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第十話:一線を越えた夏

 今、目の前に迫っている幼なじみの顔つきは真剣なようでどこか(つら)そうに思えた。

 なにがそんなに苦しいのだろうか。思いの丈をぶつけようにもそうしてはなるまいと必死に(あらが)い、葛藤に(さいな)まれてもなお心をこちらに向けて返事を待っているのが、その力強い(まな)()しから伝わってくる。

 正直なにを期待しているのかはわからない。それに、同性でキスするなんてゴメンだ。けど――僕にしか(さん)(ぱち)は救えないという、ある種(まじな)いじみた確信が胸のうちに降りてくるのを、鮮明に感じ取っていた。

 覚悟ができたことを示すためにすこしだけほほ笑んでからヤツを見つめ直して、混じりけのない言葉を、ただ一つ差し出す。

「キスしても……いいよ」

「えぇっ、本当にいいのか…… ?!!」

「――うん。だから、そんな切ない顔しないでよ」

 三八は目をしばたたかせ、いまだ信じられないというふうな態度で驚きを(あら)わにしていた。

 しだいに全身を幸せに打ち震わせているかのようにうっとりとした表情を浮かべて、尻尾をブンブンと揺らし始める。ヤツの屈託のない笑顔が、そこにはあった。これから行われようとしていることに、こっちまでドキドキしてしまう。

「ホントありがとな……。じゃあ、するぞ?」

「うん……来て」

 合図と共に三八は目を閉じ口を半開きにさせ、そのまま正面から重なってきた。唇の端にはまだまだ発達途上の牙がギラリと姿を(のぞ)かせており、ああ――僕は食べられてしまうのだと、ありもしない想像を浮かべながら受け入れようと体勢を整える。

 いや、待ち構えるなんてしていられない。ここは僕のほうから攻めてやろう。

 強引に背中へ腕を回し、抱き締めるようにヤツを引き寄せる。目を見開きビックリした様子も(つか)の間、とうとうマズルが密着して大きさの違う(こう)(しん)が文字どおり、チュッと触れ合った。

(んッ……)

 口と口を重ねたことで視線がロックされ、目を()らそうにもそれは(かな)わない。恥ずかしさでお互いが真っ赤っ赤になっているのが(いや)でも応でもわかる。息をしようとするたびに濃いツバのにおいがツンとして、それが嫌なはずなのに頭がふわふわしてもっと欲しいとばかりに舌をねじ込む。三八も同じだったのか、ツルツルした舌を僕に挿入してきて(こう)(こう)をまさぐられる。やたらくすぐったくてこちらもやり返そうと、持ち前の猫舌を()かしザリザリかます。ヤツは何度も何度も身体を小刻みにピクピクさせ、なんだかとてもかわいいと思ってしまった。

 ピチャ ピチャピチャ

 (なま)めかしい水音がただ静寂をたたえる空間に響きわたり、僕たち若い獣二匹の()えたような体臭があたり一帯に立ちこめる。

「……ッ、……ッ !!!」

 もうどれくらい口づけをしているのだろう。

 最終的には長い舌と短い舌をトコトン絡め合って、どちらが先に音をあげるかといった不毛極まるいたちごっこにまで至っていた。三八が上に乗っているせいで大量の唾液が流れ出て、端的にいえば飲み込まないと非常に苦しい。しかしそれ以上にヤツは僕の技にもてあそばれているみたいでときおり声にならない(あえ)ぎを漏らしていた。限界が近づいてきている。このまま攻め立ててやればヤツを負かすことができるに違いない。そう思った矢先、三八は急に手足をバタつかせもう勘弁してほしいと瞳で訴えかけてきた。ふとキスをゆるめたところでカハッと自分の舌を僕より引き抜いて、呼吸困難になってしまったんじゃないかと思うほどひどく荒い呼吸をし始める。名残惜しむかのように二人が出して交わった液がたわわで透明な糸をなし、体温が徐々に離れてゆく。向かい合ったヤツのただならぬ様子に気を取られ、垂れ落ちてきたそれを口に含め、ゴクリと喉を鳴らしすべてを飲み込んでしまう。やっこさんの味が僕の舌に残って、なんとなく甘酸っぱい気がした。

「はぁー、はぁー……スゴかったな」

「ふぅ。……自分も、楽しかったよ」

(へへ、勝っちゃった)

 外気よりホッカホカになって蒸気を放つ僕と三八は投げ足を絡め、互いに息を弾ませながらキスの余韻に浸っていた。予想していたよりもずっと面白かったというのが率直な感想だ。

