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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【BL】イルミネーションが照らし出す

作者: 立墨

 

 二十二歳。大学四年。就活は無事終わり、卒論には泣きつつなんとか完成形まで漕ぎ着け、オレは可愛い彼女とクリスマスを堪能している……。嘘。最後だけ、嘘だ。悲しいことに。


東屋(あずまや)、なんだと思う」


 オレの隣から、喉を鳴らす猫くらいの低音ボイスでそう問いかけてくるのは、女子ではない。オレよりも図体がデカく、そしてオレより成績が優秀な経済学部の大天才の清洲岳(きよすがく)様である。


 本日も彼は、無駄に似合うトレンチコートなんぞを着ている。何もかもを諦めた反動で、もこもこ極まりないダウンジャケットで出てきたオレとは大違いだ。


「あー、何がぁ?」


 やる気のない声を上げたオレに、彼はいつもの淡々とした口調で返してきた。


「お前曰く貴重であるクリスマスを消費してまで、私がお前といる理由だ」


 お前曰く、か。そうなんだよなー、とぼんやりオレは胸の内で呟く。こいつは、清洲には、クリスマスが重要だって感覚がない。だからオレのバタバタしている様子も、年一のオモシロイベントくらいにしか捉えていないのだろう。畜生。


「……クリぼっちで嘆くオレを馬鹿にして、優越感に浸るため」


 恨みがましい低い声で言ってやったら、ふむ、と言われた。毎回思うけど、なんなんだよ、ふむって。自然には出ないだろ、その言葉は。似合ってるけどさ。


「なるほどな。間違いだ」


 納得、からの両断。


「あのなあ。間違いに「なるほど」とかフェイントをかますな! つうか、なら結局なんなんだよ? 東屋、プラス清洲の男二人セットのクリスマスという謎風習を、お前はどういう気持ちで迎えられているわけなんですか」


 物悲しくなって、アスファルトを蹴りつけながらオレは問い返した。そう、この無味乾燥なクリスマスは、不思議と大学一年の十二月から続いている風習なのである。


「東屋には分からんだろうな。……まあ、分かられても困るが」


 オレの荒ぶりを横目に、スタスタ歩く清洲は涼しげ、というかいつも通りの顔だ。太めの吊り眉に水平な瞳。クリスマスどころか年末だって感覚もなさそうだ。

 

 相手がいないクリスマスを迎えるたびに嘆く本気のオレの絶望をも、元からいないんだから今日いないのだって些事だ、くらいに思ってるんだろう。サジじゃない。こっちはマジだ。って、とっさに浮かぶのが某シミュレーションRPGのネタかよ……。しかも古いわ。こういう所だよな、オレに彼女が出来ないのは。


 落胆しているオレを他所に、清洲はイルミネーションの前まで辿り着いていた。慌てて足を早めつつ、相手に合わせもしない足の早さから、非モテの系譜を感じとって胸の内で妙に安堵する。ていうか系譜って、手強いシミュレーションかよ……駄目だ、今日のオレはあまりにも某ゲームシリーズに囚われているおっさんだ。


 ひっそり肩を落とすオレの前で、清洲はイルミを見上げつつ呟く。


「このイルミネーションを見た恋人たちは、翌年まで別れないそうだ」


 あー、このイルミにもそういうのあったんだ。ありがちなやつな。と頷きかけて、オレは吹き出した。


「っぶふ……! 翌年?! 随分と短めのまじないじゃんか、おい」

「実に作為的なものだな。近辺のうち、どこの店が流した噂か知らんが、リピーターを生むためだろう。よく出来ている。クリスマスに固執する層ならば、容易く引っかかるだろう餌だ」


 重ねられた言葉に、ウケていた自分の気分が凹まされていくのがわかった。クリスマスに固執する層、ね。要するに、その層はオレみたいな馬鹿だと言いたいんだろうな。溜め息混じりに、オレは呟く。


「はー。お前ってほーんと可愛くねえなあ」


 それから、なんの気なしにオレはベタなギャグを口にしてみたくなり、そうした。


「ってことはさ、オレと岳も長続きしたりする?」


 いきなり、下の名前呼びにちょっと恋人っぽい口調……と言ってもオレは付き合った経験がないため、恋愛ドラマのワンシーンをなぞるようにでしかないけど、そんな口調で囁いてみる。


 ギャグを真顔で流しがちな清洲、乗るかは五分五分以下だ。さあ、こい!とゴールキーパーのような心持ちでいると、清洲はイルミからこっちに視線を移して、固まり、ややあってから鼻を鳴らした。


「ふん、馬鹿馬鹿しい。……私と柚木斗(ゆきと)は、付き合うことすらないだろうに」


 その顔に、声に、オレは一瞬、知らずのうちに息を止めた。


 普段より低められた、子どもがぐずるような色の見え隠れする声で訴えられた内容が、「オレと清洲が付き合うことすらない」というものだと理解してから、目を見開く。


 大きくなった視界の中で、彼の縦長でいかつくて、密かに憧れてすらいた面が歪み、イルミネーションの下に照らされてキラキラと光るその様は──信じがたいことに、今まで目に映った全てのものよりも、可愛く見えた。


 オレのせい? オレと付き合えなくて、この人はこんなに弱気な顔になってるってこと? 正気かよ。

 

 ……いや、ていうかオレだ。オレがここで動かなかったら、絶対ヤバいだろ!

 そう気づいて口を開こうとするより先に、清洲はそっぽを向いて吐き捨てる。


「お前の雰囲気に釣られた。ああ、クリスマスなど全く無意味だ。私まで馬鹿を晒すのだからな。来年からこの風習は無しに」


 言いながら立ち去りかける清洲の前に、ちょい待ち!と言わんばかりに慌てて回り込む。手をブンブン顔の前で振りながら、オレは声を上げた。


「いや待て待て待て!オレなんも言ってないだろ。ていうかむしろ、オレは試してみたいんですけども」

「試す、とは」


 さっきまでの可愛さはどこへやら、眉が強張っている清洲を宥めるように、オレは喋る。


「試すってのはね、一年長続きするかどうかです。イルミネーションを見たオレと清洲が付き合って、一年続くかどうか。なあ、これ面白そうじゃね?」

「ふざけているのか」


 尖った声に、首をゆるゆると振るう。


「んなわけ。あのさ、オレ言ってたじゃんか。もし奇跡的に告られても、好きになれなさそうな相手とは付き合わないって。つまりさ、オレは清洲と恋人になってみたいんだよ」


 笑ってて、イルミネーションの光がペカペカ当たってるオレの顔が、清洲からどう見えてるのかは分からない。

 分からないけど清洲は目を細めて、


「信じがたいが、お前から言われるとはな。ならば、受け入れてみるとしよう。……一年間、よろしく頼む」


と返してくれた。

 その彼の姿は、


「ああ、さっきオレの目に映った清洲は間違いじゃなかったんだなあ」


と、しみじみ思い知るくらいの愛らしさだった。


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