蔵旅歯車 二話
着陸は無事、最高だ。
船から降りてみるとものすごい熱気が襲いかかってきた。
暑い。故郷の星も暖かい方だが、これほどではない。
この星は青い布で覆われているのだろうか?
地上から見た空は青かった。
この辺りの木は小さいし、登る梯子がないくせに数だけはあった。いい日焼けになるからいいのだが……ん?
あれはなんだ?
黒の四角い舟か?
この星の者は、奇妙な物になっている。あんな物でどうやって飛ぶのだろうか?
気になる。あまり、見ているわけには、行かないのだが、気になったのだから仕方ない。
蝉の声が聞こえて僕はゆっくりと目覚める。
ぼんやりとする意識の中で、蔵の外がぼやけて見えた。
あれだけの地震があったのに、外は意外と静かだった。
外は照りつける太陽に苗木が照らされていた……
苗木?
待てよ? あんな所に苗木なんてあったか?
違和感を感じた僕は飛び起きた。
今、蔵から見えている、あそこには、木になる前の苗木が植えられていた。それを守る様に四本の棒と縄で囲われている。
だけど、本来、あそこにあるはずなのは柿の木だ。
木が根こそぎ抜けて、倒れているのならまだしも、小さくなるのはおかしい。
目を見開いていた僕は、ハッとなり、時計の方を見た。
すると、目の前に白いボールが飛んでくる。
「フグッ!」
避ける間もなく、顔にぶつかった。
ボールは振り返り長い手を僕の後頭部に引っ掛けて飛んでいく。
前を向き直る。
そこには、大きな歯車を手にした。テナガザルがこちらをじっと見ていた。
やがて、テナガザルは、何事もなかった様にそっぽを向く。
僕は近づこうと動いた。その時、テナガザルは突然、苗木に向かって走り出す。
「あっ! おい、待てこら!」
僕も後を追う様に走り出す。しかし、奴が苗木を飛び越えた後、すぐに草むらに潜ってしまい、どこに行ったのか、見失ってしまった。
「くっそーあれじゃあ、もう、終えないよ」
眉を顰めながらため息を吐く。
どうする事もできない僕は、諦めて家に入る事にした。
ふと、目の前に誰かがいる事に気がつく。
そこに居たのは、背かけは僕と同じぐらいで、白いワンピースを着た少女だった。
麦わら帽子の下から見える、まん丸の瞳がこちらをじっと見つめている。
彼女は夏野菜が入った籠を持ったまま、呆然と立ち尽くしている。
きっと、近所の子供だろう。そう思って近づこうとした。その時、少女は一歩下がって、叫び声を上げた。
「きゃー泥棒!」
突然、何を言い出すのか、人聞きの悪い。
僕は家を指差して、誤解を解こうとする。
「違う! 僕はあの家に住む……お祖母ちゃんの孫だ! 泥棒なんかじゃない」
「お祖母ちゃんは、ウチが赤ちゃんの時に死んだべ。ウチ、知らない! お前なんか知らない!」
少女は、今にも泣きそうな顔をしながら、首を振る。
そっちこそ何を言っているのか?
