ヤンデレなのは私だけじゃないんですか?~前世を思い出した元ヤンデレヒロインは生き残りたい~
「キャロル・ダンジュ―、お前との婚約を破棄する!」
夜会の場で突然告げられた婚約破棄。
わたくしの婚約者のはずの伯爵令息リュシアン様の隣には、分不相応にも男爵令嬢のアナイス様が不安そうな面持ちで佇んでいる。
あまりに唐突な婚約破棄の宣告にふらりと足元が揺らいで。それから。
「貴方を殺して私も死ぬわ!!」
感情のままに、そう叫んでいた。目を血走らせて、ぎりぎりと歯を噛みしめて。
けれど、叫んだ瞬間に脳裏に流れ込んできた膨大な『前世の記憶』
わたくしはそれを処理できずに立ち尽くし、脳内がパンクするかのような情報量に思わずその場に倒れこんでしまった。
ぱち、と目が覚めた。
目覚めは爽快とはいいがたく、ずきずきと鈍く痛む頭にわたくしはうめき声をあげる。
上半身を起こして前のめりになって額に手を当てても痛みは引かない。
「なんですの……これは……」
頭の中をぐるぐると巡っているわたくしではない誰かの記憶。
こことは全く違う世界で穏やかに生きた人。
日本人だった彼女は通勤途中に頭上から落ちてきた植木鉢にあたって亡くなるまで、とてもやさしく生きた人だった。
頭痛が収まっていくにつれ、わたくしは冷静にならざるを得なかった。
記憶が混ざり合って、一つになっていく感覚。わたくしの上に上書きされていく、誰かの存在。
不思議と恐ろしいとは思わなかった。そういうもの、と受け入れていた。
そして、すっかり頭痛が収まったころにはわたくしも冷静になっていた。
「……古典恋愛ではないのですから……!!」
シーツを掴んで項垂れる。
先ほどのちょっとどころかかなりアレな発言を思い出して、先ほどとは別の意味で呻いてしまう。
「とにかくリュシアン様に謝罪を……! やり方はどうあれ、婚約破棄は事実ですもの」
夜会という場で大々的にやる必要があったのかという疑問は残るが、婚約を破棄された理由など心当たりしかない。
十六歳のキャロルはとにかく愛が重い令嬢だったのだ。
婚約者であるリュシアンの隣に女性がいるなんてもってのほか、視線の先にいることさえ許せない。
そんなキャロルの重い愛に愛想をつかれるのは当然だった。
だが、今のわたくしはそうではない。キャロルではあるが、前世の記憶が混じって大人になった。
部屋を見回すと自室ではなさそうだ。恐らく夜会の会場で倒れて、そのままどこかの控室に運ばれたのだろう。
立ち上がって部屋をでようとしたところで、扉が開かれる。
姿を見せたのはリュシアン様だ。婚約破棄を告げた相手の体調を気遣いに来てくれたのだろうか。
「リュシアン様、先ほどは驚かせてしまい申し訳ありません」
頭一つ分は背の高い彼を見上げて、わたくしは頭を下げた。
大人しく謝罪する言葉にリュシアン様が驚いているのが伝わってくる。
今までなら信じられなかっただろうから、当然だ。
「先ほどの発言は撤回いたします。未練は欠片もありませんので、婚約破棄の手続きをなさってください」
「……は?」
低い声がリュシアン様から零れ落ちた。
けれど、わたくしは晴れ晴れとした気持ちでにこりと微笑む。
「では、これで失礼いたします。幸せになってくださいませね」
硬直しているリュシアン様の隣を通り抜け、軽い足取りでわたくしは待たせていた馬車に乗り込んで自宅であるお屋敷に戻ったのだった。
リュシアン様に婚約破棄を言いつけられ、実家に戻ったわたくしは夜会用のドレスのまま自室でのんびりとしていた。
着替えるべきだとわかっているが、少し疲れてしまったのだ。
メイドを呼んで着替える前に少し座りたかった。
わたくしは腐っても伯爵令嬢だ。家のためにも婚約者はいないと困る。
けれど、リュシアン様との婚約中に散々なふるまいをした自覚もあった。果たして新しい婚約は決まるだろうか。
(それにしても、唐突だったわね)
わたくしの振る舞いに不満があったのであれば、それとなく注意してくれても――そこまで考えて、今までの『キャロル』はたとえ注意されても聞かなかっただろうな、と浅く息を吐き出す。
でも、それにしたって違和感が残る。
違和感の正体は何だろう、と考えて、ふと思い出されたのは。
(キャロルの愛は確かに重かったけれど、リュシアン様もまんざらではなさそうだったのよね)
リュシアン様が女性と話した後小言をいっても、どこか嬉しそうだった。
それに、リュシアンだってキャロルが男性と話すと眉間にすごい皺を刻んでいたように思う。
小さく首を傾げたわたくしのまえで、廊下がばたばたと騒がしい。メイドの声が聞こえてくる。
なにかしら、と扉へ視線を移すと、勢いよく部屋の扉が開かれた。そこにいるのは家族の次に見慣れた姿。
「リュシアン様……?」
驚いたわたくしが名を呼ぶと、ぶるぶると震えているリュシアン様がいつもは丁寧にセットしている髪を振り乱して叫んだ。
「私以外に愛する人ができたというのか……!」
「へ?」
婚約破棄を伝えられたはずでは?! と驚くわたくしは、リュシアン様が震える手でナイフを握っていることに気づいた。
鋭利に研ぎ澄まされたナイフをこちらに向けている。その意味が分からないほど馬鹿ではない。
わたくしは思わずまじまじとリュシアン様の端正な顔を見る。
「少し愛情を確認しようとしただけだというのに……っ!」
身勝手な言い分だ。けれど、同時に思い出すリュシアン様の行動の数々。
(この方『ヤンデレ』だったんだわ……!)
思わず遠い目になってしまう。
どんどん思い出されるリュシアン様の言動は「私以外を見ないでくれ」だとか「閉じ込めてしまいたい」だとか「二人で遠くに逃げてしまいたい」だとか。
どれもこれも『キャロル』に負けず劣らずの愛の重さだった。
いままでの『キャロル』はそれを喜んでいた。
きっとヤンデレ同士お似合いのカップルだったのだ。
だが、今となってはまともな感性が邪魔をする。こんなことなら記憶なんて戻らなければよかった。
しかし、このまま放置すればいまにでもナイフで刺されてお陀仏だ。それは避けたい。
せっかくの二度目の生だ。生きられるだけ生きたい。
となるならば。
「嫌ですわ。リュシアン様以外にお慕いしている方などおりません。わたくしも少し、愛を確かめたくなりましたの」
にこりと微笑んでこう口にするしかなかった。
わたくしの言葉にリュシアン様はぽろりとナイフを落として、飛びつくように抱き着いてくる。
腰に縋りついてきたリュシアン様の頭を撫でながら考えるのは。
(どうやって穏便に婚約を破棄して縁を切ろうかしら……)
あと、巻き込まれたのであろうアナイス様に謝罪をしなければ。
不安そうな、というか泣きそうな顔をしていたあたり、脅されていたのかもしれない。
ため息は内心に隠して、わたくしへの愛を延々口にしているリュシアン様の頭を撫でつつ、遠い目にならざるを得なかった。
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