 実は三八は舌が敏感だったというのがすごく印象的で、本人の前ではいわないけど本当ならもっともっといじってやりたかったと内心感じたことも確からしかった。機会があるのならばもう一回くらいかましてやってもいいとすら思える。とはいえこんな暑いなかやるのは流石(さすが)にコリゴリだけども。

 フー、と空気の流れる音が同調する。僕らの息が整うタイミングは、ほとんど同じだった。

 おもむろにヤツは口を開く。

「なあイッサ。お前のこと、やっぱ大好きだわ」

「そんなの知っているよ。さっきも言っていたじゃんか」

「いや、今回ばっかしは“そういう”のじゃないんだ。……大事な話がある」

 三八は突然、神妙な面持ちで語りかけてきた。なんでだろう、不思議とまるでさっきあったことみたいに感じてしまう。

「そのさ……オレらって知り合ってからずいぶん()つよな? いつも一緒にいてバカやって、腐れ縁ってほどでもないけど一度離れてもまた出会ってさ。だから、これからもずっとそばにいさせてほしい」

 “一緒”という単語が出てきたことに、先ほどまで(よこしま)な考えを(いだ)いていたことがふと脳裏をかすめてきた。まさか動揺させるために絶交を宣言するタイミングをうかがっていたことがバレたのか。もしかしてキスをねだってきたのはこれが最後だからとせめてもの気持ちの表れだったのか。ひょっとしたらヤツはそれが悲しいのだろうか。

 勝手な憶測ばかりが頭に浮かんでは心に深く沈んでくる。

「な……、なんだと思えばそんなこと? 言われなくたって自分は三八(ザッパ)についていくよ」

 どうにかこの場をしのごうとしてか、思ってもいないことがふと口をついて出てしまった。その反動で罪悪感に押し潰されそうになる。

「そういってくれてスゲー(うれ)しい。実は前々からさ、オレはイッサとのカンケイを改めたいと考えていたんだ」

「関係を改めるもなにも、ザッパとはとうに親友じゃんか」

「親友……か。それじゃとっくに、オレは満足できないな。イッサ、オレと、オレと……」

 三八はなにかを言い切ることができないまま、沈むかのようにうつむいてしまった。心配になって僕は肩に手をかけようとする。

『――――』

 そんなときだった。

 ガタガタ ミシミシミシ

 下方の階より突如として、けたたましい(ごう)(おん)が響いてくる。それと同時に建物の全体が強く揺れ出し、(きし)んだ音を立てた。

 地震だ。しかもデカい。

「伏せろ !!!!」

 反射的に頭を抱え身を低くし、揺れが収まるのを待つ。本棚などの調度品が倒れて部屋中に物が散乱する。いつの間にかヤツは僕に覆いかぶさっていた。

 カタカタカタ

「……収まったかな」

「たぶん、もう大丈夫だろ」

 まだグラグラとした感覚が残っていながら、僕たちは立ち上がって周囲の安全を確認する。

「もしかして守ってくれたの?」

「ああ。天井からなにか落ちてきたら危ないしな」

 三八は身を(てい)し僕をかばおうとしてくれたのだった。ありがとうと声をかけようとする前に頬を朱に染めて、こう返される。

「あ……あんま気にすんなって。――万が一ケガなんかしたら治療費くらいは請求するから、覚悟しとけよ」

「あはは。自分もザッパも無事で良かった」

「しかし地震が起こったとなりゃ親も心配しているだろうな。ここでいったん探検は中止して撤収すんぞ」

「うんわかった。カバンとリュックを持ってくるね」

 机に置いていたカバンの位置は変わらないままなのに対し、リュックサックは揺れで部屋の隅にまで寄せられていた。それらを取りに足を向けた瞬間、ふたたび揺れが襲ってくる。

「クソッ、余震か !!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 僕らはその場に身を伏せて余震が収まるのを待っていたものの、その揺れ方の性質は明らかにさっきとは異なっていた。断続的な轟音のみならず、なにか機械の作動音と(おぼ)しきものが、だんだんと階をせり上がってきている。

 そのことがはっきりとわかったときには、すぐ真下に音の主が接近していた。唐突に部屋の中央がひび割れて、太いアーム状のものが複数本入り込んでくる。

 (あっ)()に取られているうちに僕たちが目撃した“それ”は――床石をぶち破って登場した巨大なロボットなのだった。

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