僕は、首の汗をふきながら、突っ立っていると、先ほどまで、泣きそうな顔をしていた少女が、突然、カッと睨みつけてくる。
彼女は、手にしていた籠の中の夏野菜を掴み、ものすごい勢いで、こちらに投げてきた。
キュウリやナスが当たって、とても痛い。
「出てけ! ウチの家から出てけ!」
僕は何が何だか、分からず逃げるしかなかった。
道を通らず、森の中へと駆け込む。
そこそこ進んだ所で、曲がり、山と畑の間の道に出た。
そこで、ちょうどいい木陰に座り込んだ。
軽く走っただけで、汗が滝の様に出る。顔の汗を拭いながら、今の状況を整理しようと声に出してみた。
「ここに来る時は、十時半で、今は、十二時過ぎ……いや、これじゃ何にも分からないよ! クソ、テナガザルはどっかに行っちゃたし、なんか、知らないやつに野菜投げつけられたし、一体どうなってるんだ?」
肩で呼吸を続けるが、一向に落ち着かない。それどころか、喉が渇いてだんだんと苦しくなる。頭も痛くなってきた。
視界が暗くなり、意識がどんどん遠くなるのを感じた。
少し走っただけなのに、一体どうして……とにかく、何か飲まないと……
しかし、体が思う様に動かない。
あれ? もうダメかも……
自分の体の危機なのに、客観的に捉えてしまった僕は、死期を悟る。
がさがさと砂利が踏む音が聞こえる。
「ねぇ、お前さん、大丈夫か? 顔が真っ赤だべ」
目を開けると、そこには、先ほどの少女が、心配そうに見下ろしていた。
なぜ、いるのか? いや、それはきっと、盗人を捕まえるためだろう。そう思った僕は、ぐったりとしたまま動かなかった。
「おい! 大丈夫か? ちょ、ちょっと、待ってて、近くに用水路があるんだべ!」
彼女が立ち去っていく。が、すぐにまた、がさがさと足音が近づいてくる。
僕はぼんやりと目を開ける。
「少ないけど、我慢するだべ。今、水をあげる」
少女は、そう言いながら、僕の頭を抱え上げ、自分の膝に乗せた。そして、びしょびしょのハンカチの水滴を僕の口に注ぎ込んだ。
わずかな量で、何も変わらないと諦めていた僕だが、水滴が運悪く喉の神経質な場所にあたってしまった。
思わず、むせ返って飛び起きる。
「げほ、げほ!」
「良かった、元気になった。これで一安心だべ!」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
クラクラする頭を押さえながら僕は、少女を睨みつける。
「一体なんの様だ? 追い出しておいて、捕まえに来たのか? 言っとくけど、僕は何も盗んじゃいないぞ」
ぶっきらぼうに僕は言う。
少女は頬を膨らませる。
「助けてあげたんだから、感謝の一言ぐらい言うべきだべ」
そのセリフには、グーの音も出ず、僕は目を逸らしてお礼を言う。
「……」
「なんだよ?」
目を逸らしていた僕だが、ずっと視線を感じて、彼女を見る。
少女は、ジッと不思議そうにこちらを見ていた。
やがて、ハッとする。
「いや、別に、ただ……」歯切れが悪かったが、一息置いて話してくれた。「ただ、計太朗に似てるんだべ」
「計太郎?」
僕は首を傾げる。聞いた事がある様な、ない様な、名前だった。
「うんだ、計太郎は、うちの幼馴染だべ。いつも計太郎の父ちゃんと喧嘩してるけど、優しんだべ」
「ふー」
「あっ、だけど、計太郎の方が、肌が焼けてるんだ。あと、力持ちでもっとキリッとしてるんだべ……って、大丈夫か!」
少女の計太郎の話を聞いていた僕だが、また、頭がクラクラして地面にしゃがみ込んでしまう。
「み、水をくれ……」
少女の肩を借りて、お婆ちゃん家、または、少女の家に連れってもらった。
縁側に座らせてもらった。
僕は、起きているのが大変で、そのまま後ろに倒れる。
「待ってて、今、水を取ってくる」
そう言って、彼女は家の外を回って裏に行ってしまった。
この家には、水道がちゃんとあるのだから、それを使えばいいのにどこへ行ったのだろう。そう思いながら、重たい瞼を開いた。
セミの声と風鈴の音が聞こえる他は、なにも聞こえず、とても静かだった。
寝たまま、上を向き、家の中を覗く。
家具が全部逆さまに見えた。
ただ、家具が新しい……訳ではないのだが、まだ、生きていると表現すればいいのだろうか? お婆ちゃんの家の家具は、大体使い古されて年季が入っている。この家の物は、古い時代の家具なはずなのに、そこまで年季を感じない。
ついでに言えば、建物自体もまだまだ現役な雰囲気を醸し出していた。
ぼんやりと耳を澄ましていると、カチ、カチ、カチと先程まで聞こえなかった、時計の音が聞こえてくる。
目をやると大きな背の高い時計が、お腹の振り子を揺らして秒針を刻んでいた。
この家にあんな時計あったか?
