第一話:爪
僕の爪はかたい。
この“かたい”というのは、硬いや堅いのような、漢字や既存の言葉で定義できる紋切り型の表現じゃない。もっとあやふやでふわふわしていて雲をつかむような、それでいて地に深く根ざしているみたいな、そういったものだ。
どうしてかと問われてもはっきりした根拠はこれといってなくて、ずっとそんなイメージがひたすらまとわり憑いてくるんだ。ただ、それだけ。
黒曜石にも似た大型肉食獣顔負けの爪は、陽光を受けると乱反射を起こしギラギラテラテラ輝く。それらがことさらおっきな毛むくじゃらの手のうちに収まっているのだから、我ながら不思議でしょうがない。両の手のひらの淡いピンク色の肉球はベンタブラックをまぶしたような体毛と強いコントラストを織りなし、遠くからでもよく目立つなんていわれもする。
この爪は僕の短い半生において、ある意味“呪われた”存在としてたびたび顔を出してくる。
物心ついた頃にはすっかりこんなになっていたものだから、親や親戚の白い爪に幼いながら半ばコンプレックスを抱いていた。タチの悪いことにこれまでオシャカとなった爪切りは安物から高級品まで数知れない。現在でさえ切れ味が良いと評判のものを買ってもときたま壊してしまうあたり、ひょっとしたらダイヤモンドなんか目じゃないほど“かたい”のかもしれない、なんて思うことすらある。
意図せず起こしてしまった傷害沙汰もたくさんあった。
たとえば小学校の同級生だった女の子へ振りむきざまにヒュッとその顔かすめてギャン泣きされて、一人職員室送りにされたり。低学年のときにはこれ以上面倒をみきれないと判断した先生に、幼稚園生用の爪キャップを装着することを強制されたり。ヤスリで限界までならさずただ切り揃えるだけだと際限なく自動的に尖っていってしまう性質が判明したのは、この時期だったろうか。
挙句には河川敷堤防沿いの巨大コンクリブロックに爪だけ引っかけ何回懸垂できるかという、小学生を折りかえす歳の男子にありがちな、これといって意味もなにもないチキンレースでのこと。
当たり前ながら同じ地区に住む同年代の獣人の爪は重いものを吊りあげる、ましてや自重を支えるようにはできていやしない。皆一様に二、三回で音をあげリタイアが相次ぐなか順番が回ってきた。見るまでもなくたいした筋肉のないヒョロヒョロの黒猫がどこまで粘れるか一目見ようと、注目が集まるのを感じる。――結果として腕の限界まで、十回の爪立て懸垂をすることができた。むろん、十枚の爪は無事だ。典型的に単純な男児たちばっかだったので新記録を打ち立てたってので、すぐさまお祭り状態になる。一躍ヒーローというほどではないものの友だちにここまでもてはやされたのはこのときが初めてだったもので、よく覚えているんだ。
そこへ突然、ガキ大将的なポジションである虎の子が、発奮した様子で出しゃばってきた。おおよそメンツを潰されたとでも思ったんだろう。僕を強引に押しのけ、コンクリブロックにふたたび爪を立て始めた。五回目の時点で先端に血が滲み出ているのがはっきりと見てとれて無茶だやめろとまわりでも制止の声があがる。脂汗が浮かぶ見せかけの表情でそんなのお構いなしに続けようとしていたところで――急にベリッと嫌な音がして、ドスンと地面に落ちた。なんだなんだと下をいっせいに向くと、あおむけで地面に横たわり苦痛に顔をゆがめる虎の子の姿。手をかけてあった場所に残された、剥がれてまだ間もない赤と肉にまみれる“生爪”。
そのまま一騒動となって、僕含む悪ガキ連中はかつてないほど理不尽な大目玉を食らう羽目となったのだった。
こんなひどいエピソードばかり続くと、この爪には疫病神が宿っているんじゃないかって誰であれど考えるかもしれない。いつか人生を大きく左右する要因になる可能性すら、十分にあり得るだろう。そんな一方たった一度だけ、忌まわしい爪どもに命を救われた思い出がある。
小五の時分。晴天と土砂降りと星空を繰りかえすような七月の梅雨が明けたばかりの季節。当時まだまだヤンチャざかりだった僕は同じクラスの筋金入りに阿呆な白い狼の幼なじみに誘われて、区内の有名な廃団地で肝試しをすることになったんだ。
