7、やけ食い
コンコンと扉のノックする音が聞こえて来て、目を覚ました。
思いの外疲れていたのかいつの間にか寝てしまっていた様だ。
「はぁい」
寝ぼけながら返事をすると、ミサトさんが心配そうに声をかけて来た。
「大丈夫? 何度かキッチンから声をかけたんだけど聞こえてなかったみたいよ?
疲れてるならこのまま寝ておく?」
「いいえ! 食べます!! 食べたいのです!!」
扉から流れてくる美味しそうな匂いに一気に目が覚醒する。
ミサトさんの料理を食べ損ねるなんて一生の不覚だ。絶対食べなければ!!
私は急いで手を洗い、食卓に着いた。
キッチンのある部屋には4人用のテーブルと椅子がありそこには、お祝いでもあるのかと思うくらいこれでもかと料理が並んでいた。
「角煮はまだ最後の仕上げがまだなの。いつもの様に圧力かけてくれる?」
「勿論です!!」
私は鍋の蓋を固定して圧力と時間を早める魔法をかける。本来なら何時間も煮込まないといけないが、これでほろほろの角煮が出来上がる。今回は時間魔法も追加でしてるので、今日の染み込み具合は最高だろう。
思わずよだれが垂れそうになるのをおさえる。一応まだ令嬢の端くれだ。まぁ婚約破棄した令嬢なんて貰い手は少ないなのだからもう貴族では無いかもしれないなぁ。帰ったら勘当されてるかも……。それなら涎たれてもいい?と変な思考になりながら、魔力を込めていた。鑑定魔法で頃合いを見計らい魔力を止めたら出来上がりだ。
ふふふ。味付けはミサトさんだから間違いない。
「ミサトさん! 出来ました!」
「じゃあお皿に盛って食べましょう! アリシアは緑茶で良い?」
「はい!」
私は勢いよく返事をして席に着く。この地方ではお箸と呼ばれる二本の棒で食事をいただくのだ。最初は使えなくてフォークをもらっていたが、今ではかなり上達したのだ。まぁそれくらい頻繁に来ていたと言う事もあるけど……。緑茶と呼ばれる飲み物も最初は独特な味で、ん??と思っていたが、ミサトさんの料理とは相性抜群、今では良いドリンクになっている。
今日のご飯は生姜焼きと豚の角煮、刺身の盛り合わせ、ザンギとポテトサラダにご飯と味噌スープがある。後付けのソースにマヨネーズ、醤油、塩、ワサビもある!
ふぉー!! メイン料理が沢山ある! ごっ豪華だ!!
見ているだけでお腹がなった。そういやお昼も食べ損ねていた。
「ふふふ、お腹空かせてたのね。いただきましょう」
「はい!いただきます!」
私は勢いよく返事をして食べ始める。
どれから食べるか迷うが、ここはやはり角煮だろう!
最後の仕上げをしたし、ちゃんと出来てるかの確認も必要だ。
食べるとホロリとお肉が解けていき、中から肉汁がジュワッと出てくる。中まで味が染み込んでいてご飯が進む。炊き立てご飯の味も格別だ。ザンギも美味しい、外はカリッと中からジュワッと肉汁が出て来てほっぺが落ちそうだ。ザンギはマヨネーズをかけても良いし、甘酢あんかけにしてもいいが、私のお勧めはタルタルだ!! ミサトさんのタルタルは美味しいのだ!! 酸味と甘みの絶妙なバランスとドロっと絡むタルタル具合が最高なのである! お子様舌である私用にしてくれてるみたいでいつもより少し甘めだ! ミサトさんの心遣いを感じて心がジーンとしてきた。
目移りする食事に舌鼓を打ちつつ、どんどん胃袋に詰め込んでいく。兎に角無心に食べた。ミサトさんのご飯が美味しいのはもちろんだけれど、お腹いっぱいになるのは幸せホルモンが出る。今私に足りないものだ。
視線を感じたのでそちらに向くと、ミサトさんが少し呆気に取られながら、心配そうに見つめていた。
「そんなにやな事あったの? 今までに無い食べっぷりね?」
私は食べる速度を落とす事なく、ミサトさんに経緯を話した。ミサトさんは、ゆっくり食事をとりつつも、何も言わずに最後まで聞いてくれた。
「そう……大変だったのね。しばらくここにいたら良いわ。今回は暫くいれるんでしょう?」
「そのつもりです。勿論何でもお手伝いしますのでよろしくお願いします。食材でも薬草でも素材でも何でもとって来ますよ?」
「ふふありがとう。助かるわ。……けれどとりあえずのんびりしたら良いわ」
そう言って、ミサトさんの言葉に甘え、食っちゃ寝生活をしていたらあれよあれよと言う間に、お相撲さんになってしまった。
お相撲さんとはこの地域で流行っている武術だ。
本来のお相撲さんは太っているだけではダメだが、私は見た目だけそうなってしまった。
……比喩表現だよね? ではなくて現実だ。服も入らなくなり、今は布を巻いて生活している。これは流石にダメだ。
「えぇっと、ちょっと食べさせすぎたわね。ごめんなさい?」
ミサトさんが何故か謝ってくれてる。
確かにこの地方の民族料理は美味しすぎる。更にミサトさんの料理は格別だ!!
私も失恋にかまけて食べていたので反省して、減量する事にした。
まずは野菜中心の生活にして成人女性に必要な食事量に、減らした。急激に太ってしまったが、痩せる時は徐々にしないとリバウンドが酷くなる。わたしはリバウンドしない様に、毎日、運動をする事にした。ただ、運動するだけでは勿体無いので、ミサトさんの家の裏にある畑を耕す事にした。普段の私なら魔法でパパッとしてしまう作業もここでは一つ一つ手作業だ。アーレン王国以外に住んでいる人達は魔法が殆ど使えない為だ。
ミサトさんに、習いながら一つ一つ丁寧に作業する。
ミサトさん曰く、機械の様な作業より、一つ一つ手で詰む方が味も変わるらしい。
更に、植物に対して美味しくなぁれ! と話すと美味しくなるのだとか? 本当かな? と思いつつ、ミサトさんが言うのだから素直にやってみた。
確かになんだか作物が生き生きしている様に感じて来た。
自分が育てた作物が大きくなっていく姿は誇らしかったし、それを自分でとって調理して食べるのも更に満ち足りた。
毎日の平穏な生活に少しずつ心が前を向いている様に感じた。