体を捩って、見つめる。
すると、先ほどまで時計に隠れていた棚の上が見えた。次の瞬間、自分の目を疑った。
棚の上には、日めくりカレンダーが掛けられている。
今日の日付は間違っていなかった。
「千九百五十年……?」
先ほどまでの頭痛が嘘みたいだ。僕は靴を脱ぎ捨てて、家に上がり込んだ。
棚に手を置き、日めくりカレンダーを食い入る様に見る。
決して見間違いではなかった。
動揺していると、先程の少女が、大きな桶を持って、戻ってきた。
「おーい、戻ったべー! 生きてるか? あっ! お前、勝手に上がるな!」
「ねぇ、今何年?」
少女は勝手に上がった僕を叱ろうと顔を強張らせたが、僕は遮る様に今が何年か聞く。
日めくりカレンダーが、たまたま、飾られていて、たまたま、年号が間違っていた。
僕はそう思いたかった。だが、そんな偶然なんて起こるはずもない。
少女は淡々と年号を教えてくれた。
「昭和二十五年だべ。そこに書いてあるだろ?」
「嘘だろ……」
僕は頭を抱えてしゃがみ込む。
七十四年前だなんて、信じられるはずがない。
信じられない。暑さできっと頭がおかしくなったんだ。
じんわりと視界が歪む。
ぐったりと俯く僕を見て少女が、心配そうにする。
「おい、大丈夫か? お医者様へ連れてってやるべ……」
彼女が近づいてくるのに気づく。
僕は目を拭き、涙をかき消した。
僕は立ち上がる。
近づいてくる少女に名前を聞いた。
「平気……なぁ、お前。名前なんて言うんだ?」
「ウチ? こう言うのは、お前さんが先に言うもんじゃないのか?」
そう言われて、僕はあっと口を開く。
「えっと、高橋 計壱……」
「顔も似てるけど、名前も似てるんだべな」
少女はへーと口を開けながら言う。
「え?」
「うちは、清水 茜。暑いから縁側で話すべ」
茜と名乗った彼女は、縁側を指差して笑った。
僕らは縁側に座って、野菜が入っていた桶に足を入れる。冷たくて最初は驚いたが、だんだん気持ちよくなった。
僕はぐったりとしながら寝転んだ。
ジッとしていると頭の中で色々と考える声が聞こえてくる。
どうしてこうなったのか?
どうやって帰ればいいのか?
無事に帰れるだろうか?
もし、このまま、帰れなかったら……
目頭が熱くなる。
息苦しく感じた時、茜が声をかけてくれた。
呼ばれて僕は、起き上がる。
「お前さん、なんで、うちの蔵から出てきたんだべ? やっぱり、何か盗んだのか?」
彼女は桶の野菜を取って投げようとする。
僕は、慌てて、首を振った。
「何も盗んでないよ。別に欲しい物なんてないし、そもそも、僕は……」
言葉に詰まる。
未来から来たなんて、言った所で、信じてもらえる訳がない。無駄な事だ。
僕は俯いた。
「……」
「うわぁ!」
茜は、俯いた僕の顔に水を掛けてきた。
「はけ! はくんだ! 隠し事をしたら、次は野菜を投げるべ!」
「なんで、野菜を投げつけるんだよ。食べ物は、大事にしろって、教わらなかったのか?」
「お前に言われたくない。盗人」
彼女はもう一度、足で水をかける。今度は少し蹴りも当たった。
「分かった! 分かったから! おとなしく話すよ」
これ以上、水を掛けられたり、蹴られたり、野菜を投げられるのは、ごめんだ。僕はおとなしく事情を話す事にした。
「僕は、今から七十四年後の日本から来た人間だ…………」
しかし、訳を話した所で、信じてもらえる訳もなく。
「はぁー? 嘘だべ! そんな、話し信じられない。まだ、ガイコクのスパイの方が信じられるべ! あとは、計太郎が言う宇宙人とか」
否定されてしまった。知ってた。けど、なぜ宇宙人?
