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嵐のツバサ!

作者: あきたけ


 台風が、ある町を襲った。激しい雨は大地を打ち、稲妻が降り注いだ。激烈なその嵐は海の方角から巻き起こったもので、潮を含んだ風は町を直撃した。町の立地的に見て、どうしても台風が起きやすい地域に位置している。


 人々は昔から嵐と共存しながら生活していた。この町の名前をサンガと言った。


 サンガは人口が約二百人余りの小さな町だ。海岸沿いにあり、坂道が多い。車で三十分ほど進まなければコンビニエンスストアなどは無く、例えば米は米屋、酒やジュースなどの飲み物は酒屋、と言った具合に小さな商いが点々とあるばかりである。


 町の中央に診療所が一つだけあり、人々は医者に掛かるのも一苦労であった。大都市へ続く鉄道がある駅まで、バスを乗り継いで二時間弱もかかる。


 だが、サンガというこの町の一番の不便な点は何と言っても嵐が頻繁に来るということだった。一つの季節に一度以上、それはそれは大きな台風が直撃する。そのため、家の造りはとても頑丈であり、どの家も食料などを貯蔵しておける貯蔵庫は完備されてあった。嵐は珍しいことではなかったので、前の晩には準備を備えて家にこもる。学校も、頻繁に休校になっていた。これは何百年も続くこの町の伝統のようなものだった。


 サンガにある少年が生まれた。彼の名前はツバサと言う。ツバサは健康的な少年であり、小学校では友達も多く、勉強もスポーツもできた。ただ一つだけ、彼には人とは違うことがあった。

 それは、嵐の日、彼は必ず外へ飛び出し、雨風にさらされながらこのように叫ぶ。

「嵐よ! お前はこの町を襲って何がしたい! 何のために僕たちの街を襲う! 僕はお前に決して屈服しない。僕はお前を許さない! 嵐よ。僕は死ぬまでお前と戦い続ける!」

 彼のこうした行為が最初に見られたのは、小学校の高学年だった。両親は最初、彼がふざけているだけだろうと考えていたが、どうも嵐の前に立つツバサの眼差しは真剣であった。


 ツバサは嵐の都度、外へ飛び出して叫ぶので、彼は度々風邪をひいて熱を出した。両親はそのような彼を心配し、もう嵐の日には外に出ないでくれとよく言い聞かせたが、聞く耳を持たなかった。


「父さん、母さん。僕は大丈夫さ。僕は、この町を襲う嵐が嫌いだ。嵐は、この町の活動を停滞させる。やられっぱなしじゃ癪だから、僕は嵐に一矢報いてやりたいんだ」


 ツバサの、嵐に対する抗議活動は中学に入学しても続いた。彼は友達が少ないほうではなかったが、さすがに嵐の日には、彼をけん制する友人も少なくはなかった。


「ツバサ、お前がどれだけ頑張って嵐に立ち向かったって、嵐が止む訳じゃない。俺たちはこの町で生まれ育って、嵐に対する身の振り方だって、分かっているじゃないか。俺たちは自然災害に抗えない。だけど共存することならできる。幸い俺たちが生まれてから台風で死んだ奴は一人もいない。でもツバサ、お前がこんなこと続けるなら、もしかしたらそのうち本当に死んじまうぜ」


 彼の一番の親友のマナブは、彼を心配する意味でもこう言った。けれどもツバサは、自分の信念を曲げなかった。


「マナブ、君の言うことは大いに正しい。この町は嵐と共に生き、嵐と共に繁栄してきた。今になって僕のような若造が、あの大いなる自然災害に立ち向かうなんて、確かにばかばかしいのかもしれない。でもね、僕はそれでも抗い続けたいんだ。嵐に屈服してしまう訳にはいかないんだ。僕の心の奥底の、魂からの声が叫んでいるのさ!」


 彼は何が何でも自分の信念を曲げなかったので、マナブを含め、彼の周囲の人間はだんだんと彼に対する説得を諦めつつあった。


 そして彼が中学二年生になったその年の秋、再び町を嵐が襲った。その嵐は特に強烈であり、街路樹の数本を薙ぎ払った。落雷も多く、停電もした。


 ツバサは毎度の如く嵐の街に立ち向かい、嵐に対する最大の抵抗の言葉を叫んでいた。


 するとその時、クラスメイトの一人が面白半分にツバサの横に立ち、雨風にさらされながら「おい嵐! 俺はお前を許さない」と叫んだのだ。その言葉は、おふざけであると双方承知していたが、ツバサにとっては嬉しいことだった。


 数時間後、親友であるマナブが彼を訪ねた。ツバサは、また説得しに来るのかと思ったが、今回はそうではなかった。


「ツバサ、俺は人が嵐に立ち向かっても意味はないと思っている。けれども俺は考えたんだ。嵐の夜、誰もいない広い荒野に一人で立ち向かうその行為そのものに意味があると思うんだ。どうあがいたって嵐は止められないし、その行為は絶対に徒労に終わる。でも、俺も一緒にツバサと同じことをしたいと心の底から思っている」


 こうして、ツバサは新たに二人の仲間を獲得することに成功したのだ。


 嵐は、それからも頻繁に訪れた。その都度、ツバサの仲間は徐々に増えていった。


 そうしてついに、台風が来ると彼の周りには十人以上が集まる恒例行事となっていた。


 彼の周りに集まる殆どの人間は、ツバサとは違って面白半分だった。


 ツバサが大学を卒業する頃になると、彼の周りには百人以上もの人々が集まり、嵐の日、彼らは肩を組みながら嵐に対する抵抗活動が始まった。


 嵐祭りと名付けられたそのイベントは、町の活気を大いに盛り上げた。嵐とは、ただ耐えるばかりの単なる自然災害ではなくなっていた。


 中には嵐を楽しみにする人もいた。嵐は、皆が一丸となって心を合わせる素晴らしいイベントへと変わっていたのである。


 完


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