阿呆の幼なじみとは小学校に入るより前の親友で、通っていた幼稚園は違えどご近所ということもあって、しょっちゅうつるんでいた。ふこふことした短毛でマズルの小さい黒猫である僕からすると、さらさらで純白の毛並みを持ち大あくびをかます狼の友だちはとても魅力的で、当時はよく一緒にスキンシップしたり毛づくろいごっこしたり、と違いを楽しんでいたものだ。とにかく向こうみずに探検や冒険をすることが大好きなヤツで、裏路地探検から自転車小旅行まで、日がな一日僕がつき添ってはいろんなところを巡り楽しむのが常だった。学年が上がるとオカルトや都市伝説に興味が湧いたみたいで、図書室に入り浸ってはお化けや幽霊が出る本を読み漁っていた姿がどこか印象に新しい。曰くある地点へ自然と足を運ぶこともこの頃より始まった。この話はそんな好奇心の延長がきっかけだ。
廃団地というのは都が造った昔流行りの高層団地群のことで、聞いたところによると初めは入居の募集をかけるなりすぐさま枠が埋まってしまうようなけっこう賑わいのあるありきたりな公営住宅だったらしい。ところがあるとき変死者が出て、それを皮切りに次から次へ身投げやら一家心中やらがバタバタと増えていった。自殺団地なんて周りからの悪評がすごかったし、引っ越していく住人もあとを絶たなかったけれど、役人さんはなす術がなかったそうだ。
そんな状態が続いたものだから経営があっという間に傾き都もおそらくそうしたくなかったろうに建設して二、三年で閉鎖が決まってしまった。しまいにはクモの子を散らすかのように夜逃げをする世帯も多かったとのことだ。
ところで、その曰くありげな廃団地群の一部は地域の公立小中学校の通学路に面していた。それゆえか「窓から手まねきする白い人影が見えた」だの「黒いもやが建物に入っていった」だの、小中学生のあいだに限らずそういった場所にありがちな噂がひっきりなしに囁かれていた記憶がある。元より立入禁止にされていたけど、学校のほうもあらためて近づかないよう定期的に注意を呼びかけていた。こういう場合、かならず教員の見回りや保護者のパトロールをかいくぐって我こそは忍び込んだぞ、なんて武勇伝を語るような輩が出てきそうなものだ。けれど不思議とそういった情報を耳にすることはこれまで一度もなかった。今になって考えてみるに廃墟化しても取り壊しが計画されるまでいくぶんか期間が空いていたのを含め、なにかのっぴきならぬ事情があったのかもしれない。
建物についての説明はこれくらいにしておこう。さっき述べたとおり、アホと僕は放課後になってから目的地へと向かったんだ。しかしそこへたどり着くには、なんとかして大人たちが監視する目をまく必要がある。そこでどう案を講じたかといえば、このシーズンにありがちなゲリラ豪雨ばりの重い夕立を利用することに決めた。濡れる覚悟のない大人どもはすぐに屋内へと避難するだろう、という安直な見込みだけが頼りの甘い作戦だ。空がゴロゴロと鳴って、嵐の予兆に胸が高鳴る。いざ雨が降り始めてさてチャンスってので、僕たち傘もささずにバカ丸出しでギャーギャー騒ぎながら、蒸し暑い空気の中およそ二キロメートルを全速力で駆けていった。もちろん毛皮と服はビショビショだし運動靴は泥まみれだしランドセルにいたっては中の教科書がふやけてしまったけれど、それでもそのときは楽しかったんだ。
乱雑に積みあげられたバリケードをよじ登って表の玄関へ到着すると同時にその場にへたり込み、ゼーハーゼーハー荒く息をする。耳にはザーザー降りの雨音と二匹の呼吸しか聞こえてこない。しばらくしても誰か追ってくる気配がないのでうまくいったないったねとハイタッチして、たがいに疲れて笑いあうアホと僕。まだ入ってすらいないのに。
落ち着いたところで目の前にあるガラス戸にドキドキしつつワクワクしつつ手をかけ開こうとする。――が、ビクともしなかった。考えてみればカギが施錠されているのは当たり前だ。おおよそ僕ら二人みたいな不届き者どもへの対策だろう。うんともすんともいってはくれない扉を根性でがむしゃらに相手して諦めず僕がふんばっていると、アホはおもむろにどこからか大きめの石を取り出してガラス戸に向け勢いよく投げつけた。とたんにガシャンと音を立てて粉々に砕け散るガラスの板。どうせ取り壊されるんだし誰も来ないからといってのけ、唖然と硬直する僕を置いて無理やりあけた穴から内部へと入っていった。あわててその背中を追う。