「じゃあ、宇宙人でいいよ」
僕は、ため息を吐きながら頬を付いて言った。外国のスパイよりはましだ。
「なるほど、お前さん、宇宙人だったのか?」
適当に言ったのに茜は、納得して、すぐに信じてくれた。
「なんで、未来人は、信じてもらえなくて、宇宙人は信じてもらえるんだよ……」
ため息を吐いていると茜の顔が真横にある事に気がつく。
僕は慌てて、距離を取った。
「な、なんだよ?」
「お前さんの宇宙船、見せてくれ!」
彼女は、目を輝かせながら僕を見つめる。
「宇宙船って……」と僕は言いかけたが、この際、宇宙人として進める事にした。それで帰る手立てを探した方が早い。
僕は立ち上がり、蔵を指差して、どこから来たのか教えることにした。
「ねぇ、本当にうちの蔵が宇宙船なんだべか? 信じられないべ……」
「別に信じなくてもいいよ。事実なだけだし、こんな状況、僕だって信じられないよ」
そう言いながら、暗い蔵に入っていく。
足を拭いてから、靴を履いて、僕は、もう一度、蔵を調べに、茜を連れて来た。
一人で行くと、とやかく言われそうだから。
中に入ると暗く、真夏なはずなのに、ここはひんやりとして気持ちよかった。
目の前には、ここに初めて入った時と同じように大きな時計が置かれている。
「あれ? こんなのうちにあったべか? もしかして、これがお前さんの宇宙船なんだべか?」
「うん、そうかも……」
僕は頷きながら、大きな時計に近づく。
こうして見ると、この時計は、何処となくスフィンクスに似ているように思えた。両脇の出っ張りが前足で、奥の文字盤が顔に見えなくもない。
文字盤から目を下ろして、くぼみの中心を見る。四角いには、はみ出ている二つの歯車が見えた。
そこには、うっすらと擦れた跡が見える。きっと、これはテナガザルを引き剥がす時にできたのだろう。
僕は振り返って、蔵の窓を見る。すぐに歯車があった場所を見つめた。
原因は、あの赤い石か、テナガザルか、それと……
僕はジッと動かない時計を睨みつける。
この時計がきっと原因なのだろうと、目星をつけた。赤い石にしても、テナガザルにしても、どちらもこの時計が原因だ。そう変わりはしない。
オウザッパに考えてから僕は振り返る。
扉の横で見ていた茜をジッと見つめる。
見られているのが不思議で、彼女は首を傾げる。
「生き物を探すのを手伝って欲しい」
僕は茜を真っ直ぐ見つめて頼み込む。
「あいつが、僕の宇宙船を壊して、大事な部品を持っていったんだ。頼む」
僕は頭を下げながら返事を待った。
例え、断られても、問題ない。と思っていた。どうせ、断られるって……しかし、そうはならなかった。
「別にいいよ。てか、早く探さないと見つからないべ! とりあえず、あいつの後を追ってみよ!」
僕の手を取って、茜は走り出す。
蔵のすぐ横の森に入った僕らは、手当たり次第に探してみた。
初めは、足跡や歯車を引きずった後が見つかったが、途中からばったりと見つからない。
やはり、もう、見つけられないか……
探し疲れた僕らは、駄菓子屋により、僕は店の前のベンチで途方に暮れていた。
あの時、追うのを諦めなかったら、捕まえていたかな? いや、途中で熱中症になっていただろう。
首を振りながら、ため息を吐く。
「なんとかなるべ、そう落ち込むな」
そう言いながら、ラムネを持って、茜が駄菓子屋から出て来た。
「あのサルもきっと、お前さんみたいにどこかで休んでるはずだべ。そう遠くには、行けないはずだ」
そう言いながらラムネを一本、差し出す。僕は笑みを浮かべながらラムネを受け取った。
栓の代わりのビー玉、道具を使って叩く。
空気が一気に抜ける音と共に泡が溢れ出てきた。
僕は溢れないように、急いで口をつけるが、握っていた手が濡れてしまった。
持ち替えて、手についたラムネを払っていると、茜が僕の方を見ている事に気づく。
顔を合わせてどうしたのか聞いてみた。
「なに?」
「いや、お前さん、見れば見るほど、計太郎に似てるべ。もしかして、従兄弟なのか? いや、計太郎のお父さんは一人っ子で、従兄弟が居るなんて聞いてないべ」
先程からちょくちょく出てくる計太郎が気になって、僕は首を傾げながら聞く。
「さっきから思ってたんだけど、計太郎って誰だ?」
「うちの幼馴染だべ、あいつとは家が近くてよく遊んでるだ。あと、計太郎の剣道を見てる。あいつはとっても、強いんだべ。だけど、最近は……」
茜が最後なにか言おうとした時、怒鳴る様な声が聞こえてきた。
僕らは、驚いて声のした方を見る。
「おい! 誰だお前は?」
そこにいたのは、紛れもなく僕だった。ただ、僕の様な都会の子供の雰囲気ではなく。田舎にふさわしい様な、褐色の肌に、鋭い目つき、体から出るオーラが違った。
そいつは、道着を着て、数人の子供を引き連れて、仁王立ちをしていた。
「稽古からの帰り道、近所のおばちゃんから聞いてやって来たら。本当にいやがった。宇宙人!」
宇宙人? 僕は一瞬、首を傾げる。しかし、自分が今、宇宙人の設定を持っている事を思い出した。
だが、なぜ、僕が宇宙人だと知っているのだろうか?
