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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

揺れる星の行く先は

作者: 星ひびき

はじめまして、初投稿です。

よろしくお願いします。

「ねえ、あさちゃん。空にさ、星がいっぱい見えるでしょ? あの星たちって、どこまで続いてるんだろうね? ずーっと遠くまで、……どこまでも続いているのかな?」


 ちーちゃんの質問は、いつも唐突で、少しだけ私を困らせる。

「うん、……たぶんね」

 私は、お父さんが持ってきた大きな望遠鏡の横で、なんだか落ち着かない気持ちで座っていた。ここは、車で一時間くらい走った山の上にある、小さな天文台。私のお父さんは星がとても好きな人で、だから私は、よくここに連れてこられる。正直、夜遅くまで起きているのは眠いし、虫は多いし、何が楽しいのかあまりわからなかった。でも、なんとなく、いつもと違うことがしたくて、星が好きなフリをしてお父さんについていっていた。


 ちーちゃんも、私と同じ。星が好きな親に連れてこられている、いわば同じ境遇の子だ。

 でも、ちーちゃんは私と違って、本当に楽しそうに空を見上げていた。周りに明かりがほとんどないから、月の光だけでなく星の光までここに届いているみたいで、それらがちーちゃんのさらさらとした髪や、白い頬や輪郭を、ぼんやりと光らせていた。

 私たちが会うのは、ここだけ。月に一度くらい。どこの小学校に通っているかは聞いたことがあるけど、もう覚えていない。学校の話はあまりしなかった。お父さんたちが星の話で盛り上がっている間、私たちは望遠鏡のかげに隠れて、なんとなく空を見上げたり、たまに星の話をしたりしていた。


 私は、ちーちゃんのことが、どうにも理解できなかった。私にとって空は、そこにあるだけの、晴れたり、曇ったりする、ただそれだけの場所だった。けれどもちーちゃんは、空気が優しいって言ったり、風が柔らかいって言ったり、星のあかりがきれいって言ったりして、目をきらきらさせていた。

 だから、私はちーちゃんがうらやましかった。だけど、ちょっぴり怖くもあった。ちーちゃんは、私の知らない世界を、すごく簡単にのぞき込むことができるみたいに思えた。その透き通った瞳に、私の中の、ごちゃごちゃした部分も見透かされてしまう気がした。

 私は、ちーちゃんといると、自分がまるで嘘つきみたいに感じた。星のことが好きなフリをしている私と、本当は星のことがそんなに好きじゃない私。そんな、嘘と本当の境目が、この夜の闇の中で、星の光が揺れるかのように曖昧になる気がした。



 ある夜、望遠鏡のかげで、私はちーちゃんに聞いてみた。

「ねえ、ちーちゃん。どうしてそんなに、星が好きなの? 眠くなるだけじゃない?」

 ちーちゃんは、空から目を離さずに、小さく笑った。

「だって、星が好きだから」

 その短い言葉に、私の胸がチクッと痛んだ。私は、星が特別好きなわけじゃない。ただ、お父さんに付き合って、ここにいるだけ。ここは星が好きな人ばかりだから、私も少しは興味があるフリをするけれど、本当は、ただいつもと違うことがしたいだけで、なにかをしたくてここに来ているわけじゃなかった。


「ちーちゃんって、……本当に星が好きなんだね」

 私がそう言うと、ちーちゃんは、ゆっくり私のほうを見た。その目は、いつもより、なんだかしっとりしていているように見えた。吸い込まれるような眼差しは、もう後戻りしないと語っているようだった。

「うん。でもね、あさちゃん。星が好き、っていうのは、……今では、きっかけでしかないんだよ?」

「きっかけ?」

 私は、ちーちゃんの言っている意味がわからなかった。いつも、星を見上げるたびにきらきらする横顔を見せるちーちゃん。会うたびに、新しい星の話を私にするちーちゃん。そんなに星のことが好きなのに、きっかけでしかない、と言う。もしかしてちーちゃんも、私のように星が好きなフリをして、何かをごまかしているのだろうか? ちーちゃんの透き通った瞳は、とてもそんなふうには見えなかった。


「お父さんに連れてこられて星を見に来たけど、……今も、星を見るのは楽しいけど、……今は、それよりも、……あさちゃんに会いたくて、来てるんだ」

 ちーちゃんの言葉は、まるで宇宙の遠いところから来る光みたいに、静かに、だけどどうしようもなく、私の心に降ってきた。私は、その言葉の意味がわかるのに、少し時間がかかった。そして、わかった瞬間、私の心臓が、今まで感じたことないくらい早くドクドクした。それは、あんまりにも透き通っていて、あんまりにもきれいだったのに、私の心を通り抜けてはくれなかった。

 女の子同士なのに、こんなに近くで、こんなにまっすぐな気持ちを向けられるなんて、今まで考えたことがなかった。この、胸が締め付けられるような熱い気持ちは、いったい何なんだろう。喜びのようなものと戸惑いが、ごちゃ混ぜになって私を襲った。


 言葉が出なくてキョロキョロしてしまった私に、ちーちゃんは続けて言った。

「星空を見上げて、『早く終わらないかな』って、ちょっと困った顔してるあさちゃん。それから、私が星の話をしてる時に、つまらなさそうに、でもちゃんと聞いてくれるあさちゃん。なんでかわからないけど、あさちゃんの、そういうところが、好きなんだ」

