラバ〕

 ブツ ザー ザー……

 その一言を最後に音声は途絶えた。ヘッドフォンを耳から外し、ゆっくりと(そう)(ぼう)を見開く。

 戦況は依然変わりなし。ただ己の(とが)を許せただけだ。もう戻れないとわかって、本能のまま僕は走り出した。

 おびただしいアームが縦横無尽に伸び、僕を捕らえようと格子の包囲網を張り巡らす。

 ()ける理由も必要も、もはや存在しなかった。容赦なく爪を立ててすべての触手を(こっ)()()(じん)に切り裂く。切れ味は上々。ロボットにはいましがた己の身になにが起こったのか理解できていないらしい。そのバカ面を刻んでやろうとカメラのアームにも拳を一発浴びせる。バチバチいったかと思えば機能を停止した。残すところは本体だ。ようやく自分になす(すべ)がないことを認識できたようで足元がおろそかになっている。これがチャンスだとばかりにカメラを踏み台にして跳びかかった。最後の悪あがきかなけなしの触手が僕につかみかかろうとするも、宙で身をひるがえせばそれらもまとめて快刀乱麻のごとく断ち切れる。――とどめだ。(こん)(しん)の力を込め、右腕をロボットへと振り下ろした。

「オッラァアアアアアアー !!!」

 ガッギュイーン!

 爪から火花がバチバチと散り、装甲がべコンと大きく(へこ)む。プシュー……と空気の抜ける音がして、ロボットは力なく倒れ、動かなくなった。やった――と勝利の余韻に浸るまでもなく僕は自由落下を始める。中央に穴があったことを忘れていたのだ。慌ててへりに爪を引っかけ難を逃れる。……あれ? ほんの一瞬、爪が伸びた気がした。まあいい、命が助かったことに変わりはない。ふと下を(のぞ)いてみると建物がみごとにくり抜かれているのがわかる。(ほの)(ぐら)くて底が見えないもののロボットが地下から上がってきたことはどうやら確かなようだった。床が割れないよう細心の注意を払いながらどうにかよじ登り、戦闘が終わった場所に足をつける。ロボットは完全に沈黙していた。安心したのと同時にヤツのことを思い出す。そうだ。三八はどこだ、無事だろうか。ロボットをまたいで部屋の奥でいまだ気絶しているオオカミのもとへ駆けて向かう。見たところ目立った創傷(キズ)はなさそうだ。

「ザッパ、ザッパ!」

 生きていることを確認しようと、呼びかけて揺り起こす。ヤツは薄目を開け声を漏らした。

「ん、んぅ……イタタ」

「ザッパ、しっかりしてよ !! ケガはない?」

「そんな強く揺さぶらなくても目は覚めたさ。――ああ、体中がイテぇけどギリギリなんともねぇや」

「う、うぅ……よかった。ホントに、よかった……」

 今まで()め込んでいた不安と恐怖がドッと涙としてあふれ出る。唐突に顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した僕に三八は若干引き気味だったけれど、さっきまでの戦いを(ねぎら)うかのように頭を()でてくれた。

「だから、オレは大丈夫だって言っただろ。……ところであのデカブツはどうなったんだ?」

「ぐすん……。ヘッドフォンから声が聞こえてきて、言われたとおり爪を使って戦ったら意外と(あっ)()なかったよ」

「…………。なんかいろいろツッコミどころが多い気がすんけど、結果生きてりゃ万々歳さ。流石(さすが)はイッサだ」 

 シュー

 異変に気がついたのは、ヤツがさすってくれる気持ち良さにゴロゴロ喉を鳴らしているときだった。ロボットから空気の抜ける音が止まっていない。そして、やけに変な臭いがあたりに漂っている。ひょっとして、ガスが漏れているのか? すでに嫌な予感がしていた。僕は自分のカバンと三八のリュックを今度こそ取りに急ぐ。ヤツは差し迫った危機に気がついていない様子で、ポカンとしていた。マズい――逃げなくては。

「ザッパ、もう動ける?」

「あ、おう……。足は動くけどそんなに急いでどうしたんだ?」

「ロボットが爆発するかもしれない。もう階段を降りても間に合わないなら、ここから一緒に飛び降りよう」

「え? ちょ、ちょっと落ち着けって ?!」

 あからさまに動揺している三八の手をひんづかみ、窓へと駆ける。残された時間はわずか。今はこれしか方法がない。

「なぁ、おい。冗談だよな ?? ……ってウソだろ ?!?!」

「いっけぇええええええ !!!」

 ロボットが()ぜたその瞬間――僕たちはスパイ映画さながらガラスを突き破って、その身を宙に躍らせた。

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