もしかして、茜が話したのか?
いや、そもそも、話すなって言ってもなかったが…… それにここに来るまでに誰とも会わなかった気がするし。
ふと、前の田んぼを見るとうっすらと人影が見えた。
カカシか? と目を凝らしてみると違った。
あそこに居るのは、畑仕事をする人だ。
こちらをジッと見ている。
そこで僕は直感に近い仮説が上がった。
テナガザルの散策中に畑仕事をしている誰かが、僕らをたまたま見かけてまったのだろう。
考え込んでいる僕を横に茜が立ち上がった。
「計太郎、おかえり。ちょうど、良かったべ。実は……」
「茜は離れろ! 俺はそこの宇宙人に聞いているんだ!」
茜の言葉を遮って、計太郎という奴は、竹刀を振り回す様に竹刀袋から抜いて、僕を睨む。
「俺みたいな、顔しやがって。茜に近づいて、茜に何かする気だろ?」
「違うの計太郎」
「うるさい! お前は黙ってろ!」
獰猛な柴犬の様に眉間に皺を寄せた彼には、聞く耳がないみたいだ。今にも、襲いかかって来そうだった。
茜は心配そうにこっちをチラリと見る。
僕は立ち上がり、計太郎の方を見た。
「お前は誰だって聞いたんだよね? 僕の名前は、髙橋 計壱 別にあの子に何かする気はないよ。ただ、探し物を手伝ってもらっているだけ」
僕は落ち着いて自己紹介する。
「君は?」
名前は知っていたが念のため聞いてみた。
「答える訳な……」
「このお方は、髙橋 計太郎様だ!」
「道場の子どもの中で、一番強いんだぞ」
計太郎は、答える気はなかったみたいだが、後ろの取り巻きが自慢げに話してくれた。
「おい! お前ら、勝手に喋るなよ」
先程まで殺気立っていた計太郎は、振り替えて文句を言う。
名前を聞いた瞬間、僕はハッと目を見開いた。
まさか、まさか、そんなはずは……いや、もしかして……
「お、お祖父ちゃん?」
静かに問いかけてしまった。
目の前の計太郎には決して聞こえなかっただろう。
蝉の声がより一層と、響いて聞こえてくる。
頭の中に懐かしい記憶が蘇ってきた。
剣の振り方をあの家の庭先で習った事も、泊まった日に、見せてくれた作業風景も、ここの駄菓子屋でこっそりと、一緒にお菓子を買ったのも全部、僕の掛け替えのない思い出だった。
「はーとりあえず……」
計太郎は、取り巻きたちの話を一旦区切って、僕を睨み直す。
僕は、うるっと涙が溢れそうになるが、首を振って堪えた。
鼻水が汗の様に出るのを腕を使って拭き取る。
もし本当にお祖父ちゃんだとしても、僕の事は、何も知らないだろう。だから、この事を話をない様、僕は口を結んだ。
「……」
計太郎は、もう一度、竹刀を僕に向ける。
「とりあえず、お前の事は大体分かった。だから、今回は見逃してやる。だが」チラリと茜の方を見てから僕を睨みつけた。「探し物は、一人で探しな。次、茜に近づいたら殺す」
その瞬間、僕は、全身に鳥肌が立つのを感じた。慣れあいや、生半端な殺すじゃない。下手したら、本当に殺しに掛かる様な重みのある言葉だった。
暑さで溢れる汗に混じって、変な汗が溢れ出るのを感じる。変に冷たく、嫌な感じだった。
言う事を聞かないと今にも、手に持つ竹刀で襲いかかってきそうだった。
だけど、僕にだって譲れない事がある。
帰る為には、彼女の力が必要なんだ。
僕は、ゆっくりと口を開く。
「でき……ない、できない。僕には、見つけなきゃいけないものがあるんだ。その為には、今、茜の力が必要なんだ」
別に目の前の若き日のお祖父ちゃんに頼んでも良いのかも知れない。だけど、そっちよりも、ワンチャン、テナガザルを見た。彼女を頼った方が何倍も良いはずだ。
さんさんと照らす太陽の中、計太郎は静かにこちらを睨みつけていた。
ひたいからは大量の汗が、ドバドバと滝の様に流れている。
それは、僕も同様だった。あまりの量に目に入ると思った僕は、腕を使って額の汗を取ろうとした。これが、命取りになると知らずに。