 私の心の中で、何かが、ガラガラと音を立てて崩れていくのがわかった。私が今まで一生懸命守ってきた「嘘つきの私」という殻が、バラバラに砕け散る。残ったのは、なんだか温かい? のかわからないけど、なんだかドキドキした、淡い光がほのかにきらめいているような、さわるとすぐにこわれてしまいそうな、そんな、むき出しの気持ちのかたまりだった。それは、私が今まで知らなかった新しい気持ちだった。


「ちーちゃん……それって……」

「うん。そういうこと。……あさちゃん……私は、あさちゃんのことが、……好きなの」

 ちーちゃんは、少し照れたように笑った。その笑顔は、空いっぱいの星よりも、私にはきらきらして見えた。そのとき私は、やっぱり、とわかった。ちーちゃんの言葉は、ちーちゃんの透き通った瞳は、やっぱり嘘じゃなかったんだ。彼女の目に宿っているものは、本当の本当に、キラキラした気持ちだったんだ。



 その日から、夜の山での観測は、私にとって全然違うものになった。お父さんたちが横で星の話で盛り上がっている間、私はいつもの通りにちーちゃんの隣にいて、だけどそれが前よりもずっと、温かくなった気がした。望遠鏡をのぞく時、隣にちーちゃんの息づかいを感じるたびに、私の心は、小さな光の粒をこぼすみたいに、きらきらし始めた。それは、星のかけらみたいに、なんだか切なくて、でも確実に、私たちの間に降ってきている。

 そして、その星のかけらの光が、いつかもっと大きな光になることを、私はぼんやり予感していた。それは、夏の夜空にまだ見えない新しい星座が生まれるみたいな、そんな予感だった。

 だけど、その予感の正体がなんなのか、私には少し怖かった。心を揺さぶってくるこの感情が、一体どこへ向かうのか。私の中にある、今まで蓋をしてきた感情の扉が、ゆっくりと開き始めているような、そんな漠然とした不安があった。


 ちーちゃんが、私のフリを見透かして、私の中の「嘘つきの私」が、もういなくなってしまったこと。ちーちゃんが、私じゃない、本当の私を好きだって言っていること。それが、なんだか、苦しかった。

 この気持ちが、この感情が、もっと大きくなったら、どうなるんだろう。私は、ちゃんと受け止められるんだろうか。この新しい私が壊れてしまったら、いったいどうなってしまうんだろう。

 私は、ちーちゃんからの告白に、返事をすることができないでいた。



 ある日の天文台での夜。

 ちーちゃんは、いつものように私の隣にいた。望遠鏡を覗き込むちーちゃんの横顔は、星の光を受けて、やっぱりきらきらしていた。私は、その横顔をぼんやりと眺めていた。すると、ちーちゃんが私に気づいて、望遠鏡から離れて、隣に座った。

「……………………」

「……………………」

 私とちーちゃんの間に沈黙が流れて、

「あさちゃん、あのね……」

 手が触れて、ちーちゃんが小さな声で私に話しかけた。

 そのとき、私は、どうしようもなく、不安になって、怖くなって、つい、耐え切れなくなって、

「お父さん! 私、今日、なんだかすごく眠い! もう帰ろうよ!」


 勢いよくそう叫んで、望遠鏡の横に置いてあったリュックをひっつかんだ。お父さんが

「え、もう?」って、びっくりした顔で言ったけど、私はもう止まらなかった。そして、そのまま車の中へかけこんだ。

 ちーちゃんは、どんな顔をして私を見ていたのだろうか。私は振り向かなかった。

 というより、振り向けなかった。


 お父さんの車に乗って、山道を下りながら、私は窓の外をずっと見ていた。夜の闇が、どんどん遠ざかっていく。星の光が、小さくなっていく。

 私の心臓は、まだドクドクしている。このドキドキが一体何なのか、私にはまだわからない。わかるのが、怖かった。

 ただ、確かなのは、私は今、あの「予感の正体」から、必死で逃げているということ。

 そして、次にちーちゃんに会うのが、なんだか、とても怖い、ということだった。




後日談


 あの夜以来、私はお父さんの天文台行きに、怖がりながらも何度かついていった。ちーちゃんに会えるかもしれないという、ちっぽけな希望と、会ってしまったらどうしようという、大きな恐怖が入り混じっていた。だけど、ちーちゃんは二度と現れなかった。あの山で、あの望遠鏡の隣で、ちーちゃんの姿を見ることは、もうなかった。


 最初は、ただ会えないだけだと思っていた。あの透き通った瞳をしたちーちゃんのことだから、きっと私をずっと待っていてくれている。そう勝手に信じていた。だけど、それがとても身勝手な思い込みでちーちゃんに対する甘えで、独りよがりの希望だったことに気づいたのは、ずいぶん経ってからだった。


 ちーちゃんが二度と現れなかったのは、あの夜、私が急に逃げ出してしまったからなんだろう。今ならわかるけど、ちーちゃんも普通の人だったんだ。私に告白する勇気を出したように、もう私に会いに来ないという、彼女なりの決断をしたのかもしれない。そして、もしかしたら、もう私を忘れて、別の誰かと別の場所で、きらきらと輝く星を見上げているのかもしれない。


 夜空を見上げても、ちーちゃんの姿はもう見えない。だけど、あの夜、私の心に降ってきた小さな光の粒だけは、今も胸の奥で静かに揺れ続けている。それは、もう消えてしまった「予感」の、ただのはかない残像なのだろうか。それとも、まだ私自身が気づいていない、新しい何かの始まりなのだろうか。


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