額を拭った瞬間、わずかに視界が隠れ一瞬の計太郎から目を離した。その時、
「計壱、危ない!」
茜の声が後ろから聞こえてきた。咄嗟に腕を下ろして、目の前を見ると計太郎が竹刀を振り上げて、こちらに向かってきていた。
僕は咄嗟に腕を上げて、受ける体制を取ってしまった。こんな事をしたら、腕が折れるかもしれないのに。と気づいた時には、体は動き終わっていた。
計太郎は、そんな事となど知らず。奇声をあげて、振り上げた竹刀を振り下ろす。
割れる様な響きと共に悲痛な叫びが田んぼに響き渡る。
計太郎の取り巻き達はニヤニヤと笑っていた。
対して茜は口を押さえて、悲鳴を必死に堪えている。
僕は右手首を押さえながら痛みを堪えようとした。だけど、痛い痛い。焼ける様に痛かった。
カシャリ、シャラリ、金属が擦れる音と共に抑えていた手の隙間から何かが落ちるのが見えた。
僕は、ゆっくりと手をどかす。するとさらにカシャリシャラリと大事な腕時計が崩れ落ちるのを目にした。
胸が張り裂けそうな程、心臓が早く鳴るのを感じる。
まさか、大好きなお爺ちゃんの形見の時計を本人に壊されるなんて、夢にも思わなかった。
怒りと悲しみが溢れ出る。
僕はカッとなって目の前に立つ計太郎を睨みつけた。
「これ以上、茜に付きまとうなつったんだよ。意味分かるか? 宇宙人」
だけど、計太郎は、睨みつけられた事に動じる事はなく。竹刀を肩に乗せて僕を見下ろしていた。
その顔が、憎く痛みがまだ残る手を強く握りしめる。一瞬、お祖父ちゃんを殴る罪悪感を想像したが、それも虚しく。弾ける様に僕は飛び上がり、計太郎の顔を思いっきり殴りつけた。
例え、お祖父ちゃんだったとしても、大切な形見を壊された事には変わりないんだ。
絶対に許せない。
拳を振り上げて、もう一発殴ろうとした。しかし、殴ろうと振り上げた手がとても重かった。
振り返ってみると、茜が大粒の涙を流して、僕の腕を抑えていた。
「やめて……二人とも、喧嘩はやめて」
彼女の顔を見た瞬間、込み上げていた怒りが消え去り、虚しさだけが残った。
殴られて、よろめいていた計太郎がニヤリと笑う。
「いいぞ、茜。一緒に宇宙人を退治しよう」
まずい、また、竹刀で殴られる。そう、身構えた時、茜が腕を離して僕の前に立った。
計太郎を前に僕を守る様に腕を広げて大の字に立つ。
計太郎も、茜の行為に訳が分かっていなかった。
彼女は鋭い目で計太郎を睨みつける。
「おい、茜。そこを退け! じゃないとお前に竹刀が当たる」
「いいよ、ウチに当てて。計壱をいじめるのを辞めてくれるなら。ウチは、それでいい! 計壱は、なにも悪いことしてないべ。それに計太郎、不意打ちなんて卑怯だべ。武士のすることじゃない」
「うるさい! お前は騙されてるんだ! こいつは絶対に悪い奴だ。突然、村に現れて、俺の顔そっくりにお前に近づいたんだ。絶対に何か企んでる! 茜、そこを退け!」
計太郎は竹刀を大振りに振り回し、茜を脅す。
茜は震いながらも、一歩も引かない。
その背中が、すごく大きく見えた。
見惚れていると茜が、咄嗟に僕の方に振り向くと痛くない方の手を握って走り出した。
「計太郎のバカ!」
僕は釣られて走り出す。振り返ると駄菓子屋の前で呆気に取られて、立ち尽くす計太郎の姿が見えた。
あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。
どうも、あやかしの濫です。
計壱が目を覚ますと、昭和26年の日本にいました。別にこの時代にした深い理由はありません。
皆さんは、タイムマシンが出てくる作品で好きなのは何ですか?
僕は、「レイトン教授と最後の時間旅行」が好きです。えへ……
話は変わりますが、計太郎君は、野蛮ですね。いきなり殴りかかるなんて、生身で竹刀の一撃……想像しただけで痛いですよ。実際、やってても痛いです。